>>9 My friend




 ──おばーちゃんのあの言葉の意味が理解出来なかった。



 結局あの後、あたしはおばーちゃんに『もう暗くなるから帰りな』と言われて病院を出てしまった。わだかまりが残っている中。


 病院を出てすぐにある交差点で、信号待ちをする。車の走る音が次々と横を過ぎていった。


 ……煩いな。


 普段こう思うことは滅多に無いのだが。今日は耳や頭が繊細らしい。ちょっとした物音で耳が反応するし、頭が痛くなる。


 おばーちゃんは何が言いたかったのだろう。

 話をまとめると、『おばーちゃんはもう歳だから長くない。だからあたしには夢に向かって頑張ってほしい。おばーちゃんのことは気にしなくていいんだよ』……あたしにはそう聞こえた。


 ……やっぱり、何度考えてもさっぱり意味がわからない。どうして、『気にしなくていいよ』なんて言うの? 気にするに決まっているじゃないか。おばーちゃんは、あたしの大切なたった1人の家族なのに……。


 おばーちゃんを失ったら、あたしはひとりぼっちになってしまう。『長くない』なんて言わないでよ。



 車は、まだ次々とあたしの横を過ぎて行く。


 チラッと向こう側を見ると、まだ赤だ。

 長いな……あたしはそこにあった小さな石ころを軽く蹴飛ばした。




♢ 



 あたしは長い道を乗り越え、やっと公園に辿り着く。家に帰るのは……、止めた。公園の方が落ち着くし……、おばーちゃんが居ない家に帰るのは嫌だった。


 こんなことおばーちゃんが聞いたら、めちゃくちゃ怒るんだろうな。小さい頃なんて、門限ちょっと遅れただけで『遅い! 何してたのっ! 』って怒られてたし。


 ……ふふ。

 あたしは思わずあの頃を思い出して笑う。


 見上げると、空の色はもう真っ暗だった。

 時計を見ると……、今は20時くらいか。


 ……おばーちゃんがもし、もし死んでしまったら、あたしはこれからどうすればいいのだろう。今回は大丈夫だったとしても、いつかは亡くなってしまう。人間だから。そうなった時、あたしは耐えられるのかな……。


「……っう、」


 不安や悲しみが一気にあたしを襲う。


 涙がまた溢れてきた。

 さっき散々泣いたのに……。



 これから先、どうしたらいいんだろう……なんて考えながらベンチに座っていたら、誰かがあたしの隣にちょこっと座った。


 『誰だろう』とチラッと見てみると、それはゆかり先輩だった。


 ……でも、どうしてここに?

 それに、もうこんな時間なのに。


 ゆかり先輩は何も話さなかった。

 だから、あたしも無言で足元を見つめている。




 しばらくの間、静かな時間が流れた。

 

 3分程経っただろうか。あたしはこの時間に耐えられなくなり、ゆかり先輩に話しかけた。


「……あの、ゆかり先輩。ゆかり先輩は、どうしてここに? 」


 いつもなら、ゆかり先輩の顔を見ながら話しかけるのだが、今日はそれが出来なかった。なんと言うか、見づらくて。


「……菜々ちゃんにメール送ったんだけどね。何件か。でも返信が来なくて。だから、何かあったのかなって、心配で」


 ……それだけの事で、心配に?


 ゆかり先輩は意外と心配性なのだろうか。メールがちょっと返ってこないだけで、わざわざここまで来るもんなのかな。


 あたしは携帯を取り出して、画面を開く。


 ……本当だ。

 5件以上は来てる。


「……遊園地行く前、菜々ちゃん、あまり元気なさそうだったから。その事もあってね」

「…………」


 ……見抜かれてたんだ。

 明るく、いつも通りでいたつもりなんだけどな……。ゆかり先輩には、適わないや。


 あたしは、ふふっと笑う。


「菜々ちゃん、何があったの? 話……、聞くよ? 」


 ゆかり先輩はあたしの顔を覗きこんだ。


 ……ゆかり先輩の気持ちは凄く嬉しい。

 でもこればっかりは。ゆかり先輩に話しても仕方がないから。


「大丈夫だよ」


 あたしは以前の様に、元気に振る舞った。


「嘘ばっかりっ!! 」


 ゆかり先輩は突然立ち上がる。


「菜々ちゃん、目凄く真っ赤だよ? 私は菜々ちゃんの友達なんだから、菜々ちゃんの力になりたいんだよっ! 」


 目が真っ赤なの、バレてたんだ……。

 夜だから見えないと思ってたのに。

 本当にゆかり先輩には敵わないな……なんて思っていたら、……え??


「友達?? 」


 あたしは思わず、ポカーンと大きく口を開けてしまった。


「……友達でしょ? 友達じゃないの?? 」


 ゆかり先輩もキョトンとしていた。


 『友達じゃないの? 』って聞かれても……。



──『菜々ちゃんってさ、せっかく可愛い顔してるのになんか頭おかしいよね』

 『私らって菜々ちゃんとは友達でも何でもないのに話しかけたりしてきてね』

 『二度と私らに話しかけないでよね。キモい』


 あのクラスメイトの言葉が、再びフラッシュバックする。



 あたしには友達はいない。

 友達だと思っていた人は皆、友達じゃなかった。だからゆかり先輩も……。


「私達は、友達だよっ! ライブにも遊園地にも行ったし、メアドも交換した! 友達の定義はよく分からないけど……、それでも友達は友達なんだよ! 友達って言ったら友達! 友達が困ってたら力になりたい! ……それじゃダメ? 」

「……っ、」


 ──……何で。

 どうしてこんなにもゆかり先輩は、あたしの心の中に、真っ直ぐ手を差し伸べに来てくれるのだろう。


 あたしには友達なんていないと思ってた。

 おばーちゃんがもし亡くなったら、ひとりぼっちだと思っていた。


 でも、違うんだ。


 私には、ゆかり先輩がいる──……っ!!


 



 あたしは、気を抜くとまた溢れてきてしまいそうな涙を堪えながら、これまでの事を全て、ゆかり先輩に話した。




♢




「なるほど……。そんなことが……」

「あたしは、おばーちゃんが本当に大事なんです。だから今は、歌の練習をするよりも、少しでも長くおばーちゃんの側に居たいんです。それなのに、おばーちゃんは……」


 全然理解してくれない……。


 あたしは『はあ……』とため息をついた。

 

 ……あたしが間違っているのだろうか? 何度も思ったが、そんなはずはない。あたしにとって、おばーちゃんが1番大切なんだ。だからそばに居たいと思うことの何が悪いんだろう。


「……菜々ちゃんのおばあちゃんも、菜々ちゃんと同じ様に、菜々ちゃんの事が大切なんじゃないかな? 」

「え? 」


 ゆかり先輩の言葉に、どういうことだろうと耳を傾ける。


「菜々ちゃんのおばあちゃんにとってさ、菜々ちゃんは凄く大切な存在なんだよ。だから菜々ちゃんが夢を叶えることは、菜々ちゃんのおばあちゃんにとっての夢でもあるんじゃないかな? 」


 その時、おばーちゃんが言っていた言葉を思い出す。


 『おばーちゃんはね、菜々ちゃんの歌が大好きなんだよ。その素敵な歌をね、もっと沢山の人にも聴いて欲しい。それがおばーちゃんの夢なんだよ』

 


「…………」

「それに、菜々ちゃんのおばあちゃんはきっと、菜々ちゃんの悲しんでる姿を見るのが辛かったんじゃないかな? ここ最近の菜々ちゃんはずっと、無理しているように見えたから……」


 無理……、しているつもりは無かったけど。


 おばーちゃんの目には、ゆかり先輩と同じようにあたしが映っていたのだろうか。


「だから、菜々ちゃんのおばあちゃんは、菜々ちゃんには夢を追いかけて欲しいって言ったんじゃないかな? 菜々ちゃんのおばあちゃんはさ、菜々ちゃんの歌が大好きなんだよ。その歌をさ、もっと色んな人に広められるように、頑張ろうよ! それが菜々ちゃんのおばあちゃんの望みなんだからさ」


 ──それが、おばーちゃんの望み……。


「……そっか。そうですよね……」


 人間だから、いつかは死んでしまう。ずっとずっと長生きすることなんて、出来る筈ない。


 でも、おばーちゃんは今生きている。決して亡くなった訳じゃない。それなのに、悲しい顔をしていたら、おばーちゃんだってきっと悲しくなるじゃないか……。それに、不安にもなるよね……。


「そうですよね……!! ありがとうございます、ゆかり先輩……」


 あたしが今するべきことは、おばーちゃんに心配をかけさせることじゃない。おばーちゃんに安心して貰えるように……今まで通り、歌い続けることなんだ!!


 ゆかり先輩のお陰で気付くことが出来た……。


 ゆかり先輩がいなかったら、あたしはずっと暗く、落ち込んでいたかもしれない……。


「うん、良かった! いつもの菜々ちゃんだ」


 ゆかり先輩は笑っている。

 あたしも、笑い返した。


「んじゃ、そろそろ帰ろうよ。もう夜も遅いからさ……。本当は、泊まりに来て欲しいけど、お母さんもダメって言うだろうし」


 お泊まりなんて、滅相もない。そんな迷惑かけられる訳がない。『大丈夫ですよ、1人で帰れますから』と言って、ゆかり先輩の背中を推す。


「──……あっ」


 そういえば。

 あたしはふと足を止める。


「どうしたの? 菜々ちゃん」


 ゆかり先輩はキョトンとしていた。


 明日からまた、本格的に歌のトレーニングを再開する訳だが、あたしは今朝香菜子ちゃんが言っていた言葉を急に思い出す。


 もし、ゆかり先輩と一緒に出来たら……、どんなに楽しいだろうか。



「ゆかり先輩、もし良ければ幼稚園のボランティア、一緒にやりませんか? 」

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