>>12 the power of a song




「海人くん! 海人くんっ!! 」


 私は必死に叫んで、走り回る。


「ゆかりちゃん、私はこっちを探してみるから、ゆかりちゃんはあっちを探してくれる? 」

「っ、わかりました」


 すみません……と言おうとしたが、それを言ってる暇があるくらいなら探さないと、と思って止めた。何かあってからでは遅いんだ……。



「海人くん! どこ!? いるなら返事して! 」


 海人くんは一体、どこへ行ってしまったのだろう……。幼稚園の中はそこまで広くないし、5歳の足だ。そんなに遠くへは行っていない筈だが……。


 その時、私は考えたくも無いことが頭をよぎった。


「……もしかしてっ!! 」


 もし、幼稚園の外へ飛び出していたとしたら……!!



 私は慌てて昇降口へ向かう。


 もし、海人くんが外に飛び出して、何かの事故にあっていたとしたら!? 私のせいだ……っ!! 私が余計なことを言ったから……!!



「海人く……──あっ!! 」


 昇降口に辿り着いた時──……、私は下駄箱の影に隠れて座っている海人くんを見つけた。


「……っ、」


 思わず頽れそうになってしまう。

 ……だが、気を抜くのはまだ早い。


 私は何とか姿勢を保って、海人くんの側に駆け寄った。


「海人くん……!! ごめんね……っ!! 」


 ……先に出た言葉は、謝罪だった。


 何故、海人くんがあの時怒っていたのかは分からない……。だけど、私の言葉で海人くんを傷つけたのは事実だ。だから、まずはそれを謝らないと……、と思った。



「…………」


 海人くんは相変わらず無言だった。


 それでも、海人くんがこうして無事でいてくれたことが本当に嬉しくて……、安心した。


「良かった……」


 私は今になって身体の力がドンッと抜け、海人くんの隣に倒れるように座り込む。


 そうしたら、何でだろう。

 急に涙が溢れてきて。


「う……っ、」


 今までずっと不安で、ひたすら海人くんを探して走っていた。


 この涙は、その時にずっと堪えていた涙なのか。それとも海人くんがいてくれた事による安堵の涙なのか。


 ……恐らく両方だ。


 泣くのを止めようと思っても、次から次へと涙が零れ落ちてくる。


「……何でお前が泣くんだよ」

「……え? 」


 今、聞こえた言葉は気のせい……だろうか?

 私は鼻をズルズルとすすりながら、目を丸くする。


 ……だって、私の聞き間違いじゃなければ、確かに今。


「……泣きたいのは僕の方だし」


「……っ、海人くんが、喋った!! 」


 私はあまりにも嬉しくて、思わず海人くんをギュッと抱きしめる。


「な、なんだよ! 僕だって喋るよ! 」


 『離せよ』と言われて、私は抱きつくのを止めた。


「ごめんごめん……あまりにも嬉しくて、」


 私は、『あはは』っと笑う。


 ずっと無言だったから。

 皆と会話もせずにずっと一人ぼっちだったから、皆心配してたんだよ。もちろん私も、菜々ちゃんも。


 だから海人くんが喋ってくれた時、本当に凄く嬉しかったんだよ……と、言おうと思った。


 ……でも、海人くんは私と違って表情を曇らせていたので、私はそれを言うのを止めた。




 ……しばらくの間、静かな時間が流れる。


 何分か経った後、海人くんはゆっくりと口を開けた。


「……僕のママとパパはさ、音楽の仕事をしてるんだよ。ママがバイオリン、パパは音楽プロデューサー……? だっけ。まあそんな感じ」


 ……凄い。

 本当に本格的な音楽家なんだ。


 海人くんは話を続ける。


「だから、僕は音楽が好きなんだ。毎日沢山の音楽に囲まれてるから、自然と好きになっちゃって。でも……、だから音楽が嫌いなんだ」

「え? 」


 どういう事だろう……?

 音楽が好き……、だけど嫌い?


 私の頭の中に、ハテナが浮かぶ。


「ママもパパも、その音楽のせいで全然構ってくれないんだ。それに……、『仕事だから』って僕をこんな所に預けた。僕はもっともっと、ママとパパと一緒にいたいのに……」


 ……そういうことか。

 仕事があるから、海人くんにあまり構ってあげられない。仕事のせいで。音楽のせいで……。


 だから海人くんは、音楽が好きだけど嫌いなんだ……。


 とはいえ……、その仕事は海人くんを育てる為にも必要な事だろう。辞める訳にはいかない。学生の私にはまだ分からないけど……、社会には責任とかまあ、いろんな問題もあるのだ。多分。


 そしたら今私に出来ることは、きっと……。


「……じゃあ海人くん。その思いを今日、ママやパパがお迎えに来てくれた時に伝えてみようよ。大丈夫、私もいるよ。きっと分かってくれるよっ! 」

「…………」


 その話を聞いたからといって、仕事を辞めるということはきっと無いだろう。でも、海人くんと一緒に過ごす時間を少しでも増やす事くらいなら……出来るはずだ。子を大切に思う親ならば。きっと。


 もちろん金銭的な話もあるだろうが……それは私には分からないし。


 ……でも、思いを伝えなけらば何も変わらない。そうでしょう?


 私は真っ直ぐ海人くんを見つめる。

 海人くんはしばらく下を見つめながらムスッとしていたが……、やがて、小さくだけど『うん』と頷いた。


「それと……、幼稚園の皆とのことだけど……」

「僕は皆みたいに明るく話せないんだ。……恥ずかしいから」

「その気持ちは分かるよ。……でもね、皆海人くんの事を心配しているの。それは、ママとパパもそうなんだよ。……安心させてあげないと。『大丈夫だよ、僕は皆と一緒に楽しく遊んでるよ』って」


 出来る限り、分かりやすく伝えたつもりだ。


 しかし、海人くんの表情は分かったのか分かっていないのか……まだ暗いままで。


 私は人に言葉を伝えるのが下手だ。

 小説家を目指す者として……これではダメだなと改めて思い知らされてしまう。



 その時、ふと──……菜々ちゃんならこういう時どうするだろう、という思いが頭を過ぎった。


 菜々ちゃんなら……、もしかしたら歌で気持ちを伝えるかもしれない。私は菜々ちゃんの歌に助けられた。歌は、人を笑顔にする力を持っている……。


 なら、私も歌えばいいのでは?


 ……いやいや!!

 何を言ってるんだ、私!! 『歌えばいいのでは? 』……って、歌うってそんな簡単な事じゃない。


 菜々ちゃんのあの素晴らしい歌は、私が想像出来ないぐらい練習したからこそあるんだ。歌手だって……、例えばこの間菜々ちゃんと見に行った『Blue&Moon』のライブだってそうだ。あの人たちも、沢山の練習をしたからこそ素晴らしい歌を歌えるんだ。


 それなのに、音楽の授業ぐらいでしか歌なんて歌った事が無い私が歌う……なんて、音楽を馬鹿にしている……と言っても過言では無いのでは……?


「…………」


 ……でも、海人くんは悲しい目を浮かべている。それを笑顔にするにはやっぱり、歌しかない……!!



 私は目を瞑って、スゥッと息を吸う──……。


「〜〜♪」


 ……声は、当たり前だが震えていた。

 メロディーや歌詞は何故だか自然と浮かんできたので、何となくで歌ってみる。


 海人くんが笑顔になってくれるといいな……そんな思いを込めながら。



「…………」


 歌い終わって、目をそっと開ける。


 海人くんの表情は……、真顔だった!! 目をパチクリとさせているくらいで。


 

 いや、『歌が上手いって言われるだろうな〜』なんてのは、最初から思って無かったよ? ほんと、歌なんて音楽の授業でしか歌ったことないし!! でも、……でも、私の気持ちが何かしら伝わっていたらいいなって。


 少しでも伝わっていれば良かったなって!!



「……っぷ。何その変な歌。


でも……ありがと」



「……っ!! 」



 海人くんが笑った。


 私の変な歌で、海人くんが笑ったんだ。



 嬉しくて。すごく嬉しくて。

 きっと菜々ちゃんが歌を歌う理由って、こういう事なんだなって、凄く実感したんだ──……。









「ゆかりちゃん、凄い……!! 」



 遠くからその様子を見ていた香織先生とあたし。2人には聞こえていないだろうけど……、香織先生は大きな拍手をしながら凄く微笑んでいた。



 ──ゆかり先輩の歌が、海人くんを笑顔にしたんだ。


 あの歌が。

 ずっと一人ぼっちで、無口だった海人くんを笑顔に。



 あたしは、言葉じゃとても表せない様な初めての思いで胸が高鳴っていた。





 ゆかり先輩と一緒に歌いたい……!!



 そんな初めての感情が。

 あたしの中で、高ぶっていたんだ……!!

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