第13話 教育
「なんだか……ボロいね?」
うん、そうだよね。ボクも最初そう思ったよ。「え、ここスラムじゃないよね?」って。
「倒壊の危険性から移転となったリゼの旧役場を流用してます」
「それ、大丈夫なのかな?」
元は相当酷かったみたいです。建物自体が100年前のもの、しかも度重なる改修で原型不明。「改修工事で掘ってみたら基礎が無かった」なんて話もあるくらい。
「一応、必要な補強と術式補助である程度は持ち直してますね。外見は予算切れでどうしようもないとか」
「まあ、無料なんだもんね、贅沢は言えないなあ」
いやあ、ボロい。何度見てもボロい。石造りの旧庁舎と木造の建て増し部分が微妙にズレてて、とても不安になる外見です。中に入れば意外と普通なんだけどね。
『内部の充実具合から言って、この外見は所長の趣味だと思うわ』
「じゃ、手続きに向かいましょう」
「はい!お願いします!」
教育所の入所に必要なのは、保護者と本人のサインだけ。役人の反対を押し切って領主さまが決めたそうです。ボクらにとっては本当、有り難いことです。
同じような教育機関でも、軍学校は入学金と保護者による身分証明――直系親族の過去帳と納税証明書類、それと術式で拘束された誓約が必要。学費は卒業後に入隊してから後納することもできるけど、身分証明はどうにもならない。だから軍学校にスラムの子たちは入れません。少なくとも正規ルートでは。
その点、教育所が求める「保護者」なら血縁とは無関係、成人して人頭税を払っていれば誰でも大丈夫。ボクらのときはベティ、モルさんの保護者は
「こんにちは、所長。お久しぶりです」
「おや、ユーキじゃないですか。ギルドはどうです?元気にやっていますか?そうだ、この前オランゲ君が貴方に会ったと言ってましたね。美味しい屋台を教わったとか。私にも教えてください。焼き魚が素晴らしいんですって?ああ、それで今日は?あら、そちらの方は?」
『質問が多い』
相変わらずですね、マルクス所長。こちらはモルさんです。入所手続きに来ました。
「おや、入所希望者ですか。あらあら、どちらから?ユーキ、貴方の友達ですか?スラムの子……ではなさそうですね」
「はじめまして!モルです!宜しくお願いします!」
「元気な方ですね。いいですよ、元気が良いのは素晴らしい。ユーキなんてはじめの頃は完全に栄養失調でしたからね。食事は大事です。最近はちゃんと食べてますか?」
「はい、先生。お陰様で一日三食食べられる生活です」
『うん、詰め込まれてるとも言う』
「それは何より。で、モルさん。保護者の方は……あら、トットの手紙?あの女の隠し子ですか?いやそれにしてはスレてない。ああ、ギルドで保護……なるほど」
「先生、どうか、宜しくお願いします」
『だいじょぶよ、所長は話の分かる大人だもの』
「もちろんですよ。あの女がわざわざ一筆書いて寄越したのです、それはもう面倒な事情をお持ちなのでしょう。しかし教育所は全ての子供たちに開かれた学び舎です。貴方の心配には及びません。私が所長でいる限り、如何なる政治権力、反社会的勢力、狂信的組織の介入も許しません」
『その政治権力の傘下だったと思うんですが。だいたい元軍人のあんたが所長って時点で政治的思惑バリバリでしょ』
「あ、ありがとうございます」
とにかくパワフルな方なんです、ルーシー・マルクス元大佐。ヴァルラン王国東部方面軍・独立情報大隊?の創設メンバー?らしいです。この話ぶりだと
『あの情報大隊メンバーよ?大抵の有力者とは因縁があるんじゃないかしら』
王国軍は中央・東部・西部の方面軍と南部北部の監督軍から構成されます。各方面軍はごく普通の軍隊だと思いますが、南北の監督軍はちょっと独特。歴史的経緯もあり、それぞれの地域の領軍を指揮監督する司令部のような役割だとか。つまり南北の一般兵は王国兵ではなく各領地の領兵ということですね。まあ要するに人が足りないということだと思います。
で、マルクス所長が所属していたのは東部方面軍。そこに情報部隊を設立した立役者、ということでしょうか。この情報部隊は30年近く前に100人ほどの特務部隊から始まり、現在では10倍以上の規模を持つ独立部門に成長したのだそうです。主にイグニス流域の情報収集を……ああ、なるほど。
『やっぱ侮れないわね、店長。情報網の要所を理解して、行政の警吏部じゃなく軍に伝えた。こうなると行政がモル子の情報掴んでも迂闊な行動はできない。モル子を守りつつリスク対処も抜かりなし、というわけね』
所長に書類を渡し、モルさんに教育所の規則や制度を説明し、これでボクの依頼はほぼ終わり。ギルドに戻ってトットさんに入所届の控えを渡せば完了です。午後は何しようかなー?ギルドに報告がてら遅めの昼食を取り、ついでに商会ギルドで口座から生活費を出金し、あとは何だろう。
そうだ、ベティに会いに行こうか。この前、「今度遊びに行く」って約束したんでした。
『ほー、……ついにあそこに行くんですねー、ムフフ』
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