>>2 mutual dream




 菜々ちゃんが私に会ってもらいたい人って、どんな人なんだろう……。


 そんな事を考えながら、私は菜々ちゃんに付いて行く。


 辿り着いた先にあったのは、大きな病院だった。


「……? 」


 この病院の中に、私に会ってもらいたい人がいるのかな?

 菜々ちゃんの横顔を見ると、かなり真剣な表情を浮かべていた。


 何だろう……。全く見当がつかない。




 エレベーターに乗って3階へ上がり、ちょっと進んだ所で菜々ちゃんは立ち止まった。


「ここです」


 そう言って、菜々ちゃんは病室のドアをゆっくりと開ける。


 そこにいたのは……、私は知らないご高齢の方だった。その人は横になっていたが、菜々ちゃんが来たことに気づくと、ニッコリ笑ってゆっくりと身体を起こし始めた。


「おばーちゃん! 無理しなくて大丈夫だよっ! 」


 菜々ちゃんはその様子を見て、慌ててその人の元へ駆け寄る。


「……菜々ちゃん、この人は? 」

「あ、すみませんゆかり先輩。この人が前に話した、あたしのおばーちゃんなんです」


 あ、この人が……。

 言われてみれば確かに。菜々ちゃんに何処か似ていて、優しそうな雰囲気が漂ってきている。

 私は『なるほど……』と思った。




 菜々ちゃんのおばあちゃん。

 前に聞いた話では、菜々ちゃんの両親は、菜々ちゃんが小さい時に亡くなってしまったらしい……。それで、菜々ちゃんの事はおばあちゃんが代わりに育ててくれたそうだ。


 だから、菜々ちゃんにとっておばあちゃんは母親みたいな存在らしい。


 ……だが、菜々ちゃんのおばあちゃんはもう歳である為、最近は身体を壊してしまう事が多くなってきたようだ。


 それで、この間倒れたと聞いていたが……、菜々ちゃんのおばあちゃんって病院で入院していたんだ……。



 でも、どうして菜々ちゃんはこの人に私を会わせたかったんだろう?


 そう思って、私は菜々ちゃんを見る。

 すると、菜々ちゃんは何を考えているのか分からないけど、真剣な顔付きで軽く頷いた。


「おばーちゃん、あのね。今日はお話があってきたの」

「お話? 何だろうねえ」


 ニコニコしているおばあちゃん。

 菜々ちゃんは少し溜めてから、話し始める。


「実はね、あたし、友達が出来たの」


 ……え? 友達??

 いや、菜々ちゃんと私はもちろん友達なんだけど……、そんな改まって言うこと、なのかな?


「ゆかり先輩。実はあたし……、話してなかったんですけど、ゆかり先輩が初めての友達なんです。今まで私、友達って出来たこと無くて……」


 そうだったんだ……。


 意外だった。可愛いし、優しいし。

 初めて菜々ちゃんを見た時は、沢山の人からモテるんだろうなとか、友達も沢山いるんだろうななんて思っていたから。


 だから、初めての友達って言われて私はかなり驚いた。


 でも、菜々ちゃんのおばあちゃんは表情をピクリとも変えていなかった。特に驚いているといった様子も無い。……知っていたのかな?


「それであたし……、ゆかり先輩と一緒に夢を追いかけたいなって思ったの! ゆかり先輩はまだ、歌手になりたいとまでは思ってないみたいだけど……、ゆかり先輩と一緒に歌うの凄く楽しいんだ! だから、2人でいけるところまで頑張ってみたいのっ! 」

「……そうなんだねえ」


 菜々ちゃんのおばあちゃんは、幸せそうに微笑んでいた。



 ……菜々ちゃんは、おばあちゃんにこの事を伝えたかったんだな。


 歌手になりたいって夢を、菜々ちゃんは真剣に叶えたいんだってことが、痛いほど伝わってくる。



「頑張ってね。おばーちゃん、菜々ちゃんのこといっぱい応援してるからね」

「うんっ! 」


 菜々ちゃんはおばあちゃんにギュッと抱きついていた。




 ──……私は、この場にいていいのだろうか?

 

 菜々ちゃんは、本当に真剣に夢を追いかけている。


 私も、菜々ちゃんと一緒に歌うのは凄く楽しい。だから、この先も一緒に歌い続けてまだ見た事の無い景色を見てみたい……そう思ったんだ。だけどそれは、私の単なる好奇心に過ぎなくて。


 つまり、私は菜々ちゃんの様に本気では無い。私の夢は小説家になることだし。……あの時はそれでもいいから一緒に歌ってみたいと思っていたけど、今考えれば、こんな中途半端な私が一緒に居て良いのだろうか。


 邪魔ではないだろうか……。

 そんな気持ちが、少しずつ込み上げてきてしまう。



「ゆかりちゃん……だっけ? 」

「あっ、はい」


 菜々ちゃんのおばあちゃんに呼ばれて、私は我に返る。


「菜々ちゃんのこと、よろしくね。この子、不器用だから……、沢山迷惑かけちゃうと思うけど」

「いえ、そんな……」

「最近の菜々ちゃん、凄く楽しそうだから。きっとゆかりちゃんのおかげなんだろうねえ」

「…………」


 ……菜々ちゃんのおばあちゃんの言葉が、痛い。


 もちろん、友達としてこれからもずっと一緒に居続けることは可能だ。というか、むしろこれからもずっと一緒にいたい。でも……、菜々ちゃんが真剣に夢を追いかけている時に、私が隣で歌い続ける事は可能なのだろうか……。


 そんな事を考えてしまう……。




♢





「ゆかり先輩。今日はありがとうございました」


 病院を出ると、菜々ちゃんは軽く頭を下げた。


「いいよそんな、気にしないで。それより、菜々ちゃんのおばあちゃん、凄く優しそうな人だね」

「はいっ! 凄く優しいんですよ」


 菜々ちゃんは、おばあちゃんがどれぐらい優しいのかをスラスラと語り始めた。あの時はああだったとか、色んな思い出を楽しそうに話している。何だか、私もそれを聞いていて楽しい。



 気がつくと、辺りはもう真っ暗だった。

 時間が過ぎるのは、本当にあっという間だなあ……と思う。

 でもまあ、学校帰りに病院に寄って話をしたりしていたので、当然といえば当然か。


「あ、そうだゆかり先輩。もう辺りも真っ暗ですし、今日はあたしの家に泊まって行きませんか? 」

「え? 」


 まあ……、明日は土曜日で学校も休みだし、お母さんもお父さんも大丈夫って言ってくれるとは思うけど……。


「菜々ちゃんは大丈夫なの? 」

「あたしは大丈夫ですよ〜。むしろ家に誰もいなくて寂しいので、ゆかり先輩に来てもらいたいくらいなんですから」


 あ、そうか……。

 おばあちゃんが入院している間、菜々ちゃんはずっと家で1人だもんね。そりゃ寂しいか。


 ……私なら耐えられないかもしれないな。


「うん、分かった。じゃあ1回家に荷物を取りに行ってから、いつもの公園に行くよ。あ、でも一応親に連絡してみるね。ダメって言われるかもしれないから」

「ありがとうございます! ゆかり先輩っ!! 」


 菜々ちゃんは満面の笑みを浮かべながら、私に抱きついてくる。


「も〜、菜々ちゃんってば」


 ……ちょっとだけ照れくさい。


 だけど、私も実は結構楽しみだったりしている。

 友達とお泊まりするのは、小学生以来だし……。それに、菜々ちゃんとお泊まりするのって、何だか凄く楽しそうなイメージがある。……上手く言えないけど。



 パジャマ何持っていこうかなあ。

 そんなことを考えながら、私はスキップして自分の家へ向かった。

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