オムニとマーシャ【しっぽ/保存/仲間】

 群れからはぐれたドラゴンのオムニは仲間を求めて彷徨っていた。ドラゴンは伝説や人々の想像に反して集団で行動する生物だった。オムニはいつも仲間を探していたが、マグマ滾る山の奥にも鬱蒼とした森の中にも仲間たちはいなかった。

 それもそのはず、オムニには尻尾がなかったのだ。尻尾のないドラゴンなど、ドラゴンではない。そう考えた仲間たちからオムニは捨てられていた。

 オムニは夜な夜な仲間を呼ぶ遠吠えを虚空へ叫んだが、その声に応えるものはなかった。

 やがて年月が流れてオムニも全てを悟った。疲れ果てたオムニは森の奥深くにある泉のほとりで暮らすようになった。ここならば誰も来ない。仲間というものに絶望したオムニはここで1頭、暮らすことを決めた。

 そこに、ひょんなことから人間がやってきた。それは人間嫌いで有名な魔法使いのマーシャだった。

 マーシャは孤独を愛し、世俗の煩わしさから解放されるために泉まで来ていた。マーシャが魔法で小屋を作るのをオムニは疎ましく見ていた。オムニとマーシャが初めて出会った時、そのどちらもがイヤな顔をした。

 気づかなければ孤独にいられたのに。お互いが同じことを考えた。

 オムニは得体の知れない魔法を使うマーシャを恐れなかった。マーシャも火を吹き巨大な翼と体躯を持つオムニを恐れなかった。

 しばらくの間、双方無視を決め込んで生活をしていたが、マーシャはオムニの切断された尻尾が化膿しているのを知った。気の毒に思ったマーシャはオムニの尻尾に薬草を塗ってやった。それを塗るとたちまち化膿はよくなった。

 マーシャは珍しい薬草やキノコなどを保存していた。それがドラゴンにはてきめんに効いた。

 その時からオムニはマーシャに懐くようになった。そもそも子供の頃に尻尾を人間に切断されてから、仲間を含めた他の誰かから優しくされたことはなかったのだ。

 マーシャもマーシャで、言葉の通じないオムニに居心地の良さを感じた。余計な言葉を交わすことのない2人だったが、その方が余計に互いの気持ちが通じているような気がした。

 時が流れ、魔女は危険を運ぶという理由で迫害の対象になっていた。ドラゴンと森の奥の泉に住む魔女は近隣の村の住人にとっては恐怖の対象だった。

 ある時、村の住人が魔女の家を夜襲した。松明の火がいくつもマーシャの小屋を囲っていた。

 オムニは身体を張ってマーシャを逃した。人間たちを吹き飛ばし、炎で追い払おうとしたが、矢尻に毒の塗られた弓矢がどんどんオムニの体力を奪っていった。

 どうして私のために? マーシャは問うた。

 実はオムニの尻尾は数十年も前に、マーシャの両親を生きながらえさせるための秘薬の材料として、マーシャの両親に助けられた人間たちの手によって切り取られていたのだった。そんな因縁の相手をなぜ助けた?

 オムニは澄んだ瞳でマーシャを見た。

 その爛々と輝くガラス細工のような球体に、ふたりの短くも愉快な思い出が映り込んでいるようだった。

 それだけで十分だった。

 マーシャは気づいていた。そしてオムニも知っていた。

 ドラゴンの牙だ。ドラゴンの牙さえあれば、マーシャが箒に乗って逃亡するための箒の推進薬を調合できる。

 しかし、ドラゴンの牙がなくなることはドラゴンの寿命が尽きることを意味していた。一体、牙がなければ肉食の竜は何を食べて生きていくのか。

 マーシャは戸惑った。その矢先だった。

 オムニは牙を折ってマーシャへそれを渡す。そして、人間たちの目を引きつけるようにそのまま高く飛び上がっていった。

 オムニの身体は猛毒が回っている。それに気づかぬオムニではない。

 ならば、マーシャを逃すために最期まで身体を張ろうと決めた。仲間がいないオムニにとってのたった1人の友のために。

 そして、オムニはどこまでもどこまでも高く飛び上がっていき、ついには遠く見えなくなってしまった。

 マーシャは泣きながらドラゴンの牙を砕くと箒に振りかけてオムニと正反対の方向へ飛んでいった。

 その日の夜はキラキラと輝く星屑がいくつもいくつも降り注いだ、との伝説が残ったが、それが魔女の涙なのか、流星の欠片だったのか、ドラゴンの牙の粉末だったのかは語り部によって変わっていった、とのことだった。

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