ループ&ループ【電車/夜明け前/再生】

この繰り返しから救ってください。

やつれた顔で現れた依頼人。小さな子供を抱いている。

30代の半ばだと言うが、目元に刻まれた皺は老婆のよう。

ヤマモト探偵事務所。普通ではない事件のための場所。依頼人たちはどこからかここの噂を聞きつけてやってくる。


※※※


私は人生の一部を繰り返している。

息子のコウタが産まれてから、死ぬまでを。

何十回、何百回、何千回と。


コウタの3歳の誕生日。コウタを連れて誕生日のケーキを買った帰り。

コウタは私の手を振り払って遮断機の降りた踏切へ入り込み、電車は当然のように息子の身体の上を通り抜けた。


しばらく、泣くことすらできなかった。

夫は私を責めなかったが、それが逆に辛かった。

抜け殻のように毎日を過ごしていた。


ひと月ほど経った深夜、私は事故現場に来ていた。

夜明け前の午前3時。まだ電車は動いていない。車も通らない。

私は踏切の中で横たわる。

このまま電車が通ってくれればいいのに。


そう願った瞬間、警笛の音。強烈なライトの光。線路の振動。

通るはずのない電車が私の上を通過して、私の意識は途切れた。


産声で目を覚ます。

私は息子を出産していた。

嫌な夢を見ていたのだろうと、私は息子を育てた。奇妙な既視感はずっと消えなかった。

そして息子の3歳の誕生日、息子は私の手を振り解き、踏切へと飛び込んだ。


産声で目を覚ます。

息子が踏切へ飛び込む。


息子は誕生日に監禁しようが、するりと私の手をすり抜けて踏切へ飛び込んでしまう。

まるで同じ動画を再生するように。


何周目か忘れた頃、特殊な探偵の存在を知る。ヤマモト探偵事務所。

胡散臭いスーツの男はしかし、私の冗談のような話を真摯に聴いた。


※※※


果たして依頼人は所謂ループに囚われているようである。

超常現象ならお任せください。

そう伝えると依頼人は前金として鞄一杯の札束を差し出した。ループのおかげで株価も何も思いのママらしい。


またループが起こる息子の誕生日、1ヶ月後に約束をする。

恐らく簡単な事案である。


1ヶ月後のその日、私は件の踏切にいた。

数時間後に、依頼人の息子はこの踏切に飛び込んでしまう。

検分してもやはり間違いない。

今日、この踏切では事故は起こらない。


時間になると、依頼人が現れる。

息子をしっかりと抱きしめているが、そのうちその手を逃れてしまうのだろう。

タイミングを見計らい、用意していた札を依頼人の頭に貼り付けた。


「へ?」

気の抜けたような声を出して、依頼人と息子は消え去った。

通り抜ける彼を轢くはずだった電車。


顛末。

結局彼女も息子も所謂ただの地縛霊だ。祈りを捧げた札を貼ってやれば輪廻を脱する。

確かに今日のこの時間、事故にあう世界の彼もいるのだろう。

ただここはその世界ではない。

元の世界から漏れ出た無念の意志が、こちらまで漏れ出てきてしまっただけだった。


漏れ出てきた彼らに実体はない。

ただ元の世界での経験を、ループ再生のYouTubeが如く繰り返すだけ。

こちらの物理に干渉したように見えるのはただの錯覚。


ということは。

重大な見落としに気付いた。

探偵事務所に急ぎ戻って金庫を確認する。

綺麗さっぱり無くなっている金庫の中身を見て、舌打ちをした。

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