穴を掘っている【レトロゲーム/パーカー/森】

「助けてくれ」

コーキがボロボロの姿で現れたのは、台風一過でよく晴れた日曜日の午後だった。

着ているパーカーは焦げたような穴がいくつも空いてしまって、まるで火事の中から逃げ出してきたみたいだった。

連れ出されたのは中学校の裏山の中、小さな森というか茂みの中にあるコーキの秘密基地。

そしてその横には大きな雷が落ちたようなクレーターが焦げた匂いを漂わせていた。

僕はまたコーキの両親がよくないことをしたのだと思ったが違うようだった。


コーキの両親はコーキを人間として扱わない。

小学生のころからコーキの全身には様々な傷が刻まれていて、コーキの逃げる先はもっぱら、両親が共働きで夜までいない僕の家だった。

コーキは僕の両親にも会いたがらなかった。大きい大人が怖いからと言って。

コーキはいつもゲームボーイ・アドバンスという古いゲームハードをポケットに忍ばせていた。

彼がそんなレトロゲームを好む理由は、電池で動かせるから、というその1点だけ。

バッテリー充電式のゲームでは、家に帰らなくてはいけないから。


やがて僕たちが中学生になると、コーキは僕の家には来なくなり、秘密基地を生み出した。

彼はここに本やらゲームやらを持ち込んで、時間をつぶしていた。というか、生活をしていた。

彼はまず一番に僕を招待してくれて、二人でお菓子を食べながら、資源回収で拾ってきた漫画を読んだ。

そういう場所がここだった。


「俺さ、死んだ」

クレーターを指してコーキが言う。僕は「へ、」と間の抜けた声を出すことしかできなかった。

「台風だったから基地の中にいたんだけどさ、壁がぶっ飛ばされて、拾いに行こうと思って外にでたら雷がドドン、よ」

「いやドドン、じゃなくて」

「ドドンってなって、気が付いたら全身焦げてて心臓止まってて。それでも身体は動くんだなこれが」

コーキに引かれてその胸に触れた僕の手のひらには、皮膚の冷たさだけが伝わって、コーキの鼓動は感じられなかった。

本当に、死んでいる。死んでいるはずなのに、身体は動き続けている。


「多分、雷の電気で動いてるんだと思う。フランケンシュタインだよ。わかる?」

「いや、それは知ってるけどさ」

なんでそんなに明るくいられるのか。死んでもいいと思っていたんだろうか。

「でも全部放電したらそれで終わりだよ。時間がないから手伝って欲しい」

コーキは大きなスコップを二本、基地の奥から引っ張り出してくる。

「墓を掘らなくちゃ」


コーキは親からできるだけ離れようとし続けていた結果として、どんなことでも自分で済ませてしまう人間になっていた。

今ではもうほとんど家には帰っていなくて、この基地で生活をしている。

それにしても自分が死んだ後のことまで自分でやらなくてもいいじゃないかと僕は思う。


基地の段ボールをめくりあげて、僕とコーキは穴を掘る。

スコップを差し込んで、土を持ち上げる。

ただただそれの繰り返し。

コーキは視線は手元に送ったまま、へらへらと喋り続ける。


家族と一緒にいるのは嫌だったけど、別に死にたくはなかったなぁ。

もう少し大人になれば、自分で働いて、部屋借りて、雷にうたれることもなかったのに。

死んだあとまであいつらに何かされるのは絶対イヤだ。

土かけるのだけ頼むよ。気持ち悪いかもしれないけどさ。


3時間もかかってようやく人一人が入れそうな穴があいて、顔を上げたら日が暮れていた。


まだいけそう、とつぶやいたコーキが基地の宝箱から取り出したゲームボーイに通信ケーブルを繋いで、解像度が低いレースゲームで貴重な最期の時間を無為に潰した。

「やっぱアドバンスは革命だったんだよな。あ、死ぬ。死にたくない」

それが彼の最期の言葉になった。

ばつん、と音がしたようにコーキの動きは止まり、身体がその場にぐしゃりと折れ曲がった。

心臓は止まっていた。胸元で何回耳を澄ましても。

コーキの顔は今にも泣きだしそうに、口がへの字に曲がっていた。

コーキは死にたくなんかなかった。

一人でたくましく生きなければいけなかった彼の人生が、心臓を止めた後でさえ、悲しむことを許さなかった。


力の抜けた15歳の身体は抱えるには重すぎて、穴の中に投げるような形になってしまうのが少し気になった。

彼と、さっきまで遊んでいたゲーム本体を入れて、土をかぶせる。

穴を埋める作業は掘る時間の半分もかからなくて、コーキの死体はあっけなく葬られた。

段ボールを敷きなおして、コーキの基地をもと通りにして、僕の仕事は終わった。


帰るのがすっかり遅くなって、父親にしこたま怒られた。

怒られたから泣いているのか、他の理由で泣いているのか自分でも分からなかった。

僕はこんなに簡単に泣けるのに。

あの時、穴を掘っているときにお前が泣いてくれれば、僕も一緒に泣いてやれたのに。

コーキの分の涙まで奪って、僕はずっと泣き続けた。

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