>>2 a feeling of uneasiness




♢



 ──あたしの家の中にある、防音室にて。



「ゆかり先輩ーっ! 心の準備は出来ましたかーっ? 」


 撮影の準備が出来たので、あたしはゆかり先輩に聞こえる様に少しだけ大きな声で話しかける。


「う、うんー! 大丈夫だよーっ、多分……」


 ゆかり先輩の表情は、傍から見ても明らかに緊張していた……。まあでも、それがゆかり先輩らしいし、何やかんやでいつも完璧に熟してしまうのだ。ゆかり先輩は。


「それじゃあ撮りますねーっ! 」


 あたしはタイマーを30秒にセットして、動画の撮影ボタンを押す。そして、急いでゆかり先輩の隣に置いてある椅子に腰掛けた。



「……き、緊張するよ……」

「大丈夫ですよ。これはリハーサルですし……、それに、失敗を恐れないでください。人間誰しも失敗はするんですから」

「う、うん……。そうだよねっ! 」


 あたしの言葉を聞いて、ゆかり先輩の顔付きが急に変わる。何と言うか……キリッとなった。


 そんな様子に『ふふ』っと笑ってしまう。

 流石ゆかり先輩。あたしには無い物を沢山持っている。



 残り3秒と言う様に、タイマーがカチカチと音を鳴らし始めた。


 あたしはアコギを抱えて、ゆかり先輩に合図を送る。ゆかり先輩は真剣な眼差しをしながら頷いた。


 ──そして、撮影が始まる。


「〜♪ 」


 あたしの演奏をバックに、ゆかり先輩と息を合わせて歌う。


 去年のオーディションを終えてから、あたし達はまた一段と成長した様に感じた。ゆかり先輩も……、確実に上手くなっている。さっきまで緊張していたのは嘘だったのかと思ってしまう程、ゆかり先輩の歌には落ち着きがあった。


 誘ったのはあたしからだったが……、ゆかり先輩は小説も書いているので、まさかこんな短期間でここまで上手くなるとは思ってもいなかった。


 やっぱりゆかり先輩は器用なのだろう。やれば何でも出来てしまうのだ。それなのに自信が無い様で……。少しだけ、そんな所に嫉妬してしまう。あたしには、本当に歌しかないから……。でも、だからこそ、歌に全てを込めなくちゃ。


 早く立派な歌手になって、おばーちゃんを安心させてあげる為に……。


 サビに入ると、あたしはより一層力を込めて歌った。この歌が、全ての人に届く様に……。精一杯歌った。




 ──そして、約1分30秒の歌が終わった。


 あたしは一息ついてから、カメラに向かって言う。


「あたし達……、歌手を目指していますっ! 曲は全てオリジナルです。皆さんを笑顔に出来る様にこれから色んな歌を歌っていきますので、応援よろしくお願い致します! 」

「よろしくお願い致しますっ! 」


 あたしとゆかり先輩は、それぞれの思いを込めながら頭を下げる。そして、あたしは動画の撮影を止めた。



「──良い感じですねっ! 本当はまだリハーサルをするつもりでしたけど……、この調子なら、もう本番を撮っても良いかもっ! 」


 さっき撮影した動画を確認しながら、あたしは『うんうん』と頷いた。まさか、1回目でここまで上手くいくとは。さすがゆかり先輩。あたしの期待を裏切らない。


「ええっ!? 」


 しかし、ゆかり先輩はあたしの言葉が意外だった様で、かなり目を大きくする。


「流石にまだ早くない!? もっと練習してからの方が……」

「大丈夫ですよっ! 今の調子でいけば良いだけですからっ! 早速本番撮りましょう! 」

「そ、そんな急に言われても……」


 ゆかり先輩は相変わらずあたふたしているが、絶対に大丈夫だ。何やかんやでいつも完璧に熟してしまうのだから──。




♢




 ──ほらね。


「き、緊張した……。本当にこれで良いのかなあ……。私、グダグダだった様な気が……」

「大丈夫ですよ! もっと自信持ちましょっ、ゆかり先輩っ! 」


 予想通り、本番も良い感じに撮影することが出来た。何なら、リハーサルの時よりも最高の出来だ。……この動画を見れば、間違いなくおばーちゃんも安心してくれるだろう。


「後は、この動画をチャーチューブに投稿するだけですね。タイトルは何にしましょうか? 」

「菜々ちゃんに任せるよ……。私は緊張し過ぎて心が疲れた……」


 ゆかり先輩はぐったりと床に寝転がっている。まあ、あれだけ集中して頑張ったのだから当然だろう。


 あたしは『ふふっ』といつも通り笑って、思い浮かんだタイトルをそのまま入力した。


 その名も、『Sing with friends〜オリジナル曲〜初投稿っ! 』である。


 あたしにしては、なかなか良いタイトルが出来たのではないだろうか。一言の欄には、『大好きな友達と一緒に歌いました! 聞いてねっ! 』と書いてみる。


「よしっ」


 全ての入力を終えると、あたしは思いっきり投稿ボタンを押した。



 かなり良い動画が撮れたと思う。

 あたしは、絶対にこの動画が多くの人から評価されると確信していた。

 そして、一刻も早くこの動画をおばーちゃんに見せて安心させてあげたかった──。


 1度そう思ったら、居ても立っても居られなくなって、あたしは床でぐったりとしているゆかり先輩の右腕を掴む。


「菜々ちゃん? 」

「ゆかり先輩! 今から一緒に病院に行きましょう! この動画を見せれば、おばーちゃんも絶対喜ぶ筈ですからっ!! 」


 しかし、ゆかり先輩はまた驚いた様に目を大きくさせた。


「ええっ!? それって今からじゃないと駄目かな……? もう外は暗くなってきてるし、明日でも良いんじゃない……? 」


 ゆかり先輩にそう言われて窓の外を覗くと、確かにオレンジ色の空は暗くなりかけていた。確かに遅い時間ではあるけど……、今こうしている間もおばーちゃんは不安でたまらない筈だ。


 あたしはとにかく、おばーちゃんを早く安心させてあげたかったんだ。


「大丈夫ですよ! 行きましょっ! 」


 そして、あたしはゆかり先輩の腕を強く引っ張った。


 ゆかり先輩がその時、表情を曇らせていたとも知らずに──。




♢




「どうかなっ!? 」


 病院に着くと、あたしは早速投稿した動画をおばーちゃんに見せてあげた。


 おばーちゃんは動画を見終えると、とても喜んでくれた様で、


「凄いねえ。菜々ちゃんもゆかりちゃんも、こんな素敵な歌を歌っているんだねえ。聴かせてくれてありがとう。凄く嬉しいよ」


 ニコニコと微笑んでくれた。


 そんなおばーちゃんの様子に、あたしは嬉しくなる。


「これから毎日生配信するから、おばーちゃん絶対に聴きに来てねっ! あたし達の歌で絶対におばーちゃんを元気にさせてあげるからっ! あ、操作方法はちゃんと後で教えるから心配しなくても──」

「えっ!? 毎日!? 」


 しかし、あたしの言葉の途中で、ゆかり先輩は驚いた様に声を上げた。


「毎日は流石に……、せめて1週間に1回とかにしない? 私もそうだけど、菜々ちゃんのおばあちゃんもきっと疲れちゃうんじゃないかな……? 」

「どうしてですか? 毎日見れた方が、嬉しいに決まってるじゃないですかっ! 」


 ゆかり先輩の言葉の意味が分からない。

 そもそも歌の練習は毎日しているし、それに生配信が加わっただけで、そこまで疲れる事だろうか?


「おばーちゃんも、毎日見れた方が嬉しいよね? 」


 もしかして、実は迷惑なのだろうかとおばーちゃんに聞いてみる。おばーちゃんは、『そりゃあそうだけど……』と言葉を返してくれた。


 その言葉にあたしは内心ホッとする。


 ゆかり先輩は考えすぎなのだろう。ゆかり先輩に自信が無いのはあたしも良く知っているが、もっとポジティブになっても良いと思うのだ。それに、生配信もきっと楽しいだろうし。


 その時、あたしは『菜々ちゃん』とおばーちゃんに声をかけられた。


「ん? どうしたの? 」

「ゆかりちゃんと2人きりでお話がしたいんだ。ちょっとだけ、お部屋の外に出ていてくれるかい?」

「──え? 」


 おばーちゃんが、ゆかり先輩とお話?

 あたしを部屋の外に出すってことは、あたしには聞かれたくない話をするって事だよね……。


 何だろう……。

 気になりはするけど……。

 おばーちゃんが話したいって言ってるんだから、迷惑をかける訳にはいかないよね……。


「分かった……。じゃあゆかり先輩、あたしはそこの自販機でジュース飲んでますね」

「あ、うん……」


 ゆかり先輩は、不安そうな表情を浮かべていた。あたしはそんなゆかり先輩を横目で見ながら、病室のドアを開けた──。

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