ねないこだれだ【絵本/鉄パイプ/お風呂】
「じゃあ俺は帰って寝ますんで」
先輩がそう言って席を立つ。
感染症が落ち着いて久しぶりにサークルの飲み会なのに、先輩が帰る時間は以前から変わらない。
先輩はどんな飲み会でも必ず9時には帰ってしまう。
でも今日こそは先輩をものにするためにどこまでだってついていくのだ。
私も幹事の同期に支払いを済ませて席を立った。
「なんでいつもこんなに早く帰っちゃうんですか?」
駅までの道で先輩に声をかける。
「10時までに寝ないと幽霊に連れてかれるんだよ。絵本、読んだことない?」
私は思わず笑ってしまう。先輩は真面目な顔をしてこういうジョークも言えるのだ。
「ねぇ先輩、そんなこと言わずに。先輩の家、連れてってくださいよ〜」
「構わないけど俺は寝るよ」
「またまた〜。飲みましょうよ〜」
私は強引に先輩の腕を掴んで、先輩の家へと向かった。
先輩の家は一般的大学生男子が住むような1ルーム。
先輩は荷物を置くといそいそと部屋着に着替えて布団に潜り込んでしまうけれど私は諦めない。
こうなったら実力行使。
「ねぇ先輩、お風呂借りてもいいですか」
「好きにしてくれ。俺は寝るんだよ」
女子が横でお風呂に入っているのに寝れるはずがないだろう。
シャワーを浴びて、タオルだけで前を隠して先輩がいるベッドの横へ歩み寄る。
先輩が入っているはずの布団の膨らみは規則的に動いているが、まだ眠ってはいないはず。
私は鞄に隠していた鉄パイプを抜いて、両手で振りかぶる。
そして気付く。
先輩は本当にすうすうと寝息をたてていた。
「チッ」
本当に寝ているみたいだ。
こんな状況で本当に寝れるなんて信じられない。
私は服を身につけて先輩の家を出た。
※※※
目が覚めると朝だった。
また、昨日も乗り越えることができた。
午後10時からは夜。おばけの時間だ。
夜に起きている子供は、おばけに連れて行かれてしまう。
それは大学生になった今でも変わらない。
おばけは手を変え品を変え、僕を夜更かしさせようと誘惑してくるのだ。
夜更かしをしてしまえば、僕の命はない。
一度だけ、まどろみの中でおばけの声を聞いたことがある。
それは今も毎日、僕の頭にリフレインする。
「ねないこだれだ」
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