第2話 体験

「いいいいらっしゃいませ!」


 どうしてこうなった。

 カウンターは経験が重要って言われたはずなんだけど。


「まあ、まずは一通り体験してみないとな」


 そんなこと言われても……。ど、どうしよう。




「お?なんだ?今日はずいぶん可愛いのが座ってんじゃねーか」


『お客さんね』

 ひえっ!なんか来た!


「い、いらっしゃいませ!本日はど、どのようなご用件で」

「ふふふ……教育所の体験かなんかかァ?取って食いやしねえよ、落ち着け」

「は、はい……ありがとうござい、ます」


 こ、怖い!身の丈2メートルの巨人ががが!ってか血、血がすごっ!


「依頼完了報告だ。……できるか?」

「は、はい!承ります!」

『記念すべき初仕事ね!』


 完了報告は確か……名前とタグを確認して、依頼内容と受領札を照合して、それから……。


「銀級のバルテリ。パーティーは銀の矢だ。ほい、これがタグと受領札な。依頼内容はCランク、豚鬼オーク発生の初期対応。8体討伐して……証明書はこっち。大丈夫か?ゆっくりでいいぞ。証明部位を除いて遺骸は燃やした。想定通り魔力溜まりの形跡があったから調査官回してくれ。調査報告は調査官に委託したい」


 あばばばばばばばっ。

『お、おちけつ』


「ぎ、銀級のバルテリさん……、はい、タグとの一致確認しました。依頼はCランク、リザ川上流域での豚鬼オーク発生調査と可能な範囲での討伐、はい、8体分の討伐証明書受領で……ええと。魔力溜まりの跡ですね。現在は痕跡のみ残存、新たな供給源にはならないということでよろしいでしょうか?」


「おお。魔力は完全に抜けてるようだが、周囲の植生がおかしい。規模は小さいからまあ、大型の魔物の死骸か何かだろうな」


『ふー。ひとつづつ確認しましょ。焦らずにね』


「承知しました。突発型の魔力氾濫地ですね。オーク8体で打ち止めとすると、推定魔力容量は最小で160キロマギ程度でしょうか。うーん、大型としても魔物一体で供給できる量ではなさそうです。となると、今回の魔力溜まりが出現する前から周辺で魔物化した動物が相当数発生している可能性がありますね。魔力異変有事の可能性として危険度分類イエローに該当しますので、支部に調査官派遣を至急要請します。報告書の件についても了解しました。あ、異変の発生時期を特定する手がかりとなりますので、植生変化について詳細を伺えますか?変性しているのは雑草や薬草でしょうか。それとも立木にまで及んでいますか?様態は枯死でしょうか?異形形成?それから発生場所によっては河川への影響も考えられますので、詳細な場所をお知らせください」


「「……」」


 あとはえーと……って、あれ、何かまずかったですか?一気に色々聞きすぎたかな?

『もう、焦るなって言ったのに……』


「おいニコ、こいつ何者だ?学者サマ?」

「いや、今日入った新人だが」

「新人だぁ?……配属場所間違ってねえか?」

「俺もそう思う」



****



 やっぱり聞きすぎだったみたい。そうだよね、完了報告のたびにこんなに時間かけるわけにはいかないもんなー。ああ、カウンターは難しい。

 そういう細かい話は担当調査官が直接聞き取りをやるんだって。

 あの後しばらく、ニコさんに「時間切れだ」と言われるまでバルテリさんと話し込んでしまった。失敗したなぁ。

 それでも昼までに数件の完了報告を処理しました。カウンターの流れは掴むことができたと思う。依頼表の作り方?わかりません。依頼元対応?わかりません。ニコさん話が違いますー。



「だが、バルテリの件の確認事項はどれも適切だ。調査官が喜んでたぞ」

「あ、よかったです。すみませんでした……時間かかっちゃって」

「いやいや。Eランクのソロあたりの完了報告をやらせるつもりだったんだ。まさか初回がBランクのパーティー依頼になるとは。緊張させてすまんな」

「いえ全然!バルテリさん、すごくいい人ですね!さすが銀級だぁ」

「そうだな。奴はこの町のエースだ。色々と無茶もさせているが、毎回期待以上にこなしてくれる」

『ふーん。いきなりエース級にお目通りできたってことね。バルテリさん、いいじゃない』


 そうなんだ!かっこいいなぁ……銀級冒険者シルバータグ

 血まみれでびっくりしたけど、全部返り血だって笑われちゃった。そりゃそうだよね。


「……ユーキ、お前なんでに来たんだ?ほかにいくらでも行き先があっただろ」


 え?

 ボクの経歴書をまじまじと見ながらそんなこと言われると……。


「な、何かダメでしょうか?ま、まさかクビですか!?」

『ぷっ。ないない』


 どうしよう……せっかく入れたのに。あの生活に戻るのは嫌だ。


「ははは、バカかお前。ただでさえ人手が足りないんだ。期待の新人をクビにするわけがあるか!ってかお前、教育所からの評価表もほぼ満点じゃねえか。ほんと何でこんなとこに……」


「す、すみません!」


 優秀?ボクが?

 そんなわけない。こんな容姿で、男らしさの欠片もない。生きていくだけの力が無い。野垂れ死ぬのが関の山。

『あなたねぇ……。いつまで引きずってんのよ』


「お前、やたら自己評価低いのな。謙遜も度が過ぎると卑屈だが……ユーキの場合は本当にそう思ってそうなんだよなぁ。……もしかして教育所で虐められてたとか?」

「いえ、教育所の皆さんはとても良くしてくれました。こんなボクに……あ、すみません」

「まあいい。冒険者ギルドを希望したのは何でだ?お前なら商会の方でも採用されるだろ」

「いえ、商会はちょっと……。冒険者に、憧れてるんです。自分の力だけで居場所を作って、生活していく。そんな人たちの近くにいれば、ボクもそういうふうになれるかも、って」


「自分で冒険者になるってのはダメなのか?」


「それも考えました。教育所でも最初はそっちのコースを目指してたんですが、どうしても体力が足りなくて」

『……』

「まあ確かにヒョロいもんな、お前。魔術はどうなんだ?」

生活術式ライフ即発術式インスタントが苦手なんです。陣形成サーキットなんかはわりとできるんですが」

「ああ……冒険者なら即発術式インスタントが大事だもんな。そうか……、ならお前、調査官目指せよ。もちろん研修終わってからの話だが」


 え、調査官てなれるものなの?

 優秀な冒険者をギルドが引き抜いてるんだと思ってたのですが。


「なれるさ。元はギルド職員でやってたんだ。最近は人手が足りないから引退希望の冒険者に再就職してもらってるだけで、内製できるんならそれに越したことはない」


 お、おおお?

 それなら、やりたい!かも……。

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