第12話 休日
冒険者ギルドの勤務規定は5勤1休のシフト制です。日々の勤務は8時から17時が基本ですが、日の長い夏季は昼休憩が3時間になり、その分退勤時間も延びて19時まで。早番は一年通して5時から9時と14時から17時という変則的な勤務になります。朝早く起きるのはなかなかに苦行なんだけど、「早番は残業させない」という暗黙の了解があるので、意外と早番の方が人気があるみたい。特に夏季は夕方のピークがずれ、22時近くまでカウンターが閉まらないなんてこともあるとか。ちょっと怖いなぁ。
ともかく今日は休日。例の依頼の件も気になりますが、まだ進捗は無いでしょう。ボクが気に病んでも仕方ないし。
で、休日ながら
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――依頼票――
ランク 【E】
受注制限 【指名】 ユーキ(級位なし)
報酬 【大銀貨 2枚】
期日 【即日】
依頼内容 【指定人物と指定場所に同行し指定行為を行う】
依頼者 【(採組)リゼ】
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うーん、何一つとして説明する気のない依頼票。内容は前日に聞いてるからいいんですけど。指名依頼はこういう話が多いです。「内容は公開したくないけど依頼したことは公開したい」ってケース、結構あるんですね。噂では、出どころを隠して
今回はもう全然、平和なやつです。ご想像通り、モルさんに関する依頼。
……依頼というか何というか。「モルさんにリゼの町を案内し、一通りの常識を教え、教育所の入所手続きをする」。これを依頼という形でボクに任せてくれた……まあ、皆さんのご厚意ですね。1日で大銀貨2枚の臨時収入はデカい。だって毎日受けたらひと月で金貨6枚ですよ?初任給の6倍です、想像してみてください。とんでもないですね。今ちょっと「例の件」で金銭感覚壊れ気味ですが。
そうそう、ギルド職員が依頼受注?と思うかもしれませんが、ギルドは「互助組合」です。なので職員も当然ながら組合員、つまりは冒険者。ボクも勤務初日に木片タグを入手しています。研修で受注した依頼もあるし、個人的にも休日に数回、採集中心に簡単な依頼を済ませてます。試験は受けてないけど6級受験資格も一応取得済み。
ただ、6級を受ける職員はほぼいません。何しろ自分で書類作って上司に申請、サインもらえば合格……何と言うか虚しくなるのです。タグも木片のままだし。5級は早く取りたいですね。やっぱり冒険者と言えば胸元に光る金属タグ。憧れます。ちなみに某ベテラン受付嬢や番台長は
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さて、集合場所はこの辺だと思いますが……。町の入り口付近、広場の時計台前。ここで集合ということは、モルさんは町の外から来るのかな?
リゼは小さな町なので、出入り口には開閉式の簡易な木柵があるだけ。門番的な人もいません。ルクシアなんかだと町の周囲に木柵や石壁が巡らされていたりするけど、リゼにはそういうものもなく、良く言えば開放的です。リゼ川から引いた水路が町の周辺の農村地域に流れているので、そこが堀のような役目を果たしているのかも。
『ほんと、寂れた町ね。そのうち町ごと無くなりそう。あの頃はここが世界のすべてだと思ってたのになぁ』
「ユーキ、おはよう!」
あれ?モルさんの声。いつの間に?
『ふひひ、モル子が暗殺者なら死んでたわね、ユーキ』
「おはようございます、モルさん。どっちから来たんですか?」
「え?普通にギルドの宿舎だよ。銀貨1枚で泊まれるなんて凄いね!だいぶ助かっちゃった」
あらら。集合場所が入り口だからといって、外から来るとは限らないってことか。宿舎に泊まってるんですね。知らなかった。
ギルド宿舎は40人くらい泊まれる寮のようなもの。ギルド会員なら誰でも泊まれます。相場より遥かに安いので、依頼で遠征するときなんかは皆よく使っているようです。普段はあまり使われませんが、緊急度の高い依頼が出た場合は職員や冒険者がこの宿舎に泊まり込みで対応することになります。
『ユーキの部屋はもっと安いけどね、プププ。そういやモル子ってお金足りてんのかな?しばらく表通りの宿屋に泊まってたみたいだけど』
「じゃ、町の案内よろしくお願いします!」
「はい。まずは……ここが町の入り口ですね。ご存知のように通行許可は不要です。他の町だと許可が必要な場合もあるので、出発前に確認してくださいね」
『フフ、聞きかじった知識を先輩面して教えるの、楽しいわよねーふひひ』
「はーい!ちなみにこの辺で許可が必要な町は?」
「まずルクシアです。ルーゼンヒル侯爵領の領都、このあたり……王国東部の中心都市ですね。リゼから歩いて半日少々、馬車なら3時間ほどで着きます。ルクシアの場合は身元確認書類があれば入れるので、ギルドのタグで大丈夫ですよ」
「なら行っても平気だね!他には?入れない町もあるの?」
『モル子、ユーキはリゼとルクシアしか行ったことないから聞いても無駄よ』
「そうですね……例えばルクシアの町でも、城壁内と呼ばれる中心地域は別の許可証が必要です。あとは侯爵領と他領とを行き来する場合ですね。王都や南部に向かう場合は事前に申請が必要です。それから、当然ですがイグニス川の向こうへは」
「……うん、わかってる」
真っすぐにこちらを見つめるモルさん。何か、決意のようなものを感じます。
「……聞いてもいいですか?」
『え、それ今聞く?』
「ごめん、答えられないと思う」
「そうですか、わかりました」
『当たり前じゃん。好感度初期値で無茶するわね』
答えられない、か。そういうことなんだろう。まあ今は気にしても仕方ない。
「広場からまっすぐ続く大通りの先が、この町の中心街です。飲食店に宿屋、各種ギルドもこの通り沿いにありますね」
「うん、冒険者ギルドと宿屋は分かるよ。他にもギルドがあるの?」
『商会ギルド、馬車ギルド、鍛冶ギルドはこの町にもあるわね。珍しいとこでは農業組合なんかも』
「はい、まずあちら。広場の向かい側、そう、その建物。あれは馬車ギルドです。ルクシアや王都へは定期馬車が出ています。ルクシアまでなら銀貨2枚程度、王都へは大銀貨1枚前後でしょうか。それから割高ですが、行き先指定の馬車なんかも出してもらえます。遠方の依頼の際にはお世話になるかと」
「なるほどー!あ、馬も借りれたりするのかな?」
『うん?馬に乗れるのか……ますますムルガル説が濃厚やん』
「そうですねー、馬を借りるためにはまず馬車ギルドに加入する必要がありますが、冒険者ギルドと違い入会費は有料、それも金貨5枚と高額です。さらに馬の担保として金貨数枚。まあ、あまり実用的ではありません」
「そっかー、万が一でも持ち逃げされたらたまんないもんね」
「そういうことですね」
『たまにあるわね、馬泥棒捕縛の依頼』
このあと商会ギルドで口座を作ったり軽食屋で茶を飲んだりしつつ、大通りを一通りご案内。のんびり2時間ほどかけて本日の目的地、教育所に到着。
『休日に軽食屋でお茶なんて、少し前なら考えられない贅沢ね。ああ定職って素敵』
「そしてここが今日の目的地、教育所です」
「なんだか……ボロいね?」
『ぷぷ、素直でよろしい』
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