Chapter2 Vocal Contest 2021

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「ん〜っ!! 」


 良い天気だなあ。

 私──……日向(ひなた)ゆかりは、うんと背伸びをした。


 雲1つ無い青い空。

 絶好の運動日和である。


 今日の体育の授業は、もうすぐ行われる体力テストに向けての自由練習だった。50m走をしている人もいるし、もちろんソフトボール投げや反復横跳びをしている人もいる。私は体力が全く無いので、持久走をしようと思っていた。



 さて、そろそろ走ろうかな。


 準備体操を軽くし終えると、私はグラウンドのスタートラインに立って走り出した。




 風がとても心地良い。



 以前は体育が心底嫌いだったが……、授業を真面目に受けるようになったからか、その良さが分かるようになってきた気がする。そして、それは体育だけじゃない。どんな授業だってそうだ。良いところは必ずあって、タメになる部分もある。


 前までの私には想像も出来なかっただろう。こんな風に、身体を動かす事が楽しいと思う日が来るなんて。




 しばらく走っていると、クラスメイトの女の子が後ろから2人やってきて、私の横に並んだ。


「日向さんって、最近何か変わったよねっ! 」


 まさか話しかけられるとは思っていなかったので、私はかなり驚いた。


「うんうん、明るくなったっていうか。話しかけやすくなったって感じっ! 」

「そ、そう?? 」

「そうだよ〜っ! だって日向さん、何ていうか、前までは『誰も近寄らないでっ! 私は小説にしか興味無いの!! 』って感じだったじゃん?? 」


 なるほど……。

 まあ確かに。


 あの頃は授業中も休み時間も、家に帰ってからもずっと小説ばかり書いていたから……。確かに、小説にしか興味が無かったのかもしれない。周りの事なんてどうでもいいと思ってたし……。



「だから、正直話しかけづらかったんだよね。でも、最近の日向さんを見てたら、何だか友達になれそうな気がしたの。だから話しかけてみたんだっ! 」


 そうだったんだ……。


「ありがとう」



 ……嬉しかった。


 こうやって色んな人と繋がる事が出来たのも、全部菜々ちゃんのおかげだなと思う。


 そう。

 繰り返すが、私がこうして授業を真面目に受けたり、クラスメイトに話しかけられるといったことは以前までは絶対に有り得なかった事なんだ……。





 私の夢は小説家になること。

 

 小さい頃人形ごっこで遊ぶ事が好きだった私は、いつの日からか『この物語を形にしたい』と思うようになり、書き始めた。そうしたら両親が褒めてくれたんだ。『ゆかりは将来、有名な小説家になれるな! 』って。


 当時まだ小さかった私にとって、その言葉は本当に凄く嬉しかった。だから小説を書くようになったんだ。そしたら、いつのまにか小説を書く事が好きになっていた。


 ……だが、現実はそんな甘く無い。

 高校に入ってからだろうか。両親は口を揃えてこう言う様になった。『遊んでばかりいないで、勉強しなさい』と。


 ……遊びのつもりは無かった。

 『小説家になりたい』という夢が本気だったから。でも、私が小説を書けば書くほど、現実の厳しさを思い知らされた。『……私には小説を書く才能が無い』と。


 だけど、それでも諦めきれなかったんだ。授業中も、休み時間も、家の中でも。食事中だって物語の事を考えていたし。私はそうやって、何度も何度も小説を書き続けた。……そうしたら、いつの間にか小説を書くことが出来なくなっていたんだ……。


 私には無理だ。

 諦めるしかないのかな……。


 そんな事を考えていた時、私はあの公園で『如月(きさらぎ)菜々(なな)ちゃん』と出会ったんだ。この出会いが、私の後の運命を大きく変えることとなる。




 菜々ちゃんは歌手になることが夢だった。

 実際、菜々ちゃんの歌には、とても言葉に表わせないぐらい素敵な物が沢山詰まっていたのだ。


 まず、歌を歌う事が本当に好きだということ。聴いているこっちまで楽しくなってきてしまうような、そんな感情のこもった歌だったんだ。


 そして、その歌を聴いた私は、大きな壁にぶつかる事となる。『私は執筆が好きで書いているのか? 』と。


 ……私は今まで、『誰かに褒められたい。誰かに自分の書いた物語を認めてほしい』そう思いながら小説を書いていたんだということに気づく。いつからか、小説を書く楽しさを忘れてしまっていたんだと……。


 そして私は自分と向き合った。菜々ちゃんと再び出会い、そして『小説家になりたい』という自分の夢を叶える事を本気で決意するのである。




 そして今に至る。


 今まで小説を書くことに没頭し、授業を疎かにしていた私だったが……、それではいけないとやっと気づく事が出来た。小説家になる為に勉強を頑張れば、専門学校へ行く選択肢だってある。その為にも成績は大事だし、授業を受ける事で知らなかった事を知ることも出来る。つまり話のネタや、引き出しが沢山増えるのだ。


 その事を教えてくれたのも、全部菜々ちゃんだったんだ……。


 私は菜々ちゃんと出会っていなかったら、小説家になるという夢その物を諦めていたかもしれない……。菜々ちゃんは、それだけ私の運命を大きく変えてくれたんだ。




「ねえねえ、日向さんのことゆかりちゃんって呼んでもいい? 」

「私も私も! 」

「…………」


 ……今まで1人が当たり前だった私。

 こうして話しかけられる瞬間が、こんなにも嬉しかったなんて。

 

「もちろんだよっ! 」


 菜々ちゃんには本当、感謝してもしきれないな……。





♢




 帰りのホームルームが終わると、私は急いで鞄を取って、いつもの公園へ向かった。


 今日から菜々ちゃんと歌の練習をするのである。話すと長くなるのだが……。




 小説家になりたいという夢を再確認した後私は、菜々ちゃんと一緒にライブや遊園地に行ったりして絆を深めていくのである。


 そんなある日、菜々ちゃんから幼稚園のボランティアの誘いがあった。ボランティア……なんて口ではそう言うが、実際の目的は、恥ずかしがり屋な男の子『海人(かいと)くん』の心を開かせることだった。


 私と菜々ちゃんは何とかして海人くんに話しかけるのだが、どれも失敗に終わる。そして、事件は起こった。私が海人くんに両親の事について聞いた時、海人くんは『ママとパパの話をするな』と怒り出して教室を飛び出してしまったのである。


 そう。海人くんが心を開かない原因は両親にあったのだ。お母さんもお父さんも音楽に関わる仕事をしていたので、海人くんは歌が大好きだった。しかし両親は多忙な為、海人くんにあまり構ってあげられなかったのだ……。もちろん、海人くんを育てて行くためにも必要な仕事なので、我儘は言えない。しかし、まだ幼い海人くんには当然分からないことだ。


 だから、海人くんは自分の気持ちを両親に伝え、両親を心配させない為にもクラスメイトと仲良くなる必要がある……ということを、私は追いかけて海人くんに伝えたのだ。


 海人くんはまだ『うーん』といった感じだったが、その後、私は菜々ちゃんのことを思い出すのである。


 菜々ちゃんの歌で、私は救われた。

 歌の力は想像以上に凄いんだ。


 だから、私も歌を歌えば海人くんに思いを伝える事が出来るかもしれない……、そう思った。


 そして、私は歌ったんだ……。

 海人くんには笑われてしまったけど、心を開かせる事は出来た。やっぱり歌の力は凄いらしい。




 ……そしてその後、実はその様子を影で見ていたと言う菜々ちゃんから『一緒に歌手を目指しませんか』という誘いが来るのである。


 当然私は驚いた。何故なら私は小説家を目指しているし、歌手になりたいなんて今まで1度も思った事が無かったから。


 しかし、『1回で良いから一緒に歌いたい』と必死にお願いしてくる菜々ちゃんを見て、まあ1回で良いなら……と、歌う事となる。


 そしたら、菜々ちゃんと一緒に歌う事の楽しさを知ってしまったのだ。これからも一緒に歌ってみたい。そう思ってしまったのだ。


 ……とはいえ、私はやっぱり小説家志望なので、一緒に歌手を目指すとまでは言えなかった。だから、『私も菜々ちゃんと一緒に歌ってみたい』と思った事をそのまま伝えたのだ……。





 そして、今に至る。


 今日から菜々ちゃんと、公園で歌の練習をするのだ。家に帰ったら小説を書いたり宿題をしたりで、なかなかにハードスケジュールだが。私は結構楽しみだった。まあたまには『息抜きも大事』という事なのだろう。



「あ、ゆかり先輩っ! 」


 公園に着くと、『待ってました』と言う様に菜々ちゃんはそこにいた。


「ごめん……、待たせちゃったかな? 」

「いえいえ、全然待ってないですよっ! 」


 ふふっと笑っている菜々ちゃんを見ていると、いつも思うが、何だか私まで微笑ましくなってしまう。


 しかし、私はホームルームが終わってからすぐに公園に向かったはずなのだが、菜々ちゃんはいつも来るのが早いんだな。一体何時に来ているのだろう。


「じゃあ早速歌の練習を……と言いたいところなんですが、今日はゆかり先輩に会ってもらいたい人がいるんです」

「え? 」


 会ってもらいたい人?

 誰だろう。彼氏が出来たとか?

 いやいや、そんなの私に紹介する事じゃ無いし……。


「……ちょっと歩きますが、一緒に来てもらえますか? 」

「あ、うん。もちろん良いよ」


 断る理由も無いし。

 私はそう思って、軽く頷いた。

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