第4話 訓練
うぐっ……。やっぱきつい。くそっ……。
「ユーキ!足が止まってるぞ!そらそら!」
『左手上げて!ほら盾が下がってる!』
そう言われても……、ああヤバい!
『ああ……これは痛いやつね』
「はい死んだー。また罰走10周どうぞー」
こひゅー、ひゅー。
「あ、やりすぎた?応急班!応急班!ユーキがヤバい!」
****
「ごめんごめん、ちょっと調子に乗りすぎた」
「し、死ぬかと思いました……」
『死なない死なない』
「あはは、あの程度で死ねたらいいんだけどね。実際は手足吹き飛んでもしばらく死ねないからね、気を付けよう」
『ほんとそれ』
いったい何に気を付ければいいんでしょうか。
「しかしユーキはほんとに体力無いなぁ。技術はそこそこなのに、もったいないよ」
『貧弱だからねぇ』
「そう言われましても……」
「やっぱ食事かな?キミちゃんと食べてないでしょ。一日の食事は3回、毎食穀物と肉類を入れること。分かった?」
「はい……」
食事なんてずっと1日1食だった。ここの人たちはとにかくよく食べる。昼食休憩なんてものがあることにも驚いたけど、確かに食事量を増やさないと付いていけそうにない。給料が入ったら考えよう。
「よし、今日のお昼はお姉さんが奢ってあげよう!何食べたい?」
「いえ、どちらかというと吐きそうです」
「文句言わない!じゃあ食べやすいものにしよっか。水浴びてくるからちょっと待っててね!」
え、あ、わかりま……。もういないし。教官、体力すごいなぁ。年齢も体格もそんなに変わらないのに。
『ふふーん。ああいうのが好みなのかしら?ふひひ』
ギルドに就職して半月。斡旋部の仕事は一通り覚え、今週からは日課として体術と魔術の訓練が命じられた。基本的には新人冒険者向けの訓練だけど、実は誰でも自由に参加できるのだそうです。ボクにとっては体術訓練がとにかくきつい。
朝の受付ラッシュが終わると斡旋部は暇になる。午前中は新人冒険者に混ざってみっちり体術訓練を行い、昼食休憩の後は魔術訓練。昼間の完了報告業務は、熟練受付担当のナーシアさんが一人でこなす。夕方のラッシュにはカウンターに戻り、ニコさんも含めた5人の斡旋部職員がフル稼働でどうにか捌いていく。
『おーい』
仕事を覚えてもカウンター業務の難しさは変わらない。依頼受付には冒険者の命が掛かっているし、完了報告には収入が掛かっている。この町ではないけど、職員のランク確認ミスが原因で命を落とした冒険者の家族が、ミスした職員を襲い殺してしまった事件なんかも起こっているらしいです。こういう話を聞くと緊張がヤバい。
『おーい。ファラフ来たよー。おーい』
「……なに難しい顔してんの?ほら、行くよ!」
あ、ファラフ教官。すみません、今行きます……あいたたた。
「あはは、ユーキはほんとに貧弱だなぁ!」
「みなさんが強すぎるんですよ、いや本当に」
体力は無いけど、これでも教育所の訓練は一通りこなしてきた。剣、槍、体術、盾、魔術などなど。模擬戦で優勝したことだってあります。なのにここでは全く通用しないんだ。
『結構自信持ってたのにね。ふひひ』
「実戦の勝ち負けは有効打の有無じゃなく、最後に立っていられるかどうかだからね。やっぱり体力は大事だよ」
「そうですね……頑張ります」
「まぁ、まずはたくさん食べよう!あたしより細いんじゃ話にならないからね!」
ファラフ教官は19歳、認定3級……つまり
女性としては珍しく前衛全般をこなせる。特に盾の扱いに長けていて、バルテリさんのパーティーにも度々参加している。今月は大きな依頼も無いので、ギルドから新人向け体術訓練の教官を依頼されているのだそうです。
「ユーキは16歳だっけ?新成人ってことかな?」
「はい、今年成人してギルドに就職しました」
『中身はガキンチョだけどね』
「そっかー、あたしは13の春から冒険者やってるから、成人とかイマイチ実感無いんだよね」
あれ?13歳で冒険者とは?
「ギルドに所属できるのは16歳からではないんですか?」
「ああ、非公式にね。バルテリとかサーシャのパーティーに入れてもらってたんだ」
「非公式……なるほど、付随員ですか」
「表向きは。実際にはバリバリ戦ってたけど。あはは」
パーティー付随員はパーティーに同行し荷役や医療を担当する非公式メンバー。ギルド組合員以外でも登録すればパーティーの一員として通行証などが発行される。本来は専門職を同行させるための制度だけど、そういう使い方もできるのか……。ギルド職員としては困ってしまう。
「まあ、トットも承知の上だから、そんな難しい顔しないでちょうだい」
「支店長も?」
「うん。当時からあたしの能力を認めてくれててね。感謝してる」
「ほえー、そうなんですね」
「あ、そこの角の店だよ!」
あ、待って、走らないで……むり……。
****
「ユーキはさあ、何で女の子みたいな恰好してるの?おお、これ美味しい」
「それは、なんというか」
『……』
「あ、話しにくいことなら言わなくていいよ?」
「うーん、説明が難しいので、追い追いということで」
別に理由を隠しているわけではないのだけれど、説明して理解してもらう自信が無い。
「うん、わかった。じゃあさ、教育所ってどんなところ?あたし行ってないから結構気になるんだよね」
「教育所ですか……。ボクにとっては、恩人と言うか、人生の転機になった場所です」
「ほほう?と言うと?」
教育所。4年前に領主さまが新設した教育機関。それまでは孤児院や教会、貴族の家庭教師などがバラバラにそれぞれの教育を行っていましたが、ある事件を契機に領主さまが改革に乗り出したのです。ある事件とはつまり、ボクらのいた町はずれの教会で起きたあの事件。
――証拠隠滅のために教会ごと燃やされたはずだったが、実は少女は犯行を起こす前に協力者を通じて当地領主であるルーゼンヒル侯爵宛てに告発の手紙を送っていた。普通ならば子供の手紙など取るに足らないものとして捨て置かれるが、この時は情勢が味方した。ルーゼンヒル領内におけるジュネス教会と侯爵との権力衝突である。侯爵はこの手紙の実態調査を名目として即座に領兵部隊を派遣。残念ながら少女の凶行には間に合わなかったが、延焼中の教会と政敵からの事情聴取に身も世もなく取り乱すルクシア司教区責任者の姿は、少女の訴えに十分すぎる説得力を与えた。
『……』
……政敵を追い落とすに留まらず、図らずも孤児院出身者の現実を目の当たりにした領主さまは大変なショックを受け、領内の孤児院をすべて徹底的に調査。その結果、少なくない数の孤児院が娼館や反社会的な団体、さらには教会と結託し子供たちを私兵や性産業従事者、酷いものでは犯罪奴隷の供給源として扱っていることが判明したのだそうです。
「ごめんちょっと待って話が重すぎて」
「あ、すみません」
「ねえ、」
「?」
「うん、なんでもない、ごめんね。設立の経緯は知ってたけど、まさかユーキが当事者、だ、なんて……」
「いえ、気にしないでください。今はこうして真っ当な仕事にも就けていますし」
「そっか……うう」
「え、ちょ、教官、泣かないでくださいよ」
「だっでぇ……うぐぐ」
『……いい子ね』
ボクのために泣いてくれるファラフ教官は、たぶんとてもいい人なんだろうと思った。彼女も13歳から冒険者をやっている、それも銀級のパーティーで。普通ではない事情があるんだろう。そういう部分に共感したのかもしれない。
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