第5話 給料

 今日は初めての給料日。とてもドキドキしています。契約書によるとギルド職員の初任給は月にが10枚。これはもう大金ですよ、なにせアパートの家賃100回分!ベティにも家賃の改訂を申し込めます。少しづつ、恩を返せるといいな。

『そんなに上手くいくかしらね』


「はいユーキ、今月の給与明細」

「あ、ありがとうございます!」


 ……紙を一枚もらいました。うん?給料は?


「お前、初日の説明聞いてたか?職員給与は振込だ。現金支給は経費精算分だけ」

「あ、なるほどー!」

『これだから』

「やっぱ聞いてなかったのか。勤務初日に口座作っただろ?商会ギルドの。給与は毎月15日にその口座に振り込まれる。現金精算が必要な経費があれば月末までに申告しろ。その分は翌月に現金支給される。事情によっては即時払いも可能だ」

『確かに言ってたわね』

 

 うん、確かに聞きました。口座も作りました。完全に忘れてたー。


「あれ?じゃあこの紙は……」

「そこには振り込んだ給与と手当の明細が書いてある。お前今年から税金払うんだからな。その時に必要になるんだ、失くすなよ?」

『フラグですね』


 ぜぜぜぜぜ税金!そうでした!


「そうでした!みたいな顔しやがって……」

「ニコ、その辺も教えてあげなさいね」

「えー……承知しました」


 税金。税金。税金……。ボクの給料がぜいきんに……。


「お前なぁ……そんなあからさまに嫌な顔するなよ。お前が出た教育所だって税金で運営されてんだぞ?知ってるよな?」

 

 はっ。言われてみれば。

 教育所の学費は無料。食事も1日1食は無料。そんな環境を享受できたのは、皆さまの税金のおかげ。つまり納税は教育所への恩返し……。


「明るい納税!納税は未来をつくる!」

「……どうしたん、こいつ」

「これまで碌な収入が無かったんでしょ。はしゃいでるんですよ」



****



 改めて給与明細とやらを眺めます。ん?


支給項目   小計 大銀貨 11枚 銀貨 01枚      

・基本給 ……………   10.0..0枚

・残業手当 20時間…   01.0..0枚

・住宅手当 …………   00.1..0枚

・危険手当 …………   00.0..0枚

・経費精算 …………   00.0..0枚

控除項目   小計 大銀貨 02枚 銀貨 08枚

・人頭税 ……………   00.3..0枚

・売上税 ……………   00.0..0枚

・組合費 ……………   00.3..0枚

・医療費 ……………   01.2..0枚

・医療積立 …………   01.0..0枚

・罰金等 ……………   00.0..0枚

振込額    合計 大銀貨 08枚 銀貨 03枚 



「ニコさん!大変です!ボクの給与が謎に徴収されています!」

『ええ……』

「ああもう……」



****



「あはははっ!それで落ち込んでんの?もうユーキって面白いなぁ」

「笑いごとじゃないんですよ……」

「まあ、初めてなんだから仕方無いよ!あたしも初任務の後は浮かれて大騒ぎしたもん。バルテリが他人の振りするくらい」

「ええ……」


 最近はファラフ教官と昼食を食べることが多い。同年代の冒険者は少なくないけど、彼らはあまり真面目に訓練を受けていないようで、昼食前には大半がいなくなっている。

『今日は珍しくアンドルがいたわね』

 そうそう、今朝は鋼鉄級のアンドルが依頼受付に来た。ボクを見てニヤニヤ笑いながら「ま、頑張れよ」なんて言っていた。

『ほんとムカつくねあいつ』

 完全に見下されてるけど、ボクはそんなに気にならない。気にしても仕方ない。それよりも、彼がパーティーを率いていたことの方が気がかり。

『……すぐに崩壊するでしょうねぇ』

 アンドルはかなりの問題児。人の話は聞かない、自分の話は盛りに盛る、約束は守らない、すぐに喧嘩を吹っ掛ける。ボクも何回殴られたことか。その分殴り返してるのでお相子ですが。


「教官、アンドルってわかります?」

「ああ……最近3級に上がったガタイのいい男だね。彼がどうかした?」 

「今朝、パーティー組んでCランクの討伐依頼を受けてたんですが」

「Cランクかー、まだ早いんじゃないかなぁ」

「やっぱりそうですよね。止めるべきだったでしょうか」

『いやいや、止めても無駄でしょ』


 まあ、無駄だよねぇ。


「言葉が通じる感じじゃないでしょ?ああいうのは痛い目見るまで止まらないよ」

「そうですか……。生きて帰ってくれば良いんですが」

「ん?知り合いなの?まさか、ともだち?」

『絶対違う』


「友達……かは微妙ですね。たぶんお互い嫌いです」

「何やら縁の深い知り合いって感じか。まあ、送り出した子が死んだら気分悪いよね」

「そうですね……。そういうことも経験することになるのかなぁ」

『……』

「そりゃ、なるでしょ。ここの小さなギルドでも年に数人は死んでるんだから」


 冒険者の生死は自己責任、それは分かっています。人が死ぬところも少なからず見てきました。でも、自分が送り出した冒険者がもし帰ってこなかったら。恐ろしい。


「……あたしもね、何年か冒険者やってるから、辛い場面もたくさん見てる」

「その、パーティーメンバーが、」

「3人。最初は付随員で行ってた頃だなぁ。サーシャのパーティーでCランク討伐。ここのギルドじゃ滅多に出ない大物だったから、10人くらいかなぁ。結構大掛かりなパーティー組んで、樺の森……町の南ね、その奥の湿地帯に向かってた」


 サーシャさんはバルテリさんと並ぶ銀級のベテラン冒険者です。トット支店長より年上らしいから、たぶんリゼのギルドの最年長メンバー。もう40半ばだというのに毎日依頼をこなしている。すごい。


「湿地帯をしばらく歩いて、気づいたときにはもう、手しか見えなくて」


 ええ??何かに食べられたとか?


「ううん、なんていうか、落ちたのよ。沼に」

『は?』

「落ちた……」


 沼に落ちただけで死ぬ?樺の森とやらはそんな危険な場所なんでしょうか。


「あの湿地帯はね、土の粒子が細かくて、泥の粘度が独特なんだ。おとぎ話にあるでしょ?底なし沼の話。まさにあれよ、落とし穴に落ちるみたいに吸い込まれてくの。ああ、もちろん実際には底もあるんだけど」

「ほえー……」

「そんな泥の中に金属鎧で落ちるともうダメ。一人じゃ絶対上がれないし、その時は3人がかりで引っ張ったけど逆に引き込まれちゃってね。結局落ちた子は助けられなかった」

『泥沼こわっ』

「恐ろしいですね……。魔物以外にも脅威があるなんて」


 そんな環境で敵と戦うわけです。そりゃ死人も出る。


「二度目は南ルクシア街道で山賊の襲撃。三度目は食中毒からの脱水症状。あの時はあたしも死にかけた。魔物にやられたことは無いんだけどなぁ」

『なんて言うか』

「そっか……。敵は依頼対象だけじゃないんですね」

「そういうこと。無事に帰るためにはあらゆるリスクに対応しないといけない。だからギルドの昇級試験には地形や薬草知識の筆記問題もあるの」


 なるほどー。ん?ってことはアンドルも筆記問題クリアしてるんですね。意外。


「まあ、3級試験は経験だけでもどうにかなるよ。あたしも来月2級試験だから、最近は結構勉強してんだ」

「教官の場合、実力は間違いなく2級以上ですからね」

「いやいや。確かに経験はそれなりに積んでるけど、この地域限定だからね。2級になると基本的に支部直属だから、ルクシアの依頼も受けることになるわけ」


 そっか。3級までは各支店に昇級権限があるけど、2級は各支部の本店じゃないと受けられない。だからバルテリさんもサーシャさんも、肩書上はリゼ支店じゃなくルクシア支部の直属。


「受かったら向こうで活動するんですか?」

「うん、しばらくはそうなるだろうね。バルテリもそうだったし」

『寂しくなっちゃうねー、ふひひ』

「そうすると、リゼ支店は中堅どころが不在になっちゃいますね」

「ま、そこはギルドのお手並みってことで。やりくり考えるのはそっちの仕事だよ」

「ごもっともです」


 ファラフ教官はCランク依頼を中心にソロで動くことが多かった。つまりCランクくらいならソロで済んでしまうということです。この戦力がいなくなるのは大きい……。

『あいつをビシバシ働かせるしかなさそうね』


 まさかアンドルに期待する日が来ようとは。

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