ロマン・アンド・ザ・セックス【回転/読者/罰】
どうしても夫とのセックスがつらい。
結婚3年目の倦怠とかそういうことでは全くなくて、思えば高校生の頃に初めて他人と関係を持った時からセックスは苦痛でしかなかった。
誤魔化しながらこれまで生きてきたけれど、これは相手が悪いとかそういう話ではないんじゃないかと思い始めた。
「夫とのというよりは、性行為自体が辛いです。同じような方はいませんか」
女性向けの読者投稿サイトで聞いてみてもイマイチピンと来ない。
夫に対する生理的嫌悪によって夫と関係を持つのが嫌だという意見ばかりだ。
この人たちは夫に対してこんなにも憎悪を募らせながら、なぜまだ関係を続けているんだろう。
私は間違いなく夫のことを愛しているのだ。
今でも目を見つめれば胸が熱くなるし、夫とはずっと一緒にいたいと思う。
でも、セックスをしたいという気持ちだけが湧き上がらない。
「へー、アセクシャルってやつじゃない?」
高校からの親友であるアミを呼び出して、飲みに飲んだ11時過ぎに5回くらいの逡巡の後に切り出したところ、彼女は拍子抜けするくらいにあっさりと言ってからレモンサワーに口をつける。
彼女が言うには、先天的に性的な欲求を持たないという人は一定数いるらしい。
性欲と愛情を別にする人間も、この世には存在するのだという。
目から鱗というか普通にたくさんの涙が流れてしまってアミに心配をかけた。
私は、夫を愛せている。
愛が足りないから身体を拒絶しているのではなくて。
それから何週間経っただろうか。
色々な本を読んでみたりして、やっぱり私はアセクシャル、無性愛と呼ばれる人間で、性的な欲求が全く持てない人間なのだと確信を持った。
問題は夫だ。
私は間違いなく夫を愛していること。そうだとしても、どうしても身体を重ねることに抵抗があること。それを伝えなくてはいけないのだ。
「ちょっといいかな」
しかし、私がそれを切り出そうとした夜、神妙な顔つきで語りかけてきたのは夫の方だった。
私は身構える。これまで何度も彼の誘いを断ってきた。セックスレスは正当な離婚理由となり得る。
「僕の、その、僕の尻を、ぶって欲しいんだ」
「は?」
「できれば、回転ベッドで回りながら」
「回りながら」
「今までずっと言えなかった。でも僕は、本当は、いわゆる、罰で性的に快感を覚えるタイプで」
「はぁ」
「だから正直、バニラなセックスがずっと苦痛で、でも君を愛しているのは間違いがなくて、でも、君にそれをお願いするのも抵抗があって」
「……ふはっ」
誓って言うのだけど、この時の笑いに彼を蔑む意味は全くない。
ただ、力が抜けただけ。本当に、力が抜けた。
彼はいつの間にかボロボロと泣き始めていて、彼が話してくれるために大きな決意が必要なのだと分かった。
彼をなだめて、私がしようとしていた話を彼に伝える。
私はそもそも性的な重なりが難しい。でもあなたと同じで、あなたを大切にしていることに変わりはないこと。
そして私たちは何か、別の関係性を見つけることが出来るはずだということ。
あの日は2人で抱きしめ合いながら何時間も泣いて、私たちは今のカタチを手に入れた。
私はどうやっても彼の性的な気持ちを満たすことが出来ないから、彼は別の性的なパートナーを見つけた。
もしかして、彼は彼女に籠絡されて私から離れていってしまうのかも。
でも、それもまた良しだ。
お互いの要求に全て答えられる2人なんているはずがない。
でも、そのギブアンドテイクを超えた場所で、私たちはお互いを確かに愛している。それだけは分かっている。
私にできることは、朝に起きて、彼を眺めて、あぁ彼を愛していると認識して、毎日を始めることだけなのだ。
「愛してる」
彼の寝顔につぶやくと、彼が夢の中、微笑んだ。
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