>>4 a girl in the brass band club




「ウチの妹……吹奏楽部なんだけど、もうすぐコンクールがあるんだよね。それで、最近切羽詰まってるっていうか……。だから、生配信で応援してあげてほしいんだよ。ゆかりとその友達の歌を聴けば、妹もめっちゃ励みになると思うんだよね」


 吹奏楽部のコンクール──。


 たまに朝早く学校へ来たりすると、朝練をしているのか、教室まで綺麗な音色が聴こえることがある。


 それは、もうすぐコンクールだからだったのか。


 千絵ちゃんは、一呼吸置いてから話を続けた。


「まあ、放課後吹奏楽部に寄ってあげてよ。少しだけでも良いからさ。ウチは野暮用があって着いていけないけど……、まあ一目で分かるよ。『千絵の妹だー』って」




♢




 放課後。


 私はメールで、待ち合わせに遅れるという事を菜々ちゃんに伝えてから、音楽室へ向かう為に教室のドアを開けた。


 ……緊張するなあ。


 放課後はいつも、真っ直ぐ昇降口へ向かう私。


 何と言うか、音楽室なんて音楽の授業でしか行った事が無かった為、新鮮な気持ちだった。



 廊下を歩いていると、運動部の声が外から聞こえてくる──。それは、私が体験した事が無い放課後の雰囲気だった。


 そんな雰囲気に憧れて……、ちょっとだけ、部活に入っていれば──と思ってしまった。そうしたら、未体験の青春が味わえたかもしれないのに。


 でもまあ、私はもう高校3年生だし、もし部活に入っていたとしたら菜々ちゃんとも出会えていなかっただろう。私の人生は全く別の物になっていた筈だ。だから、これで良かったんだ──と私はゆっくり階段を上った。高くなるにつれて、オレンジ色に照らされていくオシャレな階段を。



 すると遠くから、小さい音だけれど合奏のメロディが聴こえてきた。それは、私が前に進むにつれて、だんだんと大きくなっていく。


 ……何の曲だろう?


 初めて聴くけれど、弾んでいて明るくて、何だか楽しい気持ちになれる──そんな曲だった。



 思わず立ち止まってそれに聴き惚れていると、何があったのか、急に演奏が止まった。


 そして、突然怒鳴り声が聞こえてくる。



「何度言ったら分かるのっ! あなたは1人で突っ走り過ぎなのよ! この曲はあなた1人で演奏してる訳じゃないの! いい加減にしなさいっ! 」


 そんな声に、私は驚いてビクッとなった。


「分かってるの!? もうすぐコンクールが近いのよ!? 少し頭を冷やしてきなさいっ! 」


 すると、その後ドタバタと音がし出して、音楽室のドアがガラッと開いた。


 そして、泣きながら女の子が飛び出してくる。

 

 声をかけようと思ったが、女の子は勢いよく私の横を通り過ぎて行って階段を降りて行った。



 ──追いかけなくちゃっ!


 私は思いのままに階段を駆け下りて、女の子の背中を追いかける。



 歌と楽器は違うけれど……、コンクールを前にして焦る気持ちはよく分かる。私も去年、ボーカルコンテストに向けて菜々ちゃんと一緒に沢山練習をしてきたからだ。──オーディション当日、私は沢山の凄い人達を見て、怖くなった。『私なんてどうせ駄目だ』と、場の空気にやられてしまったのだ。


 だから、あの子の気持ちには少しでも寄り添ってあげられる筈──そう思った。千絵ちゃんの妹さんの為にここまで来たけれど、あの女の子の事は放っておけない。一先ず、この子の話を聞いてあげなくちゃ……っ。



「待ってっ! 」


 はあはあと息を切らしながらも、やっと女の子に追いついたので、私は女の子の腕を掴んで引き止めた。


「何……ですか。ていうか、誰ですか貴女……っ」


 女の子は手で涙を拭ってから、私を物凄い勢いで睨みつけてきた。その目付きといったら……、とにかく鋭くて、ちょっと怖い。


 ……でも、当然か。


 初対面なのに、突然後ろから追いかけられたりしたら、睨みつけたくもなるだろう。


 私は『確かに……』と軽く頷いてから、優しく女の子に話しかける。


「私、日向ゆかりっていうの。階段を歩いていたら音楽室から素敵な曲が聴こえて来たから、思わず聴き入ってたんだ。そうしたら貴女が突然飛び出してきて。どうしたのかなと思って、気になって」


 正直に話そうかとも思ったが、話がややこしくなりそうだったので止めた。まあ千絵ちゃんの妹の話の部分を除けば、ほとんど事実なので問題無いだろう。


「余計なお世話です。ほっといてくださいますか? 馬鹿にされてる気がして正直迷惑です」

「…………」


 何だか、私の妹であるあかりとそっくりだなあ……なんて思ってみたり。


 よく見たら、この女の子のリボンの色は赤色だった。これは、1年生という意味である。実は、私の妹も今年で1年生になったのだ。この女の子はそれと同い歳なのかと思うと、何だか微笑ましくなってきてしまう。


 ちなみに、2年生は白色、3年生は黒色だ。

 何でこんな色にしたのかは知らない。


「実は私、趣味で歌を歌っているの。それで友達と一緒に生配信やってるんだけど……、良かったら聴いてみない? 」


 目の前で泣いている子を前にして『そうか、分かったよ』と去る訳にもいかないので、私はめげずに話しかけてみる。


 すると、女の子は『は? 何で? 』と言った後、しばらくしてから急に顔色を変えてニタアと笑いだした。


「あー、貴女があの噂の」

「噂? 」


 いつの間にか、私は有名人にでもなっていたのだろうか。


 キョトンとしていると、女の子は口調を苛つかせながら話を続けた。


「姉が最近、毎日家で煩いんですよ。『クラスメイトの友達が歌を歌ってて、生配信を見なくっちゃー』的な感じで。こっちはクラリネットの練習やってるってのに、はっきり言ってマジ迷惑って感じ」

「──あれ? 」


 もしかしてっ!

 私は、身を乗り出して話しかける。


「もしかして、貴女のお姉さんって千絵ちゃん?? 佐々木(ささき)千絵ちゃん?? 」

「そう……ですけど、何か? 」


 あー、この子が千絵ちゃんの妹さんかー!


 私は妹さんの腕をとって、ブンブンと振り回す。


「ちょっと……、止めてください! 」


 千絵ちゃんは『一目見れば妹だって分かる』的な事を言っていた気がするけれど……、全然分からなかったなあ。


 でも確かに、言われてみれば。

 少しだけ目元が似ているような……?


「っ、何なんですか!! 」

「ぬあっ!! 」


 突然大きな声が耳元に響いてきて、私は我に返る。あまりにも嬉しくて、思わず舞い上がり過ぎてしまった……。


 私は『ごめんごめん』と腕を離し、落ち着く為にスウッと軽く息を吸った。


 それにしても……、目の前にいたのが千絵ちゃんの妹さんなら話は早い。


 私はゆっくりと話を始める。


「千絵ちゃんがね、貴女の事を心配してたんだよ。もうすぐ開かれるコンクールに向けて、貴女が切羽詰まってるって……。さっきも誰かに怒鳴られてたみたいだけど──」

「──うっさいなっ!! 」


 妹さんの大きな声が、校舎の中を響き渡る。

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