>>3 Forcible friends




「ゆかりちゃんと2人きりでお話がしたいんだ。ちょっとだけ、お部屋の外に出ていてくれるかい? 」


 菜々ちゃんのおばあちゃんは、確かに菜々ちゃんに向けてそう言った。それを聞いた菜々ちゃんは一瞬驚いた様子を見せたが、実は私もかなり驚いていた。


 菜々ちゃんのおばあちゃんが、一体私に何の話があるというのだろう……? 見当もつかない。


「分かった……。じゃあゆかり先輩、あたしはそこの自販機でジュース飲んでますね」


 菜々ちゃんは浮かない表情でそう言うと、部屋のドアを開けた。部屋の外に行こうとする菜々ちゃんに対し、『行かないで』と内心思ったりもするが……、この状況でそれは無理だろう。


「えっと……、話って何ですか? 」


 ドアが閉まるのを確認してから、私は菜々ちゃんのおばあちゃんに恐る恐る話しかける。


 正直、菜々ちゃんのおばあちゃんとは全く会話をした事が無かったので、少しだけ不安だった。私と2人きりで話したい事……なんて、説教以外に考えられない。

 

 ……しかし、菜々ちゃんのおばあちゃんをチラッと見てみると、少しだけ顔を曇らせている様に見えた。そんな様子に、『もしかして菜々ちゃんの事で何か心配事でもあるのかな? 』なんて気持ちが出てくる。


「……どうしたんですか? 」


 沈黙の時間に耐えられなかった事もあって、私はもう1回声を掛けてみた。


 すると、菜々ちゃんのおばあちゃんは、ようやくゆっくりと口を開き始めた。


「……菜々ちゃんは、最近どうかな? 元気にしているかい? 」

「はい、勿論です。元気過ぎるぐらいですよ」

「そうなのかい……」


 菜々ちゃんのおばあちゃんは、それを聞くと『はあ……』と深く溜息を零した。


 そんな様子に疑問が湧く。

 元気なのは良い事の筈だ。それなのに、どうして溜息をつくのだろう?


「……ゆかりちゃんは、菜々ちゃんの事を『嫌だ』って思った事は無いかい? 『鬱陶しい』とか、『強引だ』とか……」

「うーん……」


 ……正直に言うと、強引だなと思った事はある。歌手を目指そうと誘われた時も、オーディションを受けようと誘われた時も、断っても全く引いてくれなかった。そして、チャーチューブの件も……。これから毎日生配信だなんて、聞いた時には目が飛び出るかと思った。


 だが、断れずに誘いを受ける事になりながらも、何やかんやで私はその状況を楽しんでいたし成長にも大きく繋がっていた。


 だから、その強引な部分を嫌だと思った事は無い……。むしろ、菜々ちゃんには感謝しているのだ。強引にでも誘われなければ、私は変わる事が出来なかったのだから。


 私は嘘をつかずに、ありのままを菜々ちゃんのおばあちゃんに伝えた。


「そうなのかい……」


 しかし、菜々ちゃんのおばあちゃんは、それを聞いてもまだ表情を曇らせていた。


 私は心配になって、菜々ちゃんのおばあちゃんに問いかけてみる。


「あの……、菜々ちゃんの事で、何か心配事でもあるんですか? 」


 菜々ちゃんのおばあちゃんはそれを聞くと、しばらく黙り込んでから、『実はね……』と口を開き始めた。


「菜々ちゃんは、ゆかりちゃんも言っていたけれど……、少し強引な所があるんだよ。まだ菜々ちゃんが幼かった頃、菜々ちゃんには大切な友達がいてね……。だけど、その強引な性格のせいで友達に嫌われてしまったんだ。それからかな……、菜々ちゃんが『友達』という物に拘りを持つ様になったのは」


 菜々ちゃんのおばあちゃんは話を続ける。


「そして去年……、菜々ちゃんがゆかりちゃんに出会った頃だね。何とかって歌手のライブに当選して、菜々ちゃんは凄くウキウキしながら学校に行ったんだよ。そして家に帰って来た時、『ゆかり先輩とライブに行ける事になった』って喜んでいたんだけど……、何処か浮かない顔をしていてね。何かあったのかって聞いてみたんだけど、心配かけたくないのか『何でもない』って返されちゃって……。おばあちゃんは、菜々ちゃんが学校で何かあったんじゃないかと思っているんだけど……」



 ──あの頃の思い出が蘇る。

 

 あの日……、私は菜々ちゃんにBlue&Moonのライブに誘われた。あの時は何にも思わなかったけれど……、確かに、今思えばあの時の菜々ちゃんは何処か元気が無かった様な気がする。


 それに……、私が菜々ちゃんの誘いを受けた時、菜々ちゃんはオーバーな程に喜んでいた様な……。


 菜々ちゃんのおばあちゃんが言う様に、学校で何かあったのだろうか……。


「おばあちゃんは今……、入院しているでしょう? だから、菜々ちゃんの事が余計に心配でね……。何も無いなら良いんだよ。最近の菜々ちゃんは凄く嬉しそうに見えるんだ。それは、ゆかりちゃんっていう、大切な友達が出来たからだと思うんだよ……。だから、もし菜々ちゃんの事でゆかりちゃんが嫌だなって思った事が少しでもあったら、ちゃんと菜々ちゃんを叱ってあげてほしい。やっと出来た友達を、これ以上失って欲しくないんだ。菜々ちゃんは優しい子だから……」


 菜々ちゃんのおばあちゃんはそう言うと、ニコッと笑った。……しかし、その笑みは無理をしている様にも見えた。


 菜々ちゃんは、私にとっても大切な友達だ。多少強引な所はあるけれど、そんな所も含めて私は好きだし、菜々ちゃんを嫌いになるなんて事は絶対に無い……。


 でも、だからこそ、嫌だと少しでも感じた時は口に出すべきなのだろう。私が気にしないと思っていても、周りにとっては迷惑かもしれないから……。


「私も、菜々ちゃんは凄く優しい人だと思います……。だから分かりました。私にとっても菜々ちゃんは凄く大切な友達なので……、少しでも『これは駄目だ』って感じた時はちゃんと言う様にします」


 菜々ちゃんが、これ以上友達を失って辛い思いをしない様に……。これからは、精一杯菜々ちゃんに目を向けていこうと思った。




♢




 ……とは言え。


「はあ……」


 私は深く溜息を零す。



 あの日、私は菜々ちゃんのおばあちゃんと例の話をした後、菜々ちゃんと一緒に病院を出て、それぞれ家に帰った。



 ……あれから3日。

 どうすれば菜々ちゃんの支えになれるのかと、ずっと考えてきたが……、何にも思い浮かばなかった。

 

 学校での菜々ちゃんの様子を見る事が出来れば、それが一番良いのだろうが……。何せ、私と菜々ちゃんは学校が違う。菜々ちゃんは、隣町にある海明(みあけ)高校に在学しているのだ。


 つまり、会える時間は放課後と休日しかないし、当然学校でどんな様子なのかと探る事も出来ない。


 『どうしたものか……』と頭を抱えていると、同じクラスの友達である千絵(ちえ)ちゃんが話しかけてきた。


「どーしたの? 何か最近、ずっと浮かない顔してんじゃん、ゆかり」

「んー、そうなんだよね……」


 休み時間は、いつも小説を書いていたのだが……、最近はそんな気分にもなれず。


 高校3年生になってクラスが変わり、私には友達が沢山出来た。……以前の私なら、友達なんて到底出来ずに今もひとりぼっちだった事だろう。


 新しく友達が出来た事を嬉しく思うと同時に……、菜々ちゃんの事が凄く気になった。菜々ちゃんは、新しいクラスで上手くやれているのだろうか……。


「まー、何考えてんのか知らないけどさ。あんまり考えすぎないようにねっ。いつでも相談乗るしさっ」

「ありがとう……、千絵ちゃん」


 千絵ちゃんの優しさに、思わず涙が出てしまいそうだ……。


 だけど、言われてみれば確かに……、考えていても仕方がないよね。


 菜々ちゃんが悩んでいる様だったら声をかけてあげればいいし、菜々ちゃんが間違った事をしていればそれを正してあげればいい。


 それだけの事なんだよね。

 私に出来ることをすればいいだけなんだから。


「よしっ! 元気が出てきたよっ」

「そりゃー良かったっ! 」


 千絵ちゃんの笑顔に、私もつられて笑う。


 友達って良いなあ……。

 ふと、そんな気持ちになった。


「あ、そういえばゆかり! 昨日の生配信見たよ! すっごい良いじゃんっ! 何かあの歌聴いてると元気をもらえるっつーかー、そんな感じっ! 」

「あはは、それは良かった。そう言って貰えると嬉しいよ」


 生配信は誰かに見て貰えなければ意味が無い。その為、私はクラスの皆にその事を宣伝していた。


 それでも、昨日の最高視聴率は13だったが……、最初の頃は1とかだったので、それに比べればかなりマシだ。見てくれる人がいるだけでも凄く嬉しいのに、こんな風に喜んで貰えると生配信をして良かったなと思える。


「……でさー、ゆかり。ちょっと、ウチの妹の事で相談があるんだけど……、良いかな? 」

「ん? どうしたの? 」


 急に千絵ちゃんが真剣な顔をしたので、私は何事かと耳を傾けた。


「ウチの妹……吹奏楽部なんだけど、もうすぐコンクールがあるんだよね。それで、最近切羽詰ってるっていうか……。だから、生配信で応援してあげてほしいんだよ。ゆかりとその友達の歌を聴けば、妹もめっちゃ励みになると思うんだよね」

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