>>13 Sing with friends (first part)




♢



 まだ19時台とはいえ、夜の病院は凄く静かだ。


 あたしは目の前でスヤスヤと気持ち良さそうに眠っているおばーちゃんに向かって、小さな声で囁く。



「おばーちゃん。あたしね、初めて友達が出来たんだよ」


 ……どんな夢を見ているのかな?


 この寝顔を見ていると、何だか凄く安心してしまう。



「……おばーちゃん、あたしね。その友達と一緒に、この先歌っていきたいなって思っちゃったの。応援していてほしいな」


 私はおばーちゃんの柔らかい手をギュッと軽く握りしめた。



 そうしたら、気のせいかな?

 今、『ふふっ』とおばーちゃんが微笑んだ気がして。


 ……気のせいだよね。

 だって、おばーちゃんは今眠っているんだもん。


「……ふふっ」


 あたしは思わず笑ってしまう。


 ……でも、あたしが今握っているおばーちゃんの温かい手のひらからは、何だか『頑張れ』って凄く力を貰えている気がして……。




 ……あたし、頑張るから。

 ゆかり先輩を何とか説得して、ゆかり先輩と一緒に……、歌手になるんだ。





♢





 2時間目の休み時間。

 

 あたしは鞄から携帯をサッと取り出して、皆の視界から見えないように机の下に隠す。


 ……というのは、この学校の校則の1つに『校内で携帯電話を使用してはならない』というのがある為で……、って今はそんな事どうでもいいや。


 『今日の夕方、いつもの場所で会えませんか』っと……。送信完了。



 ゆかり先輩に話したいことがある。


 それは、『ゆかり先輩と一緒に歌手になりたい──……』ということ。もちろんゆかり先輩は小説家を目指している。だから簡単には『いいよ』なんて言ってもらえないだろう。


 だけどあたしは諦めない。

 ゆかり先輩ならきっと、あたしのこの気持ちを分かってくれるはず……!!


「きーさらーぎさんっ!! 」

「──……ひゃっ!? 」


 突然の声。

 あたしはビックリして思わず携帯を床に……、落としそうになった。セーフ……。


「何してるのぉ〜?? 」

「な、何だ……香菜子ちゃんか。ビックリした……。何もしてないよ……」


 心臓がバクバク言っている……。


 もし香菜子ちゃんに携帯を使っている事がバレて、先生に言われて携帯没収……なんて流れになったら『真面目なあたし』のレッテルが剥がされて大変な事に……!!


 あたしは香菜子ちゃんを見つめながら『ふふふ……』と笑いつつ、手に持っていた携帯を気づかれないように鞄の中にしまう。


 気づかれてない……よね?

 ……気づかれるわけないよね??



「大丈夫だよぉ〜。皆隠れて使ってるから! 如月さん、ほんと真面目すぎぃ〜」

「え!? 気づかれてたの!? 」


 『あはははは』と目の前で大いに笑っている香菜子ちゃん……。


 そんな笑うことなのかな……?

 一応これ校則違反だし……。


 何だか無駄にドキドキしてしまった感があるけど、まあ良いか……。



「ところでこの間は、幼稚園のボランティアしてくれてありがとね」


 話しかけた当初の目的はそれだったというように、香菜子ちゃんはその話題を切り出した。


「ああ……、気にしないで。それに、あの件はほとんどゆかり先輩のおかげだよ」


 『幼稚園のボランティア』……と口では言いながら、その実際の内容は、海人くんという内気な男の子の心を開かせる事が目的だった。


 両親が音楽関係の仕事をしている為、海人くんも歌が好きらしい。そこで、歌が好きで歳も近いあたしと、その付き添いでゆかり先輩がボランティアに誘われたのだが。


 ……色々あって、海人くんの心を開かせる事が出来たのは、結局あたしではなくゆかり先輩だった。


 あたしはほんと、ただその場に突っ立っていただけだったんだ。



「今回はそうかもしれないけど……。初めてこのクラスになって如月さんの自己紹介を聞いた時、如月さんが『歌手になるのが夢』って言ってて……目がすっごいキラキラしてたんだっ! その後の音楽の授業でも、如月さんの歌は『本当に歌が好きなんだ』って気持ちが伝わってくるぐらい輝いていて……。だから私、如月さんをボランティアに誘ったんだよ。そして、それは間違いじゃなかった! 如月さんは何もしてないのかもしれないけど……、如月さんがいたから、その人は海人くんの心を開かせることが出来たんじゃないかな? 」


 どうなんだろう……?

 そんなことはないと思うけど。


 何だか褒められすぎている気がして、少しだけ照れくさくなってしまう。


「まあ、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」


 あたしは頬を軽く掻いた。




 ……だけど、ゆかり先輩の歌に凄い力があったのは確かだった。


 まず、あの時ゆかり先輩が歌っていた曲。

 あれは、ゆかり先輩が作った完全なオリジナルソングだ。誰かの曲だったとしたら、あんな素人感は普通出ない。間違いなく、あれはゆかり先輩の歌だ。


 そして問題は……、あの歌をいつ作ったのかということ。


 あたしは1つのオリジナルソングを作るのに、最低でも三ヶ月はかかる。それをゆかり先輩は、恐らくその場で考えて作り上げたんだ。……いや、むしろ考えてすらいなかったのかもしれない。多分、自然にメロディーや歌詞が頭の中に浮かんできたんだ。


 音楽に今まで興味を示したことの無かった初心者で、あれだけの曲を速攻で作り上げてしかも歌ってしまうのは、下手かどうかとか関係なく間違いないゆかり先輩の才能だ。


 

 そして、何よりもゆかり先輩の歌には不思議な力があったんだ……。


 感情がとにかく詰まっていて、あたしにも、そして恐らく香織先生にも海人くんへの思いが伝わっていただろう。


 ゆかり先輩は、今まで音楽を勉強したことが無かったから、今はまだ不完全だが……。勉強すれば間違いない、ゆかり先輩の才能は必ず輝くだろう。


 そしてその歌を、一緒に歌いたい……。あたしは、そう思っていたんだ。





 その時、『ピコンッ』と小さな音が鞄の中から聞こえた。


 『何だろう? 』と、あたしは鞄の中を開けて見てみる。


 その音の正体は携帯だった。

 メールが来ていたらしい。



 ……今が休み時間で良かったと、心の底から思う。これが授業中だったらと思うと……。


 静かな部屋に、突然音が鳴り出す携帯。

 考えただけで恐ろしい……。




 あたしは携帯をそっと開く。


 メールはゆかり先輩からで、『了解だよ〜(絵文字)』と書かれていた。


 ……よし。


 あたしは心の中でガッツポーズを作って、携帯を閉じる。


 ……あ、そうだ。マナーモードにしなくちゃ。またいつ携帯が鳴り出すか分からないからね。


 あたしはマナーモードに変えてから、再び携帯を閉じた。



 今日が本番……っ!!




♢




 学校が終わり、あたしはいつもの場所──……公園に着いた。


 ……ゆかり先輩はまだいない。



 あたしはゆかり先輩を待つ間、歌を歌っていようと思って息を吸った。



「〜〜♪ 」



 ……思えば、始まりはこの公園だった。


 いつもの様に歌の練習をしていたら、初めてゆかり先輩と出会ったんだっけ……。


 ゆかり先輩は、あたしの歌を『凄い』と言って褒めてくれた。沢山の拍手をしてくれた。


 そこからだったよね。

 ゆかり先輩と会うようになったのは。


 『Blue&Moon』のライブに行ったり、遊園地で一緒に遊んだり……。


 辛い事、楽しい事、色んな事が沢山あった。


 あたしが悩んでいた時も、側に居てくれた。


 あたしのことを、当たり前のように『友達』だって言ってくれた。


 ありがとう。


 本当にありがとう。

  



「〜〜♪ 」



「──……菜々ちゃん? 」



 ゆかり先輩が公園にやってきた。


 あたしは歌を止めて、ゆかり先輩に向かって話しかける。



「ゆかり先輩に聴いて欲しい歌があるんです! あたしがゆかり先輩と出会ってから一生懸命作った歌……。聴いてくれますか? 」


「? もちろんいいよっ」


 キョトンとしているゆかり先輩。

 そんな顔に、思わず『ふふっ』と笑ってしまう。



 ……こんな楽しい気持ちも全部、ゆかり先輩がくれたから。



 あたしは歌うよ。

 始まりの場所で。

 この歌を。



「聴いてください! 


 『Sing with friends』」







 いつか夢に見た景色が

 こうして目の前にある

 それは全部貴女がくれた 大切な宝物

 友達を作るのが怖くなった時も

 貴女は微笑んで『友達だよね』って

 救ってくれた 導いてくれた

 貴女に今 ありがとう


 これからも これからも

 こうして 2人で

 沢山の 思い出を

 一緒に 作ろう

 今 貴女に伝えたい言葉がある

 友達の貴女と 一緒に歌いたい

 貴女は あたしの

 大切な 友達で

 初めて 出来た

 大切な 友達で

 ありがとうだけじゃ足りないくらい

 感謝してるの……ありがとう

 

 一緒に歌おうよ


 これから先も

 一緒にいたいの


 一緒に歌おうよ






「ゆかり先輩! あたしと一緒に……、歌手目指しませんか? 」

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