>>5 Confidence is important.




「何なんですか貴女! 私の事なんて何にも知らない癖にっ!! 関係ないでしょ!? 放っておいてくださいっ!! 」 


 そうして、千絵ちゃんの妹さんは怒鳴った後、私から離れるようにまた走り出そうとした。


 だから、私はその背中に向けて声をかける。


「分かるよっ! その気持ち! 」

「……え? 」


 私の言葉に反応する様に、妹さんはゆっくりと振り返った。


「分かるわけないじゃないですか……。貴女は私じゃないのに……」


 妹さんは、悲しそうな目をしながらそう言う。


 確かに、他人だから全ての気持ちは分からないかもしれない。でも……。


「……私、趣味で歌を歌ってるって言ったでしょ? でも、最初は歌なんて全然興味が無かったんだ」

「……? 」


 ──私の将来の夢は小説家になる事。

 最初の頃は、小説を書くこと以外どうでも良くて、授業中も家に帰っても、毎日ひたすら執筆ばかりしていた。自分で物語を考えて、その世界を形として残す事が好きだったんだ。


 ……だけど。


「ある時、急に小説が書けなくなっちゃって。沢山の挫折をして……、もう、このまま辞めちゃおうかなって思った時があったの」

「……」

「でも、そんな時ね。菜々ちゃんっていう女の子と出会ったの。その子は歌手を目指してた。その子の歌はキラキラと輝いていて……、歌が好きって本気で伝わってきたの。……私とは全然違った。私はいつの間にか、小説を書く事を楽しいって思えなくなっていたの。書かなくちゃ、書かなくちゃ……って、そればっかりで。だから小説が書けなくなってしまったのかなって……」

「使命感……」


 妹さんは、黙って下の方を見ている。

 私の言葉を聞いて、何か考え事をしてくれている様だ。


「でもね、それに気がついてからは、また小説を書けるようになったんだよ。楽しいって思いながら書かなくちゃ、何にも出来ないの。貴女もそうなんじゃない? 完璧にやらなくちゃって……、切羽詰まってるんじゃないかな? もっと自分に自信を持って、楽にしていいと思うよ。何事も、楽しいって思いながらやらなくちゃ。貴女も演奏が好きでしょ? 」

「それは、勿論好きですけど……、」


 妹さんは、そのまま何かを喋ろうとしていたが、何を思ったのか急に口を閉じた。しかし、続きを喋りたがっている様だったので、しばらくの間待ってみたが……、口を開く様子は無い。


 ……このまま話をしていても、きっと駄目だろう。

 菜々ちゃんも待たせているし……。

 

 私は痺れを切らして、ゆっくりと口を開けた。


「今日も、いつもの時間に生配信をするの。良かったら聴きに来て欲しいな」


 私の気持ちを伝える為には、やっぱり歌の力を借りるしかない。私と菜々ちゃんの歌を聴けば、妹さんは絶対に良い演奏が出来る様になる筈──そう思った。


 というか……、絶対にそうしなくちゃいけないんだ。妹さんだけじゃなくて、聴いてくれている人皆を励ましてあげられる様な……、そんな歌を歌い続けなければいけないのだから。


 それが、今の私に出来る事……。



 すると、長い沈黙の末、妹さんはやっと口を開いた。


「──……どうして、貴女は歌う様になったんですか? 前までは興味が無かったんですよね? 」


 その質問を聞いて、私は思わずクスッと笑ってしまう。


 どうして歌う様になった、か……。


 私は、妹さんに背を向けてこう返す。


「聴けば分かるよ」


 そして、私はゆっくりと前へ歩き出した。


 千絵ちゃんの妹さんは、きっと聴きに来てくれる──。そう信じて。




♢




「ゆかり先輩っ! 遅かったですね、何してたんですか? 」


 待ち合わせ場所であるいつもの公園に辿り着くと、ムッとした顔を浮かべながら菜々ちゃんはそこにいた。


「ごめんごめん……、ちょっと話してて、遅くなっちゃった」


 メールで伝えていたとはいえ、かなり時間に遅れてしまったのだ。菜々ちゃんが怒るのは当然の事だろう……。私は急いで菜々ちゃんのそばへと駆け寄る。


「……話す? 誰とですか? 」

「ん? 今何か言った? 」


 菜々ちゃんが、何かを言ったような気がしたが、全く聞き取る事が出来なかった。一体何て言ったのだろう……。しかし、『何でもないです』と菜々ちゃんは笑いながら首を横に振ったので、気にしないことにする。


「あのさ、菜々ちゃん。お願いがあるんだけど……今日の生配信、歌う前の言葉は私に任せてくれないかな? 」

「え? あっ、勿論大丈夫ですよ! 珍しいですね、ゆかり先輩が喋ろうとするなんて」


 確かに……。

 以前までの私なら、全く考えもしなかっただろう。絶対に緊張するし、そういう事はなるべく避けたいタイプだったから。


 だけど……。

 私じゃなきゃ意味が無いんだ。

 千絵ちゃんの妹さんが、演奏する事の楽しさを思い出す為には……、私が勇気を振り絞らなくちゃ。


 私は固く胸に誓い、スウッと大きく深呼吸する。


 そして、菜々ちゃんの家にある防音室へと向かった。




♢




「配信の準備は出来ましたよっ! ゆかり先輩は、声出し大丈夫ですか? 」


 防音室に着いてから15分ぐらい経つと、菜々ちゃんは私に声をかけた。


「あー、あー……うん、OKだよ」


 いつもなら、1時間ぐらい声出しやランニング等を行ってから生配信をするのだが、流石に今日は時間が無かったので、15分ぐらいしか声出しは出来なかった。


 だけど、妹さんを追いかける為に学校の階段を走ったりもしたので、意外と声の調子は良かった。これなら安心して歌う事が出来そうだ。


「じゃあ、早速撮りましょうか。準備は良いですか? 」


 私は、もう一度深く息を吸って吐くと、菜々ちゃんの言葉に対して笑顔で頷いた。


 それを見て、菜々ちゃんは軽く頷くと、いつもの様にタイマーをセットする。


 その瞬間、心臓の音がドキドキと早くなるのを感じた。


 ──千絵ちゃんの妹さんに届く様に。


 私は拳を強く握りしめる。

 そして、撮影が開始すると共に、精一杯の笑顔を作って言った。


「今日は、いつもの様に歌う前に、ある方に向けて話をしたいことがあります」


 私は横目で、チラッと視聴回数を見てみた。

 『8人』か……。


 この中に、千絵ちゃんの妹さんはいるだろうか?

 ……いや、いるいないじゃないよね。たとえいなかったとしても、本気でやらなくちゃ。


 私は軽く息を吸って、話を続ける。


「貴女は今……自分に自信が無くて、焦っているかもしれない。沢山躓いて、苦しんでいるかもしれない。それでも……『好き』という気持ちだけは忘れないでいてほしいの。『楽しい』って思いながらやれば、何事も乗り越えられない壁は無いから」


 この言葉は、かつての私へも向けている。

 あの頃の気持ちを思い出しさえすれば、どんな辛い事だって乗り越えていけるんだから……。


「この曲は……、貴女と、貴女と同じ様に苦しんでいる人、全員に向けて歌います。聴いてください」


 そして、私は菜々ちゃんに合図を送る。


 菜々ちゃんはそれを見て頷き、演奏を始めた。







 才能なんて全然無いと

 未来を諦めそうになっても

 好きならば、大好きならば

 続けて欲しい 夢を諦めないで

 もしそれで叶わなかったとしても

 続けた事に意味があると思うんだ

 だから歌うの

 想いを乗せて


 Don't give up

 何も無い1人の少女が

 1つの『好きだ』って事に

 出会って初めて

 夢を叶えたいって思ったんだ

 だから 私は……

 諦めないの 絶対

 何度躓いても 何度めげそうになっても

 大好きだから……今を楽しもう




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