透明な日々【電車/夜明け前/再生】
時透 麻美が電車の中で号泣したのは、3年生最後の試合でみっともなく負けてしまったからだけではなかった。
今を生きていくことの不可逆性に気付いてしまったからだった。
バドミントンを一緒に頑張ってきた仲間や思い出など心の奥を通過するもう戻らない日々はまるで壊れやすい硝子細工のようだ。
きらきらと美しく、それでいて繊細だった。
麻美は傷ついて、もうどうにでもなれと思って、電車に飛び乗った。東北本線上りの最終。何もかもがどうでもよかった。
この先なんて考えたくなかった。
盛岡から乗り続けていて気がつくと夜がふけていた。
初夏の風が開いた窓から羽虫と共にやってくる。ぼうっと田園風景を眺めながらこれまでの日々を思い返していた。
「次は、松島。松島」
アナウンスを聞いて、気がつくと麻美は松島駅にいた。
東北本線は麻美を下ろしてそのまま闇の中へと消えて行った。
しまった、あれが最終だったのに。
気づいて麻美はおかしくなった。どうにでもなれといいながら最終を気にするなんて。
そのまま麻美は松島を海岸沿いに歩いた。小高い場所にある海が見える境内まで来た。
ベンチに腰を下ろして、松島から見える太平洋の入り口を見ながら自分にとっての試合の最良の選択肢はなんだったのかを考えた。考えて、一体それが何になるのか分からなかった。麻美はそのまま就職するつもりだった。そうすると部活動など意味がなかったような気がした。
でも、それでも努力をした日々はきっといつか糧になる。今日のこの瞬間も忘れ難い思い出の一部となるのだろう。
麻美はスッキリとした顔で境内に拝む。
夜明け前の一瞬、太陽が海から顔を出してやがて光が開けていった。
麻美は生まれ変わった気持ちになった。
心が再生していく。
弱気な気持ちに私はもうならない。
試合は負けたけど、これはきっと私の新しい一歩だから。もう負けないから。
そう心に誓って、麻美は松島を後にした。
始発のJRはいつもより車体がピカピカと光っているように見えた。
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