>>3 to stay overnight




 お母さんとお父さんに、菜々ちゃんの家に泊まりに行っていいか確認をした所、『いいよー気をつけて行っておいで』との事だった。


 忘れ物は無いかな?

 私は必要な荷物をまとめて、待ち合わせであるいつもの公園へ向かう。


 ちょっとだけ、修学旅行の前日の様な気持ちだ。ドキドキというか、何というか。友達とお泊まりするのは久々なので、ワクワクしてしまう。


「菜々ちゃんお待たせっ! 」


 『よっこらしょ』と、私は大きな鞄をベンチに下ろした。


「ゆかり先輩……、こんなにいっぱい、何を持ってきたんですか? 」

「ん? えーっとね。服と携帯の充電器と洗面用具と、後……」


 ……お菓子とか、差し入れとか?

 母親が、『持ってけ』って言うから持ってきたけど……。でもまさかこんな大荷物になるとは、自分でも思わなかったや。


「……とりあえず行きましょうか。あたしの家はあっちなので。あっ、ゆかり先輩、鞄はあたしが持ちますよ」

「え、いいよ、大丈夫だよっ! 」


 私は止めようとしたが、菜々ちゃんは『気にしないでください〜』と言って私の鞄の紐を握った。


 そして、『うんしょ……』と言いながら菜々ちゃんは鞄を持ち上げる。しかし、その時の菜々ちゃんの表情といったら……、見ただけで分かる。重いんだなと。


「…………」


 菜々ちゃんは3秒ほど鞄を持ち続けてから、それをベンチに下ろした。


「……ふう。ゆかり先輩、よくこんな重い物持ってこれましたね……」

「そうかなあ。まあ重いには重いけど、そんな気にする程でもないよ〜」

「……ゆかり先輩って、力持ちなんですね……」


 菜々ちゃんは、ちょっと鞄を持っただけで『はあ……はあ……』と息切れを起こしていた。



 はっきり言うと、私は力持ちでは全く無い。

 腕相撲も凄く弱いし……。

 

 だから、菜々ちゃんの力が無さすぎるだけでは……と思ったが、敢えて黙っておく。


「あはは……。まあ行こっか」


 私は鞄を持って、菜々ちゃんに着いて行った。





♢





「ここですよ、ゆかり先輩」


 菜々ちゃんの家は、思っていたよりかなり近くにあった。公園から徒歩……、10分ぐらいだろうか?


 外見はなんて言うのかな。変な意味ではないんだけど、古くて小さい、如何にもおばあちゃんが住んでる家という感じだ。しかし何だろう、今日まで凄く大切に使われてきたんだなと思えるぐらい綺麗で、素敵な家だった。


「どうぞ」

「お邪魔します」


 玄関に入って靴を脱ぐ。

 その時、ふと何かが鼻腔をくすぐった。


 これは……おばあちゃんちの匂いだ!

 どんな匂いかと言われると上手く言えないけど……、この匂いを嗅いでいると落ち着くし、凄く安心する。私の好きな匂いだった。


 

「ゆかり先輩、こっちですよ」


 菜々ちゃんに言われ、着いていく。

 玄関から見て、すぐ右側の部屋にリビングはあった。


「凄く素敵な家だね」


 リビングの雰囲気もとても良い。

 私が今住んでる家も良いけれど……、こういった家の方が落ち着くし、なんというか魅力を感じる。長年使われているからこその物なのだろうか?


「ふふっ。そう言って貰えると嬉しいです」


 菜々ちゃんは微笑んだ。


「お腹すいてますよね? あたし何か作るので、ゆかり先輩はゆっくりしててください。テレビ見ててもいいですし」

「えっ!? いいよ、流石に……。私が何か作るよ? 」


 いくら友達とはいえ、何もしないでゆっくりしているなんて……、私には出来ない。


 私は荷物を床に置いてキッチンへ行こうとしたが、菜々ちゃんはそれを止める。


「も〜、ゆかり先輩はお客様なんですから、ゆっくりしててください! それに、前も言ったかもしれないですけど、あたしご飯作るの好きなんですよ。だから、むしろ作らせてくださいっ! 」

「うー……」


 そこまで言われたら……、仕方ないか。

 これ以上『作るよ! 』って言ったら、返って嫌な気持ちにさせるもんな……。


「分かった……、ありがとう。それじゃあよろしくお願いします……」

「任せてくださいっ! とびっきり美味しいの作っちゃいますから! 」


 何だかなあ……。

 よく思うんだけど、菜々ちゃんって本当に歳下なのかな? 何か、私の方が歳下みたいな気分になってしまって、申し訳ないな……。


 だけど、菜々ちゃんの腕は確かだ。

 前に菜々ちゃんが作ってくれたお弁当を食べたことがあったが、凄く美味しかった。


 だから楽しみではある。

 私にはあんなに美味しいご飯は作れないし……、今思えばこの方が良いのかもしれないな。うん。


 私は勝手に1人で納得する。



 さて……、菜々ちゃんがご飯を作ってくれている間、何をしていようかな。


 菜々ちゃんは『テレビ見ててもいいですし』なんて言っていたが……、私はあまりテレビを見るタイプではないし。



 ──やっぱり執筆かな。


 私は鞄から、現在執筆中の原稿用紙とシャープペンシルを取り出した。


 今書いてる物語のジャンルは、ファンタジーだ。よくある系の話ではあるのだが……、魔法を考えるのがとにかく楽しい。この敵はどんな魔法で倒そうかなあとか……。1度書き出すと止まらないのだ。しかし、戦闘シーンを書くのが結構難しいんだよなあ……。


 頭の中で思い浮かべることは簡単なのだが、それを文章で表現するのは中々大変なのだ。しかも、それは読み手に伝わらなければ意味が無いし……。


 ここはどうしようかな。ここであの話を取り入れるか、なんて思いながら私は小説を楽しく書いていた。




♢




「──……り先輩っ! ゆかり先輩!! 」


 ……ん?


 誰かの声が聞こえてきて、私はふと物語を書いていた手を止める。


「ゆかり先輩、ご飯出来ましたよ」


 後ろを振り向くと、そこには菜々ちゃんがいた。……菜々ちゃん? ……あ。


「……あっ!! 菜々ちゃんごめん!! そういえば……」


 私はお泊まりをしに菜々ちゃんの家に来ていて、今は菜々ちゃんにご飯を作ってもらっていたんだったんだっけ……。


「も〜。ゆかり先輩、何度呼んでも気づいてくれないんですもん」


 菜々ちゃんは『ふふ』っと笑っているが……、きっと私の名前を沢山呼んだことだろう。


「ほんとごめんね……」


 物語を書いていると、つい自分の世界に入り込んでしまって……、周りの事が見えなくなってしまう。


 それでお母さんにも何度叱られたことか……。

 本当に私の悪い癖だ。


「気にしないでください! ほら、一緒にご飯食べましょっ! 」


 ……そういえば執筆中は気がつかなかったが、お腹が空いた気がする。


 それに、何だか物凄く美味しそうな良い匂いが……。


「…………」


 いけない。気を緩めたらヨダレが垂れてきてしまいそうだ。



「何だろ……っ!! 」


 この匂いの正体は……。

 ワクワクしながらテーブルへ行くと、その上には何と……ハンバーグやシチュー、サラダ等が置かれていた!!


「わ〜!! 凄く美味しそうっ!! 」


 実は私、ハンバーグもシチューも大好物なのだ。菜々ちゃんに話した事は無かったと思うのだが……、菜々ちゃんはエスパーか何かなのだろうか?


 私は椅子に座る。


「お待たせしました。ゆかり先輩っ」


 菜々ちゃんはその後、美味しそうな白いご飯を2つ分持ってきて座った。


「食べていい?? 」

「もちろんっ! あ、でもまだ熱いので、ふーふーしてから食べてくださいねっ」

「分かった! 」


 どれから食べようかなあ。

 やっぱりハンバーグかな?


 私は食べやすいサイズに切ってから、ふーふーして口に放り込む。


「んん〜っ!! 美味しいっ!! 」


 幸せの味がする……!!

 その後シチューやサラダも食べてみたが、どれも凄く美味しい!!


 やはり菜々ちゃんは料理の天才なのではなかろうか!! きっと、『菜々ちゃん専門店』なんて美味しいレストランを開けることだろう!!


「ふふっ。そう言ってもらえると凄く嬉しいです。ゆかり先輩って本当に美味しそうに食べますよね。見てるとあたしまで幸せな気持ちになっちゃいます」

「そうかなあ、でも本当に美味しいんだよ! 毎日作ってほしいよ本当に」

「も〜、ゆかり先輩ってば」


 ご飯が凄く美味しく感じるのは、もちろん菜々ちゃんの腕が凄いのもあるけれど……、こうして友達と一緒に楽しく食べているからだろう。


 とにかく美味しくて、箸が止まらない。



 菜々ちゃんはそんな私を見て『ふふ』っと笑うと、リモコンをとってテレビをつけた。



 この時間なので、バラエティ番組がやっていた。芸人さん達がワイワイしながらゲームみたいなのをやっている。


「私、テレビはあんまり見ないからよく分からないや」


 というのも、普段は執筆ばかりで、ご飯を食べている時も物語の事を考えていたからだ。テレビがついていても、まず見ることは無かった。


「そうなんですか? 面白いですよ、こういう番組。あたしこういうの見ると大爆笑しちゃうんです」


 そう言いながら、菜々ちゃんは芸人さんたちを見て『ふふふ』と笑っていた。


 菜々ちゃんはこういう番組が好きなのか……。


 目に涙を浮かべながら笑っている菜々ちゃんを見て、そんなに面白いのかな? なんて思って真剣に見てみると……。


「……っぷ。あははははっ!! 」



 ……不覚だ。

 結構面白かった。




 『一旦CMです』と司会者が言って、番組はコマーシャルに映り変わった。


「テレビって、面白いんだね。私これから見れる時に見てみようかな」


 気がつくと、私の目にも涙が浮かんでいた。

 笑いすぎてお腹も痛い。

 まさかこんなに面白いと思わなかった。


「そうですよ〜見た方がいいですよ! こういうバラエティだけじゃなくて、ニュースとかも。大事なことですからねっ」


 確かにそうだな……。

 ニュースは大事だ。


 これから積極的に見ていくことにしよう……、そう思った。



 その時、CMの言葉がふと耳に入った。


『新人ボーカルコンテスト2021!! 今テレビの前に居る君達も、あの有名なスターの様になれるかもしれない!? 今すぐチェック!! 』


「……えっ!? 」


 菜々ちゃんはそれを聞いて、急に立ち上がり出す。

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