Chapter3

>>1 with the new fiscal year




 4月。

 あたし──如月(きさらぎ)菜々(なな)は、遂に高校2年生になりましたっ!



 桜が舞っていて、とても綺麗な通学路を、少し大人になった気分でスキップしながら進む。


 始業式はついさっき終わった。なので、この後はいつも通り日向(ひなた)ゆかり先輩と歌の練習をしに行く──所なのだが、今日は少しだけ用事がある。だから、遅れる事をゆかり先輩に伝える為、あたしは一旦立ち止まってポケットから携帯を取りだした。


「『用事があるので1時間ほど遅れます』……っと。よしっ」


 私はそうメールを打ってゆかり先輩の携帯に送ると、携帯をポケットに仕舞ってから再びスキップをする。


 向かう先は、病院だ。

 高校2年生になった事もあり、今日はこの病院で入院しているおばーちゃんに、その事を伝えようと思っていたのだ。


 ──おばーちゃん、元気にしてるかなあ。


 久々におばーちゃんに会えるので、あたしは凄く楽しみにしていた。




♢




 病院に着くと、おばーちゃんが入院している部屋に早速向かって、あたしはコンコンとドアをノックする。


「おばーちゃん、入るよ〜っ」


 そしてあたしは、ドアを開けた。


「久しぶりだねえ、菜々ちゃん。元気にしてたかい? 」


 あたしの顔を見て、ニッコリと微笑むおばーちゃん。その笑顔がとても優しくて、温かくて、あたしは思わずおばーちゃんに抱きつく。


「おばーちゃん〜っ! 」

「おやまぁ……。本当に菜々ちゃんは変わらないんだから。急に抱きつかないの」


 おばーちゃんはそう言いながら、あたしの頭をゆっくりと撫でてくれた。


「えへへっ」


 おばーちゃんは、温かい。


 こうして頭を撫でられると、心が凄く落ち着くんだ……。心身が癒されるっていうのかな。


 小さい時に両親を亡くしたあたしにとって、おばーちゃんは本当におかーさんで。だから、おばーちゃんがこうして元気に笑っているのを見ると、本当に嬉しいし安心するんだ……。


「──あっ、そうだ」


 ふと、当初の目的を思い出して、あたしはおばーちゃんから身体を離す。


「おばーちゃん! あたしね、高校2年生になったんだよっ! 」

「高校2年生? もうそんな時期になったのかい。時が経つのは早いねぇ……」

「うんっ! 前より大人っぽくなったでしょ? 」


 あたしは軽くポーズを決めて、大人になったという事をおばーちゃんに伝える……。たった1年で、急にそこまで変わる訳無いかもしれないが、おばーちゃんを安心させたかったのだ。


 頼りないあたしを心配させない為に。


 しかし、それを見たおばーちゃんは『うんうん』と頷きながらも、何処か遠くを見つめていた……。何か考え事でもしているのだろうか?


「……おばーちゃん? 」


 あたしはおばーちゃんに話しかける。

 おばーちゃんはしばらく黙り込んでから、あたしの顔を見て言った。


「菜々ちゃんの成長を、この目で見られないのが悲しくてねぇ……。きっと、歌もこの間より上手くなったんでしょう? その様子を見る事が出来ないのが、悲しくてねぇ……」

「おばーちゃん……」


 ……確かにおばーちゃんの言う通りだ。

 こうして顔を見せに来る事は出来るけれど、毎日病院に来るのは流石に難しいし。


 それに……今思えば、ゆかり先輩と一緒に歌っている歌って、1回もおばーちゃんに聴かせてあげられた事ないな……。


 おばーちゃんは入院している。だから、病院の外に出るという事はまだ出来ない。部屋の中で思いっきり歌うのは、明らかに他の方に迷惑だし……。この病院には庭もあるけど、同じく迷惑をかけるだろう。


 何か良い方法があれば良いんだけど……。

 あたしは腕を組み、少しだけ『うーん……』と考えてみるが、悲しい事に何も浮かばない。


「まあ、気にしなくて大丈夫だよ。こうして菜々ちゃんの顔を見れるだけで、凄く嬉しいからね。2年生も頑張るんだよ」


 おばーちゃんはそう言って、また微笑んでくれたけど……あたしはやっぱり気にした。


 それに……おばーちゃんは笑っているけど、本心は気にしていると思う。じゃなかったら、『悲しい』なんて言わないし……。



 あたしはおばーちゃんとバイバイして、病院を出る。


 おばーちゃんに心配かけたくないし、安心させてあげたい。だから、何とかしておばーちゃんにあたしの成長を見せてあげたいんだけど……。


 何か良い方法は無いかな……?

 しかし何度考えても、何も思い浮かばない……。


「うーん……、あっ!! 」


 もしかしたら……、ゆかり先輩なら、何か良い案を出してくれるかもしれない!


 1人より2人……みたいなことわざも確かあったし! 私が何も浮かばなくても、ゆかり先輩なら何か浮かぶかもしれないもんね!


「よしっ! 」


 そうと決まれば善は急げだ。

 あたしはゆかり先輩と待ち合わせしているいつもの公園へ向かった。




♢




「──それで、何か良い案は無いかなって考えてたんですけど……、ゆかり先輩は何か浮かびますか? 」


 あたしは、ゆかり先輩に例の事を伝えて相談する。


 ゆかり先輩は『うーん……』としばらく黙り込んだ後、『あっ!! 』と手を打った。


「菜々ちゃんのおばあちゃんって、携帯は持ってる? 」

「携帯ですか? それなら持ってますけど……」


 まあ、おばーちゃんは使い方が分からないから、本当に持っているだけだけど……。


 でも、どうして突然?

 あたしが首を傾げていると、ゆかり先輩はニッコリと笑っていった。


「ライブ放送して、菜々ちゃんのおばあちゃんにそれを見てもらうってのはどうかな? 」


 ……ライブ放送?


「実は私、少し前から気になってたんだよね。チャーチューブで私達の歌を生配信して、多くの人に私達を知ってもらうの! 知名度が上がれば、もしかしたら有名プロデューサーに声をかけてもらえるかもしれないし……。一石二鳥だと思うんだよね」

「なるほど……」


 チャーチューブというのは、今では知らない者はいない、超有名動画共有サイトの事である。そのサイトでは、自らが撮影して他者に共有する事も可能なのだ。


 確かに、あたしもそのサイトが以前から気になってはいた。歌手デビューするには、その方法が1番良いのでは、と……。だけど、自分の歌はまだ他者に聴かせられるレベルでは無いと思っていたので、チャーチューブでは活動していなかった。


 しかし、あたしは去年ゆかり先輩と出会い、ゆかり先輩と一緒に新人ボーカルコンテストに出たり、色んな経験を積み重ねてきた……。


 そろそろ、あたし達の歌をネットに載せても良い頃なのかもしれない。おばーちゃんもその場で見る事が出来るし、確かにゆかり先輩の言う通り、一石二鳥だろう。


「ありがとうございます、ゆかり先輩! 早速その案、実行しましょうっ」


 ゆかり先輩に聞いて良かった。

 これできっと、おばーちゃんも喜んでくれるだろう。


「だけど、緊張するね……。もし、視聴者が全然集まらなかったらどうしよう。それに『下手くそだ』ってコメントが沢山来るかも……」

「ふふっ、大丈夫ですよ。あたし達は確実に以前よりも上手くなっています。そんなコメントが来ても、気にしなくて平気です」


 ゆかり先輩は、不安そうに暗い表情を浮かべている。その気持ちはとても分かるが、緊張していても仕方がない。実際、歌手になったら批判なんて沢山来るだろう。皆から好かれる人なんて存在しないのだから。


「とりあえず……テストも込めて、1回動画撮影してみましょう。歌を歌って、その後で自己紹介するんです。そして、『あたし達は歌手を目指しています。これからもこんな歌を沢山歌っていきますので、応援よろしくお願いします』みたいな。いきなり生配信じゃグダグダになるかもしれませんからね」

「そうだね。私もその方が有難いかな」


 ゆかり先輩は、ホッと息をつく。


 おばーちゃんに喜んでもらう為にも、一生懸命頑張らなくちゃね。


 あたし達は、早速撮影の準備を始めた。

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