>>4 to stay overnight (second part)




「新人ボーカルコンテストっ!? 」


 菜々ちゃんの突然の大きな声に私は驚いた。


「ゆかり先輩! これですよっ!! これに応募しましょうっ!! 」

「え?? 」


 当然だが、私の頭の中は今ハテナ状態だった。

 それってつまり……、『新人ボーカルコンテスト』に私を誘ってるということか?


「……無理無理無理無理っ!! 菜々ちゃんは良いだろうけど、私はまだ1回も歌の練習をした事がないんだよ!? それなのにいきなりそんな……」

「大丈夫ですよゆかり先輩。このコンテスト、日付は3ヶ月後みたいですから。3ヶ月もあればいけます!! 」


 『3ヶ月もあればいける』って……。

 菜々ちゃんは一体、私をなんだと思ってるんだろう。


 今まで全く歌の練習をした事がないこの私が、たった3ヶ月の練習をした所で……。『よくこんなレベルでオーディションに応募しようと思ったな! 』って審査員に言われる未来が見えるのなんの……。


「明日から一緒に、オーディションに向けて一生懸命頑張りましょうねっ! 」

「……うん」


 ……まあ、『一緒に歌う』って約束はしたから、この場ではとりあえず頷いたけど。不本意ではある。


 だって私は菜々ちゃんと一緒に歌いたかっただけで、歌手になるとまでは言っていない。それは菜々ちゃんも分かってくれていると思ってた。だからオーディションの話なんていきなり過ぎて……。


 これから先、私は一体どうなってしまうのだろう……。




♢




 菜々ちゃんが作ってくれたご飯はとても美味しくて、ボリュームもあったので本当に最高だった。


 せっかくご馳走してくれたので、『お詫びに』と言って私は今皿洗いをしている。というか、皿洗いぐらいしないと……。してもらってばかりでは、何となく落ち着かないのだ。



「ゆかり先輩、お風呂湧きましたよ。先に入りますか? 」


 皿洗いをしていると、菜々ちゃんがひょっこりと顔を覗かせた。

 

 お風呂か……。


「んー……。まだ食べたばかりだし、とりあえず大丈夫かな。菜々ちゃん先に入っていいよ」

「分かりました! じゃあ先に入ってますね。ゆかり先輩はゆっくりしていてくださいね」


 菜々ちゃんはそう言うと、スタスタとお風呂場の方へ向かって行った。


「ありがとう」


 菜々ちゃんはきっと、将来良いお嫁さんになるだろうな。気が遣えるし。菜々ちゃんのおばあちゃんも凄く助かっていただろうなと思う。ご飯も凄く美味しいし。実際、もし私が男だったらこんな人と結婚したいなとも思うし。……絶対ダメ人間になるだろうけど私。




 私は皿洗いを終えると、リビングに置かれているソファへ腰掛けた。


「ふう」


 何となく落ち着かない。

 これが自分の家ならば、ぐーたらできるのだが、友達の家なので……。


 何しよう。

 ……やっぱり執筆かな?


 菜々ちゃんは『ゆっくりしていてください』と言っていたが、執筆以外にやることが思い浮かばない。


 テレビを見ていてもいいけど……と、その方に目をやると、下の棚に置かれている物がふと目に入った。


 ……何だろう?


 私はそれが気になって、近づく。


 すると、そこにはいくつかのDVDが綺麗に並べられていた。知らない名前が多かったが、一つだけ知っている物があった。『Blue&Moon初LIVE』と書かれている。


 『Blue&Moon』……。

 2人組の歌手のことだ。


 以前菜々ちゃんに誘われて、ライブを見に行った事がある。その時、菜々ちゃんから『Blue&Moonは最近デビューしたばかりで、これが初ライブ』と聞いていたが……。ということは、これはその時のライブがDVD化した物なのだろうか?


 ……少しだけ、そのDVDを見てみたいと思った。

 前に生で見たことはあるが、その時の私と今の私は全然違う。勿論あの時も『凄い』とは思ったが、何と言うか……今見ると別の感情が湧くような気がしてならないのだ。


 

 菜々ちゃんはさっき『テレビを見ててもいいですし』と言っていたし……、せっかくだから見てみようかな?



 私はDVDをケースから取り出して、デッキの中に入れた。

 そして、それを再生する──……。


 

 ライブが始まった。

 観客の歓声が一斉に盛り上がり出す。


 『この中に私や菜々ちゃんもいるのかな? 』 と、ちょっと探してみたけれど……、この数だ。見つかる筈ないよね。

 

 そんなことをしている間に、Blue&Moonが舞台の上に出てきた。観客の歓声がより増す。




 あの時は……私はまだポカンとしていたけれど、今見るとこの歌手達はほんとに凄いと思う。沢山のファンに囲まれて、楽しそうに歌っているんだ。


 もし菜々ちゃんが歌手になったら、こんな風に舞台の上に立って歌ったりもするんだよね……。



 かっこいいな……。



 ……菜々ちゃんは『ゆかり先輩と一緒に歌手を目指したい』と言っていた。それはつまり、私も歌手を目指すとしたら、菜々ちゃんの隣で歌っていく……ということだ。こんな風に。



 ……本当に凄いなあ。

 この人達は。

 菜々ちゃんは歌手を目指してるんだ……。



 改めて、思う。

 歌手の凄さを。歌の力を。



 私は小説家を目指している。

 菜々ちゃんも前に言っていたが、確かに執筆すると同時に、歌手活動することは可能だ。……頑張れば。


 この人達を見ていると……、歌手っていう職業も不思議と楽しそうだなって思ってしまう。こんな風に舞台の上に立って、お客さんに幸せを届ける──……素敵な職業だなと思う。


 私も目指していいのかな……?


 ……いや、我儘だよね。小説家を目指して歌手も目指すなんて。菜々ちゃんと一緒に歌いたい。今はただそれだけなんだから。




「──ゆかり先輩、どうですか? Blue&Moonのライブは」


 菜々ちゃんの声がした。

 いつの間にかお風呂を出て、私の後ろに立っていた様だ。


「うん……。本当に凄いと思う。感動したよ」

「やっぱりそうですよね! あたしもこのライブが凄く好きで、毎日見ちゃうんですよ〜」


 菜々ちゃんは楽しそうに話していた。

 ……本当にBlue&Moonの大ファンなんだな。


「……菜々ちゃんは凄いね。歌手になったらこんな風に舞台の上に立って歌うんだ」

「その時はゆかり先輩も一緒ですよ」

「…………」


 ……どうしてそんなに私にこだわるのだろう。

 菜々ちゃんと一緒に歌う事は確かに凄く楽しい。でも私は……、歌手にはなれない。小説家も目指して歌手も目指すなんてどうにかしているし、それに菜々ちゃんの足も引っ張るだろうし。


 私は菜々ちゃんに言葉を返すことは出来なかった。とても、返す言葉が思いつかなくて。


「……あっ! そういえばゆかり先輩、お風呂入ってきて大丈夫ですよ。ゆっくり浸かってきてください」

「……あ、そうだね。ありがとう。じゃあお風呂入ってこようかな……」


 菜々ちゃんは笑っているが、何処か悲しそうに見えた。……それが気になりはしたが、私にはどうする事も出来ない。第一、『一緒に歌うだけなら』との約束だったし。




 私は立ち上がって、お風呂場へ向かった……。




♢




 お風呂は凄く気持ち良かった。

 今日のお泊まり会で、私は久々にゆっくり出来た様な、そんな気がした。


 時間が時間なので、私はもう寝るために、菜々ちゃんが用意してくれたお布団に入る。


 菜々ちゃんは電気を消そうと立ち上がったが、紐を掴もうとした手前で「あっ」と、動きを止めた。


「ゆかり先輩、明日から練習を始めますから、朝の4時には起きましょうねっ」

「えっ!? 4時起き!? 凄く早いね……」


 私は思わず驚く。

 何をするつもりなのだろうか。そんな朝早くから……。 


「まずはランニングですね。体力をつけて肺活量を鍛えるんです。大事な事ですよ」

「う……っ、なるほど」


 まあ確かに。

 菜々ちゃんの言う通りだ。


 肺活量を鍛えないと、声も出ないしな……。

 しんどいけど、頑張るか。


 私はしぶしぶ頷いた。


 それを見て、菜々ちゃんは『ふふ』っと微笑む。




「それじゃあ電気消しますね。おやすみなさい、ゆかり先輩」

「おやすみー」


 菜々ちゃんは、紐を引っ張って電気を消した。

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