竜の花嫁【羊/花嫁/卵】

 嵐の夜に竜によって村から連れ去られたサキが村へ戻ってきたのは、連れて行かれて3日ほどが経ってからだった。

 サキの様子は連れ去られる前と変わりがなかったが、唯一異なっていたのは、彼女が彼女の細腕でひと抱えほどもある大きな卵をもって戻ってきたことだった。


 竜は村の守り神だ。

 村の羊を主食としていて、生け贄の羊を食べる代わりに村を災害や外敵から守っていた。

 そんな竜が人間を連れ去るなんて初めてのことであり、卵を押しつけた意図も分からなかった。

 村人の反応は様々だったが、サキ本人は気にする風でもなく、卵をやさしくなでて、どこに行くにも卵を抱えて歩いていた。


 サキは村一番の羊飼いの1人娘で、両親から竜に関する話をあれこれ聞かされていたから、幼い頃から竜に対して興味とあこがれが人一倍あった。

 そしてとうとう嵐の夜に結ばれたのだという。

 サキは言う。

「やっと竜と結婚できて、私はとても幸せです」

 

 困ったのは村人たちだ。

 竜は強大な力を持っている。これまではお互いの住む場所を分けることで何とか均衡を保っていたのに、その子供となる卵が近くにある。

 それだけで、恐怖の対象となるには十分だった。

 卵を抱えたサキからは、焼け焦げたような灰のにおいが漂った。それが、サキが歩くと村の通りから漂ってくるのだ。

 村人たちは灰の臭いを忌避するようになった。


 気が付くと、サキは恐怖そのものとなっていた。サキを怒らせると竜が来るぞ。村の子供たちは童歌にして歌った。

 当の本人だけが、ケロっとしながら実家の牧場でとれたウールを売ったり、羊肉を酒場へ卸したりしていた。


 やがて、村人たちは結託してサキを殺すことを決めた。

 穏健派は追放を主張したが、いつ生まれるか分からない竜の子供を考えると、タイムリミットは刻一刻と近づいていた。

 竜をどうするか? という議会の意見に、私に任せてくれ、と村長は決断を下した。


 竜がサキを連れ去ったのと同じ嵐の夜だった。

 夜陰に紛れてサキは殺害された。両親も一緒に殺された。口封じの為だった。

 そのときだった。嵐の音をつんざいて叫び声がとどろく。竜だ。竜が牧場へやってきたのだ。

 生け贄の羊を取りに来る普段のタイミングよりも早い。

 まずい。慌てた村長は他の住人と倉庫にあった羊の肉の残りにサキ一家の肉を混ぜてそこに大量の酒を入れた。

 そして、それを竜に食べさせた。

 竜は、知らずにそれを食べて、普段の肉とは違う臭気に顔をしかめる。

「ーー人間よ、これは何だ」

「これは、サキの肉だ。バケモノめ。お前に媚びへつらうのも、もうおしまいだ!」

 村長の最後の一言が終わりになるかならないかの矢先だった。竜の咆哮が村中にとどろいた。

 ビリビリとした地響きが起こり、村人たちは一瞬ビクッとふるえたが、竜は初めて飲んだ酒のせいで酩酊してしまった。

 泥酔して、よたよたとふらつく竜を村人は一斉にかかって殺した。これで、竜は死んだ。サキもいない。あとは卵を処分するだけだ。

 

 その時だった。

 村人が竜を殺して安堵した矢先、山から土石流が押し寄せて、村の全てを飲み込んで消えた。

 村人たちは竜殺しに夢中で、竜の咆哮で土石流が発生したことに気づかなかったのだ。


 そして、何もかもが土砂に埋まった頃、枝と枝の間に挟まって無事だった卵が無事に孵った。

 生まれた竜はきょろきょろとあたりを見回した。

 父はいない。母もいない。誰もいない。

 生まれた竜は暗雲の空に向かって鳴いた。

 長い長い慟哭だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る