【★】もん太の日々【羊/花嫁/卵】
もん太は人間、アヤに食われるために生まれた羊である。
この村のならわしで、花嫁には、仔羊が与えられる。
結婚の後、無事に子供が生まれたなら、お祝いに羊を潰し、皆に振る舞うのだ。
もん太も母からその話は聞かされていた。
死ぬことは恐ろしいが、自分たちは食われるために生まれたのだから、その仕事をまっとうすることは、とても誇らしいことなのだと母は言った。
もん太は、自分を眺めるアヤを見て、自分はこの人間に食べられるのだ、と覚悟を決めた。
というわけでもん太がこの小さな牧場に来て1年以上が経つが、子供はなかなか生まれなかった。
もん太にも永久歯が生えて、少し肉が硬くなってしまっているのではないかと心配だ。
牧場という場所が悪いのではないか。もん太は考え始めた。
夜だろうが周りの牛たちはモーモーとうるさいし、他の家畜たちは朝早くからアヤたちに世話をしてもらっており、交尾をする暇がないのではないか。
もん太は動き出す。
牛たちが夜にはきちんと寝るように指示をしたし、鶏たちの朝の鳴き声を一時間遅らせた。
掃除が簡単になるよう、糞は一か所にする。
餌は散らかさない。
放牧が終わったらすぐに小屋へ帰る。
これをみんなに徹底させたのだ。
アヤたちは突然聞き分けのよくなった動物たちに戸惑っていたが、最近は家の中でゆっくりしている時間も増えたような気がする。
しかしまた一年、主人たちの子供は生まれなかった。
もん太の肉はどんどんと硬くなっていってしまう。
このままでは申し訳がたたない。
そんなことを考えていた夜、アヤたちの家から大きな声が聞こえた。
そして、泣きながら出てくるアヤ。
アヤは、もん太のいる小屋へと向かってきた。
もん太の寝床の横にぼんと座り、寝ているもん太の脇腹をなでる。
何事かと思いながら、もん太はそのままにしていた。30分。
アヤが少し落ち着くと、もん太に語りかけ始める。
「私ね、卵が上手く作れないんだって」
ハイランショウガイというそうだが、もん太に詳しいことは分からなかった。
そもそも人間は鳥のように卵から生まれるのだったかしら?
アヤも夫も子供が欲しい気持ちは一緒だし、誰が悪いということでもないのに、どうしてもすれ違ってしまうのだ、とアヤは呟く。
どうして私だけが。
どうして。
ひとしきり泣いたアヤは、よし、と声を出して立ち上がる。
だからさ、もん太のことは食べられないや。良かったね。
家へと戻っていくアヤ。
もん太には衝撃である。これまで食べられるために頑張ってきたのに・・・。
しかしもん太は諦めなかった。
アヤも諦めなかった。
もん太は主人のために祈り続け、アヤは根気よく治療を続けた。
そして、もん太の肉が、食べるところが無いほどにしおれた頃。
車の後部座席から降りてきたアヤに抱かれた何かから、甲高い鳴き声が響く。
きっと新入りだ。
ここの流儀を教えてやらなくては、ともん太は思う。
アヤは新入りを抱いてもん太のところへやってくる。
「ねぇもん太、もん太のお肉はもう食べられないけど、少しだけ毛を分けてくれない?」
翌年の冬、もん太は息を引き取ることになる。
それを眺める小さな人間の子供の頭には、ウールのニットキャップが乗っていた。
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