>>14 Sing with friends (second part)
「え……、歌手っ!?? 」
菜々ちゃんからの突然の誘いに、私は当然驚いた。
当たり前だ。
だって私は小説家を目指しているのだから。
そして、その事はもちろん菜々ちゃんも知っている筈だ。……物忘れが激しく無ければ、多分。
それに、私はこれまで1度も『歌手になりたい』なんて口にした事は無かった。もちろん、考えた事すら無い。
だから、予想もしていなかった菜々ちゃんの言葉に、私は思わず瞬きする事しか出来なかった。
「……え、突然どうしたの? ドッキリか何か? 」
「ドッキリなんかじゃないですよ! あたし、ゆかり先輩と一緒に歌いたいんです! 」
いや、『一緒に歌いたいんです! 』なんて言われても……。
何で私と歌いたいんだろう?
それが不思議で仕方ない。
……でも、菜々ちゃんの目は本気だった。
どうやら、本当に冗談では無いらしい。
「ダメですか……? 」
「いや、ダメも何も……。菜々ちゃん知ってるよね? 私は小説家を目指してるの。歌手になりたいなんて思った事1度も無いし……」
「ゆかり先輩が小説家になりたいっていうのはもちろん知ってます! でも、小説を書きながら歌手活動することも可能ですよねっ! 」
「え? 」
……??
菜々ちゃんは一体何を言っているんだろう??
……『小説を書きながら歌手活動することも可能』???
私はそんなに器用な人間ではない。
執筆するには時間が必要なんだ。ただでさえ私は人一倍努力しなければいけないのだから、歌手活動なんてしている暇はない。
「……菜々ちゃん、どうして私を誘うの? 私は歌手になりたいなんて思った事ないんだよ? カラオケも滅多に行かないし、私は歌は下手くそだから歌えないんだよ」
歌の力は素晴らしいと思う。
実際菜々ちゃんの歌に救われたから私は今ここにいるし、Blue&Moonのライブも凄い迫力があって楽しかった。だから、菜々ちゃんと出会ってから私は歌が好きになった。
……でもそれだけだ。
私には、菜々ちゃんみたいに歌う事は出来ない。
「ゆかり先輩」
その時、菜々ちゃんは1枚の小さな紙を鞄から取り出した。それは、サイズ感からして手紙に見える。
「これは、海人くんからゆかり先輩への手紙です。さっき、香菜子ちゃんから受け取ったんですよ。『渡してあげて』って。読んでくれますか? 」
海人くんから……?
私に何の話だろう。
私は菜々ちゃんから手紙を受け取り、その内容を読んだ。
『ゆかりさん。
このあいだはありがとう。ママとパパにぼくのきもちをつたえてから、ぼくはしあわせになれた。いまはくらすのみんなもはなしかけてくれて、ぼくはまいにちたのしい。ほんとにありがとう。それとゆかりさんのうた、すごくよかったよ。ほんとにありがと。
かいと』
……あの後、海人くんのご両親に一緒にお話をした。ご両親は『ごめんね』って言って泣きながら海人くんを抱きしめていたけど、私達のボランティアはそれで終わりだったから、その後ずっとどうなったのか気になっていた。
「……良かった。海人くん、幸せになれたんだ」
文字が真っ黒になっていたり、一生懸命手紙を書いてくれた痕跡が見える。
……嬉しいな。
「海人くんが幸せになれたのは、ゆかり先輩があの歌を歌ったからですよ。ゆかり先輩の歌で海人くんは救われたんです」
「え? 」
……私の歌が、海人くんを?
というか、何で菜々ちゃんが私が歌っていた事を知っているの? あの場には私と海人くんしか居なかった筈……。
目がはてなになっている私に、菜々ちゃんは『すみません』と軽く謝ってから話を続けた。
「立ち聞き……って訳では無いんですけど、あの時、偶然聴こえてしまったんですよ。ゆかり先輩のあの歌が。……素敵でした。だからあたし、ゆかり先輩と一緒に歌いたいなって思っちゃったんです」
「……え!? 菜々ちゃんあの時聴いてたの!? 」
「はい」
めちゃくちゃ恥ずかしい……っ!!
私は思わず顔が赤くなってしまった。
……というか、私の歌が素敵??
そんな馬鹿な。音楽経験0の私の、あの歌が?
「手紙にも書いてあるでしょう? 海人くんはゆかり先輩の歌で救われたんです。自信持ってください、ゆかり先輩は凄いんですよ!……確かに音楽に触れてこなかったから、ゆかり先輩の歌は正直上手って訳では無かったです。でも、あの歌をその場で作り、歌った。海人くんを救う事が出来るぐらい、心のこもった歌をゆかり先輩は歌ったんです! それは凄い才能なんですよっ! 」
何だか、物凄くべた褒めされている気がする……。
でも確かに、この手紙にも『ゆかりさんのうた、すごくよかったよ』と書いてあった。
それに、今思えば私があの歌を歌った後……、海人くんは笑ったんだっけ。
……ってことは、本当に私の歌が海人くんを救ったってことかな? 菜々ちゃんが私を救ってくれたように。私の歌が海人くんを……。
「ゆかり先輩は、言わば原石なんですよ。今は歌が下手かもしれないですけど、それは今まで音楽に触れてこなかったからなんです。ゆかり先輩は歌を極めれば、絶対素敵な歌手になれると思うんです! だからあたしと一緒に歌ってください! お願いします!! 」
菜々ちゃんは勢いよく頭を下げた。
「…………」
……って、言われてもな……。
……確かに、菜々ちゃんの言う通り執筆と歌手活動を両立すればいいのかもしれない。
でも、私の夢はあくまで小説家だ。
中途半端な私が、夢でもない歌手活動なんてしていたら……、それは失礼じゃないだろうか。菜々ちゃんだけじゃなく、皆に対して。
「……分かりました。じゃあとりあえず1回で良いのであたしと歌ってみませんか? それでダメなら諦めますから」
菜々ちゃんは頭を上げて、私をじっと見つめる。
……どうしてこんなに私に拘るのだろう。
菜々ちゃんが何を考えているのか、全然分からない。……でも、菜々ちゃんの目は本当に真剣だった。
流石にそこまで言われると断りづらい……。
「……分かったよ。本当に、1回で良いなら……」
私はゆっくりと頷いた。
「や、やったあああ〜!! ありがとうございます!! ゆかり先輩!! 」
菜々ちゃんは、途端に満面の笑みを浮かべて私に抱きついてきた。
「…………」
……こんなに喜ばなくてもいいのに。
私と歌って何になるというのだろう?
──まあ、1回だけだから……。
私は自分にそう言い聞かせる。
「じゃあ、早速歌いましょうゆかり先輩!! 」
菜々ちゃんは私から身体を放すと、私の両手をギュッと掴んだ。
「えっ!? 今から!? 」
ちょっと想像と違うような……。
展開が早すぎるのでは無いだろうか。
「本当はオリジナルの曲を歌いたいんですけど……、それだとかなり時間がかかってしまうので。だから最初は、お互い知っている有名な曲にしましょう」
『最初は』って……。
次は無いんだけどな。
まあでも、1回だけなのだから。
早く終わるに越したことは無いか。
「ゆかり先輩、〇〇は知ってますよね? 」
「ああ、うん。分かるよ」
その曲なら、音楽に疎い私でも流石に知っている。
母親が車の中でよく流していたし、テレビを付けてもこの曲が流れることが良くあるから。
きっと物凄く有名な歌なんだろう。
「それじゃ、私が1回歌ってみますので聴いててくれますか? 」
「分かった」
私は軽く頷いた。
菜々ちゃんはスッと息を吸う。
「〜〜♪ 」
「……っ!! 」
……綺麗な歌。
菜々ちゃんが歌うと、こんなにも原曲と違うのか。
私は驚いた。
正直、鳥肌が立つ程に。
もちろん原曲にも原曲の良さがある。だが、菜々ちゃんが歌うと、その曲のイメージがカラリと変わったのだ。
楽しそうに笑顔で歌っている菜々ちゃん。
……凄いと思った。それに、胸の奥でうっすらと高鳴っているこの感情……。これは一体何だろう?
「〜〜♪ こんな感じです」
「──……凄い」
聴いているだけで、凄く楽しかった。
菜々ちゃんの歌は、初めて聴いた時よりも確実に上手くなっていた。影で沢山練習してきたのだろう。
「それじゃ、一緒に歌いましょ! ゆかり先輩の好きなタイミングで歌ってください。あたしも入りますから」
……この素敵な歌を、一緒に歌うの?
私が?? ……無理でしょ。
菜々ちゃんの歌声は、本当に凄かった。
言葉じゃとても表せないくらい。
私の歌声なんて、絶対かき消されてしまう。
一緒に歌う意味なんて……。
……でも、凄く楽しそうだった。
菜々ちゃんの歌を聴いていると……、自然と心が踊ったんだ。
『一緒に歌ったら、楽しそう』
少しだけ、そんな風に思ったんだ。
……この気持ちを確かめてみたい。
1回だけだから。
1回だけなら。
ドキドキと、心臓の音が早くなっている気がする。
緊張。不安。期待。好奇心。
この先にある感情が何なのか、知りたい……!!
私はスッと息を吸った──……。
「〜〜♪ 」
声が震えた。
緊張で、手に汗まで握ってしまう。
……きっと、私の歌は物凄く下手くそだろう。
こんな歌で、良いのだろうか?
チラリと菜々ちゃんを見る。
菜々ちゃんは、微笑んでいた。
そして、菜々ちゃんも息を吸って私の歌に入ってきた……!!
『〜〜♪ 』
……っ!!
これは、何……!??
私の歌声と菜々ちゃんの歌声が合わさって、1つの綺麗な歌声になる。その歌声は、この小さな公園の中で、広く響き渡っていた。
……楽しい!!
歌を歌うのって、こんなにも楽しいの……!?
それに、何だか凄く心地いい。
菜々ちゃんと歌っているから……なのかな??
……最初は緊張でろくに声が出せなかった私だったけど、気がついたら緊張なんてどっかへ飛んでしまっていた。
楽しい。
菜々ちゃんと、もっと歌ってみたい……!!
そう思い始めた時、その歌は終わりを告げてしまった。
「……っ、」
1つの曲を歌い終えた時、私は『はあ……っ、はあ……っ』と息切れを起こしていた。
曲を真剣に歌うと、こんなにも疲れるんだと実感してしまう。けれど、菜々ちゃんは息切れなんて起こしていなかった。……どうやら、私は余程体力が無いらしい。
「……ゆかり先輩、どうですか? 一緒に歌手、目指しませんか? 」
菜々ちゃんは真剣な表情で、もう一度私に言った。
「…………」
……歌手。
歌手なんて、なれるか分からない。
むしろ、返って私が菜々ちゃんの足を引っ張ってしまうかもしれない。
私は小説家を目指しているし、歌手になりたいって思っている訳では無い。
……でも。
菜々ちゃんと歌うのは凄く楽しかった。
この先も一緒に歌ってみたい。
そして、まだ見た事のない景色を見てみたい。
1度きりの人生なんだから、夢は沢山あってもいいんじゃないかな。叶う、叶わないじゃなくてさ。
やりたい事をやってみたい。
……そう思うんだ。
「……歌手になりたいとかはまだよく分からないけど……、私も菜々ちゃんと一緒に歌ってみたい! 菜々ちゃんと一緒に歌うの、楽しいから! 」
……執筆も歌手活動もするなんて、絶対に大変だろう。
もしかしたら、沢山の挫折を味わうのかもしれない。
それでも菜々ちゃんと一緒なら、何でも出来る気がするんだ。
そんな気がするんだ。
〜Sing with friends 第一章[完]〜
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