Beautiful Plan【うさぎ/悲しみ/人魚】
長雨が止まない夜、私がコインランドリーに入ると女性が1人座っていた。目元のラメが異様にテカテカと光っていた。まるで鱗の様だった。
タバコをのんびりと吸っている彼女に私の目は吸い込まれる。
目があった。会釈をして乾かないタオルや下着を乾燥機へ入れた。洗濯物が乾くまでの間、私たちは無言で雨のコインランドリーの中にいた。
まるで、深海の中に漂う潜水艦のキャノピーみたいに世界はただただ真っ暗だった。
それからというもの、雨が降ると彼女はいつもコインランドリーに居た。
最初は訝しんでいたものの私は彼女がなんとなく気になって、私から話しかけるようになった。
彼氏にフラれた夜も、就職が決まった夜も、彼女は決まって雨の夜はコインランドリーに居た。
私はいつしかそのコインランドリーに行くのを楽しみにするようになっていた。
大学に居場所を見つけられなかった私にとって、ここだけが居心地のいい居場所のように感じていた。
彼女は洋子さんといった。
私たちは気があった。雨の日の憂鬱も彼女と会える喜びにいつしか変わっていった。
ある時、洋子さんにどうしていつもラメを入れてるのか尋ねると、彼女は自分が人魚だからさと言って笑った。
「人魚……ですか?」
「そう、厳密には人魚の肉を食べちまった不老不死の人間さ。目はその時に変わった」
本当だろうか。洋子さんは怪しむ私に煙を吹きかける。
「信じてないな、美奈江? 化粧じゃねぇって。これが、証拠だ」
洋子さんはそう言ってアクアマリンの宝石を取り出す。
「これは人魚の涙って言って、これを飲んでも不老不死になるらしい」
「不老……不死?」
「そう。あたしは平家が没落した頃からずっと生きてる。ずっとずぅっとだ」
長い時を思うと、気が遠くなりそうだった。
「どうして、あの時私に話しかけたんですか?」
尋ねる私に洋子さんは言う。
「あんた、初めてきた時泣いてたじゃない。うさぎみたいな真っ赤な目してさ。まるで、1人になったら寂しくて死んじゃうみたいだったからさ」
ああ、そうだった。あの時私は初めての彼氏に別れを告げられて深い悲しみの中にいたんだ。
「あたし、死ねないから。悲しいとかそういうのは分かんないけどさ。寂しいってのは分かるから」
そうか。私の寂しさが人魚にはわかったのだ。だからここに居てくれたのだ。
「あたしは人間になれないから。あたしの持ってる涙なら一緒に生きれるかも、なんて思っただけさ。
なあ、いっしょに生きないか? ひとりは辛いけど、ふたりなら生きられる気がするんだ」
「ごめんなさい。せっかくの提案だけれど」
私は気の遠くなるような日々を生きていける自信がなかった。
自分自身に押しつぶされそうな気がした。
洋子さんはそうかとつぶやくと寂しそうに伸びをして、タバコの火を消してそのままフラリとコインランドリーから出て行った。
その日を境にして、洋子さんはコインランドリーに現れなくなった。
そしてほどなくして、私は就職のためにこの街を去った。
それから数年が経って、私は久しぶりにこの街に戻った。
あの時の古びたコインランドリーは跡形もなくて、鬱蒼とした中にひっそりとたたずんでいたイメージだったけれど、今はまっさらな駐車場になっていた。
きっと洋子さんは私のように孤独を感じる人に寄り添って、今も永年の時を生きているのだろう。
分かり合えた日々は短かったけれど、一緒に永劫を生きたら私たちは孤独を埋め合わせることができたのだろうか。
答えは出ない。
きっと分からないままだろう。
そう思うと、少し悲しい。
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