>>8 How to make friends




 ──友達って、どうやって作るんだっけ……。

 あたしは最近、そんな事をよく考える。


 お昼休み。

 あたしは机に顔を伏せながら、ボケーッとしていた。


 ……この間は色々あって、歌の練習を1日休んでしまった。ゆかり先輩が練習に遅れた理由が、『人と話す事』だったのが想像以上にショックだったらしい。


 あの時あたしは……、独りになるのが怖かった。ゆかり先輩があたしを見捨てて、他の誰かの元へ行ってしまうんじゃないかと、そんな不安で押し潰されそうになっていたんだ。


 だけど……今思えば、ゆかり先輩が人と話す事は当たり前だ。いくらあたしという友達がいるとはいえ、あたし1人とだけ話していくなんて、そんなの出来る筈が無い。ゆかり先輩にだって友達は居る。それが当たり前なんだ……。


 なのに、どうしてだろう……。

 込み上げてくる不安、孤独……。


 あたしには、友達がゆかり先輩しかいない。

 ……いや、正確には、小学生の頃はまだ居たんだ。


 そう、あれは……確か小学2年生の時。

 両親を失って、毎日が悲しくて寂しかった時、彼女は突然あたしの目の前に現れたんだ。




♢




「丸々(まるまる)小学校からやってきました、佐々木(ささき)詩織(しおり)っていいます。よろしくお願いしますっ!」


 そう言って、あたしが通っている海明(みあけ)小学校に転校してきた女の子。佐々木詩織。


 あたしは両親を亡くした影響で、今までの学校生活が虚しくて仕方なかった。おばーちゃんは仕事に行っているから家でも独りぼっちな事が多かったし、何をしても悲しくて、笑う事が滅多に無かった。


 そんなあたしを見て、クラスメイトの皆は『つまらない』とでも思ったのだろう。あたしはその頃から無口で、友達なんて1人も居なかった。だから、誰からも話しかけられる事が無かったのだ。


 だけど、詩織ちゃんはそんなあたしに優しく話しかけてくれた。


「私、詩織っていうの! よろしくねっ!」

「……それ、さっきも自己紹介で聞いた」

「あれ? そうだったっけ? ふふふ……忘れちゃってたや。ごめんごめん」


 そう言って、彼女は温かい笑顔を浮かべながら笑っていた。そんな様子に、第一印象は『変な人』というイメージが強かった事をよく覚えている。


「貴女の名前は何ていうの?」

「……菜々。如月(きさらぎ)菜々(なな)」


 それが、彼女──詩織ちゃんとの初めての出会い。




 詩織ちゃんは本当に不思議な人で、こんなあたしなんかに良く話しかけてくれた。だから、始めは『何のつもりだろう』なんて思っていたけれど……、独りぼっちだったあたしに話しかけてきてくれた事が、凄く嬉しかったんだ。だからあたしは、詩織ちゃんのお陰で少しずつ笑顔を取り戻していく事が出来た。


 ──そうして話している内に、あたしと詩織ちゃんはどんどん仲良くなっていって、遂に『友達』という関係にまでなる事が出来たんだ。


 だから、あたし達は毎日遊んだ。

 毎日、毎日……。

 おばーちゃんが仕事でいなくて、ずっと独りぼっちだった暗い家の中も……詩織ちゃんがいたから明るくなった。どんなに辛い事も、詩織ちゃんが居れば乗り越えられたし、笑う事が出来たんだ。あたしは、毎日が……本当に凄く楽しかったんだ。




 それなのに……。


「何で!? 今日はあたしと遊ぶ約束してたじゃんっ!」


 約束の時間になっても、待ち合わせの場所に現れなかった詩織ちゃん。あたしはずっと待っていた……。それなのに、来なかった。


 だから、諦めて帰ろうとした。

 すると……、家に向かう途中の商店街の中で、あたしは詩織ちゃんを見つけたんだ。彼女は──、詩織ちゃんは、他の友達と一緒にいた。あたしとの約束を破って。


「菜々ちゃん……っ!」


 詩織ちゃんは、あたしの顔を見ると……物凄く驚いた様に目を大きくさせた。そんな様子に、内心イラッとしてしまう。まるで、あたしにバレないとでも思っていたの……?


「貴女、隣のクラスの如月さんでしょ! 話は聞いてるわ。転校初日から、佐々木さんを誑かして独り占めしてたんですってね!」

「……え?」


 詩織ちゃんの隣にいた友達が、あたしに向かってそう叫んだ。……だが、正直何を言っているのか全く理解出来ない。

 誑かす? 誰が?


「毎日如月さんと遊んでいたら、佐々木さんも嫌になるに決まっているわ! 謝りなさいよっ!」


 意味が分からない……。


 あたしは、詩織ちゃんの友達と思われる3人組から突然囲まれて、『謝れ』『謝れ』と連呼され続けた。


 詩織ちゃんは、そんな様子に何をする訳でも無く、ただ下を向いて俯いている。


「……何、それ……」


 つまり、詩織ちゃんは『迷惑だった』って事?

 遊ぶのが楽しいと思っていたのはあたしだけで、詩織ちゃんはずっとあたしの事が嫌いだったって事……?


「──っ、詩織ちゃんなんて、大っ嫌い!!」


 ……色々言いたかった事があったが、最初に出た言葉はこれだった。


 あたしは思いっきりそれを叫ぶと、自分の家に向かって勢いよく走り出す。後ろから『菜々ちゃん!』なんて声が聞こえた様な気もしたが、あたしは止まらなかった。


 ……家に着いて玄関のドアを思いっきり開けると、あたしはすぐさま泣き崩れた。ただただ悲しかったんだ。まるで、裏切られた様な気持ちになった。


 それからあたしは、なかなか立ち直れなくて約3週間学校を休んだ──。


 そして、休み明けに学校へ行くと、詩織ちゃんは何故かそこにいなかった。後で先生から聞いた話によると、両親の都合でまた転校してしまったらしい……。




♢




 懐かしいな、あの頃が……。

 あたしは『ふふ』っと笑う。


 本当に、意味が分からなかった。

 今となれば笑い話だが……、あの時は、本当に悲しかった。やっと、大切な友達が出来たと思っていたのに……。


 まあ、今更そんな事を思い出しても仕方が無いだろう。とにかくあたしは……、友達が欲しいんだ。


 いつまでも友達がゆかり先輩だけじゃ……、ゆかり先輩を失った時に、あたしはまた独りぼっちになってしまう。


 それだけは絶対に嫌だ。


 だから、友達を作らなくちゃ……。

 でも、どうやって作ればいいのだろう。


 詩織ちゃんの時も、ゆかり先輩の時も、相手から話しかけてくれたのだ。そして、いつの間にか友達という関係になっていた。


 だから、あたしは友達の作り方を知らなかった……。そもそも、話題が無いのだ。話しかける話題が。


 あたしは頭を抱えながら、『うーん』と暫く唸っていると……、突然、ポンッと1つの考えが頭の中に浮かんで来た。


 ──そうだ、生配信の事を伝えれば……!


 ゆかり先輩も、学校の皆に生配信の事を伝えていた。だから、あたしもそうすればきっと、友達が増える筈……っ!!


 あたしは早速立ち上がり、近くのクラスメイトの肩に触れて『ねえねえ』と話しかけてみた。


「あのね、あたしチャーチューブで毎日生配信やってるの! オリジナルソングを歌ってるんだけど……」

「え? 生配信?」

「そうなのっ! 良かったら聴きに来てよ、絶対楽しいからっ!」


 あたしは、笑顔でそう伝える。

 すると、目の前のクラスメイトは暫く黙り込んでから、突然『あははは』と笑い出した。


「マジ? 何それ、めっちゃウケるんだけど。如月さん、歌なんて投稿してたんだ。やっぱり下手なの?」

「ウチらが見に行く訳ないじゃん。如月さんになんて興味無いのに」


 『あはははは……』


 目の前のクラスメイトの笑い声が、あたしの心を強く傷つける。


 どうして?

 何であたしじゃ駄目なんだろう。

 あたしの何がいけないんだろう……。


 あたしは、今にも零れ落ちて来そうな涙を必死に堪えながら言った。


「興味無いのに誘っちゃってごめんね……」


 そして、勢い良く教室を出る。


「いてっ! ……如月さん?」


 その時、ゴツンと誰かにぶつかった気がしたが……、あたしは振り返らずに走った。


 今は、とにかく泣きたかったのだ……。

 お昼休みが終わるまで。どこか静かに、1人で。

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