>>9 at a recommended cafe




「ゆかり、もう帰るの?」


 放課後。


 いつもの様に帰り支度を済ませてから教室を出ようとすると、同じクラスの友達である千絵(ちえ)ちゃんに、後ろから話しかけられた。


「そうだよ。この後、練習や生配信があるからね」


 ……初めて生配信を始めた時から、もう何日が経過しただろうか。視聴者数も1日あたり50人を超え、少しずつだけど、生配信をする事が楽しくなってきた。


 緊張していたあの頃が懐かしい……。今ではもう、生配信は私の日課である。


「そっか……。今日も楽しみにしてるけど、あんまり無理はしちゃ駄目だよ。ゆかり、小説も書いてるんだし……身体壊しちゃ、元も子も無いからね」

「うん、ありがとう。それじゃあまた明日っ!」


 私は千絵ちゃんに向かって軽く手を振ると、早速教室を出て昇降口の方へと向かった。





♢




 最近、菜々ちゃんの様子がおかしい。

 昨日もいつも通り、一緒に歌の練習はしたけれど、何処か元気が無いように見えた。


 ……もしかして、何かあったのだろうか?

 ずっと前、菜々ちゃんのおばあちゃんが言っていたように、学校で何かあったとか?


「うーん……」


 校内での様子を見に行く事が出来れば、それが一番良いのだろうが……お互い違う学校に通っている為、それは不可能だ。


「……」


 ……まあ、考えていても仕方が無い。

 分からない事は分からないし……。

 とりあえず、せっかく今から菜々ちゃんに会うんだし、その時に聞いてみよう。


「あのー……」

「え?」


 校門を出ると、突然後ろから小さな声がした。

 何かと思って振り向くと、そこには見覚えの無い女の子が私をじっと見つめていたのだ。


「えっと……、今私を呼びましたか?」

「あっ、はい……、あの……」


 女の子は、手をモジモジと動かしながら口を開いたり閉じたりしている。余程緊張しているのだろうか。


 それにしても……、目の前にいる女の子は一体誰何だろう?

 全然記憶に無いのだが……。


 歳は私と一緒か、少しだけ歳下にも見える。

 髪や鞄には可愛らしいピンクのリボンを身につけていて、かなりの低身長だ。所謂、ふわふわ系女子という事だろう。


「……えっと、ゆかりさん……、ですよね?」

「えっ? あ、はい、そうですけど……。何で私の名前を?」


 不意に自分の名前を呼ばれて、私はドキッとする。


「んっとぉ〜……、」


 目の前の女の子は、なかなか口を開かなかった。

 そんな様子をじっと眺めていると、私はふと、ある事に気づく。


「あっ」


 よく見ると、この女の子が着ている制服……、菜々ちゃんと全く同じ柄だ。という事は、海明高校の生徒なのかな?


 もしかして……、菜々ちゃんと同じクラスメイトだから、私の名前を知っているとか?


 そんな私の予感は見事的中した様で。


「私……、去年如月さんと同じクラスだった、香菜子っていいます。名前だけでもご存知ありませんか? 幼稚園のボランティアを紹介した──……」

「あーっ! 」


 そこで、私はポンと手を打つ。

 そういえば、幼稚園のボランティアに行った時に、菜々ちゃんがその事を教えてくれたような。


「あの時は、本当にありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ……」


 香菜子ちゃんの深いお辞儀に、私は何となく恐縮してしまう。そこまで感謝されるような事はしていないのだが……。


 ……私がしたことと言えば、ほんと、下手くそなオリジナルソングを歌ったぐらいで……。


「如月さんから聞いたんですが、海人くんを救ってくれたのはゆかりさんだったみたいで……本当に母も感謝しています。今度良ければ、また如月さんと一緒に、幼稚園に遊びに来てください。2人ならいつでも大歓迎って言っていたので……。海人くんを含めて、幼稚園の皆も会いたがっているみたいですよ」

「そうなんだね」


 『懐かしいなあ……』と、あの頃を思い出す。

 海人くんや皆は、元気にしているだろうか。

 香菜子ちゃんの母親である香織先生や、ギャル風の園長先生も……。


 ……あの園長先生、色々と凄かったなあ。

 私は、思わずクスクスと笑ってしまった。


「ところで、今日はどうしてここに?」

「あっ、それなんですが……。実は、話したい事があって」


 香菜子ちゃんはそう言って、辺りをチラチラと見渡すと、私に近づいてきて物凄い小声でこう言った。


「……ここじゃあ何ですから、少し移動しましょう。私、オススメのカフェが、近くにあるんです……」


 オススメの……、カフェ??


 香菜子ちゃんのそんな様子に、私はビクッと身体が震えてしまう……。まるで、誰かに狙われていると言う様な、そんな素振りに……。




♢




「お待たせ致しました。本日の日替わりパフェ、『クマちゃんとライオンくんのお菓子のお家』です」

「んんぅ〜っ!! 美味しそうぅ〜!! 可愛いぃ〜!!」


 香菜子ちゃんは携帯を取り出すと、早速パシャパシャと写真を撮り始めた。


「ゆかりさんは、何も頼まなくて良かったんですか?」

「ああ、うん……。私、甘い物苦手なんだ……」

「そうなんですねぇ〜、それは珍しいっ! 私、甘い物大好きなんですぅ〜」


 『クマちゃんとライオンくんのお菓子のお家』

 何故クマとライオンをチョイスしたのかは謎だが、クリームがいっぱい乗っていて、見るだけで気持ちが悪くなりそうだ……。


 そんなパフェの頭の部分を、香菜子ちゃんはスプーンで沢山救うと、一気に頬張った。


「んんぅ〜!! 美味しい〜っ!!」

「本当に美味しそうに食べるね……。香菜子ちゃん、目がハートだよ」

「ほうでしゅか??」

「もう……っ、食べながら話さないの。あはは」


 面白いなあ……。

 香菜子ちゃんと一緒にいると、きっと毎日が楽しそうだ。


 私は笑いを堪えずには居られなかった。


「モグモグ……。ところでゆかりさん、今日は如月さんの事でお話があって来たんですよ」

「ん? 菜々ちゃんの事で?」


 パフェを1口食べ終えると、香菜子ちゃんは急に真剣な顔をし出して、私に向かって言った。


「如月さんの……、過去の話です。」

「──っ、」


 『ゴクン』と、私は唾を飲み込む。


 菜々ちゃんの過去は……、私がずっと知りたかった事だ。きっと、最近菜々ちゃんの元気が無かったのは、その事と関係があるのだと思う……。


 私は、香菜子ちゃんの話に耳を傾けた。


「如月さんは、私の事を知らないと思いますが、私達は小学校も中学校も同じだったんです。同じ様に、海明高校には如月さんの事を知っている子が沢山居ました。……もしかしたら、全て真っ白で高校に行けたら良かったのかもしれません。噂が広まるのは、あっという間でした」


 ──外から、『ミーンミーン』と蝉の声が聞こえる。


 クリームが溶けてきて、パフェに乗っかっていたクマ形のクッキーが、ポツンと下の方へ落ちた。

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