ゴリラ・イン・ザ・モール【イヤホン/ロッカー/ゴリラ】

ゴリラ・イン・ザ・モール


 イヤホンから流れる音楽は人に勇気を与えてくれることがある。

 軽音楽の部活の帰り、ショッピングモールをイヤホンをつけながら歩いていると、とても綺麗な黒髪の子が目の前を走って通り過ぎていった。

 女の子は俺と同じ高校の制服を着ていた。

 華奢な身体で一生懸命にショッピングモールの吹き抜けを走り去っていった。

 何だろうか? 不思議に思い振り返ろうとした刹那、両脇のテナントの商品が吹っ飛んでいったのが見えた。

「は?」

 理解が追いつかなかった。

 まるで女の子が走るだけで衝撃破が発生したようなそんな感じだった。

 目の前で人々が騒がしく何かを話している。イヤホンを外す。

「ゴリラだーー! ゴリラが逃げたぞ!!」

 ゴリラが逃げた? どういうことだ?

 たしかに、ゴリラが曲がり角を曲がっていなくなっていくのが見えた。

 まずい、さっきの女の子が危ない!

 自分が逃げなければならないのに、俺はなぜかその子のことが気になってショッピングモールから逃げる人混みを逆走してしまった。


***


 そして、その判断を15分後には後悔することになる。

 ショッピングモールの客と店員が1人残らず逃げてしまって、取り残された俺はロッカーの中でゴリラから身を隠していた。

 ゴリラがロッカーの近くまで来ていた。

 ガタン、ドガンとあらゆるものを薙ぎ倒す音が聞こえてきた。

 さっきの子は無事だろうか。それにしても可愛かったな、と震えながら俺は、勇気が欲しいとイヤホンを耳に挿す。

 流れてきた音楽に落ち着きを取り戻してきたその時だった。

 さっきの女の子がキョロキョロと何かを探していた。

 この辺りはゴリラがうろついていたはずだ。このままでは危ない。

 俺はロッカーから飛び出して、女の子に声をかけようとイヤホンを外す。すると、目の前にゴリラが現れた。

「な!?」

 間一髪、身体をかがめた俺の、頭のあった位置にゴリラの裏拳が飛んでくる。

 そうか、そうだったのか。俺にだけゴリラが女の子に見えていたのか! しかもイヤホンをつけた時だけ。

 俺はこの子と仲良くなりたかった。たとえ、音楽を聞いていない時はゴリラに見えていたとしてもだ。

 俺の気持ちを知ってか知らずかゴリラは興奮して暴れ続ける。

 俺はゴリラと会話がしたかった。

 彼女にとってのコミュニケーションが暴力ならば、俺にだって考えはある!


「俺は君ともっと仲良くなりたいんだ!」


 背中にかけていたストラトキャスターを取り出して、そいつでゴリラの頭を思いっ切りブン殴った。

 すると、ギターから七色の音の洪水が流れ出して、ゴリラは大人しくなった。俺には女の子がくらくらしてるように見えた。すこし申し訳なかった。

 後日、動物園に連れ戻されたゴリラと対面した。ゴリラは俺を見つけると嬉しそうに寄ってきた。

 そっとイヤホンをつける。音楽を聞きながら彼女を見ると、彼女は大きく腕を振って俺を歓迎してくれていることが分かった。

 俺たちは言葉を交わすことはないけれど、これはこれで素敵な関係だな、と俺は思った。

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