>>10 little shy boy
──『もし良ければ、幼稚園のボランティア、一緒にやりませんか? 』
菜々ちゃんから突然のお誘い。
どうして私を? 私なんかが行ったところで邪魔になるだけでは……なんて色々思いもしたが、『ゆかり先輩がいれば何でも出来る気がするんですっ! 』とまで言われてしまったら……、断れないだろう。断る理由も特に無いし。
しかし今思うと、幼稚園のボランティア……というのは一体何をするのだろうか。先生のお手伝い? 子供の世話を見たりするのかな?
あの時は、誘いに対して『いいよ』なんて言ってしまったが、もっと慎重に考えるべきだったかもしれない。……そもそも幼稚園のボランティアだよ? そういえば私子供に好かれないじゃんっ!!
今になって不安が込み上げてくる。
……ちなみにどれぐらい子供に好かれないかというと、例えば道端で赤ちゃんと出会ったとする。可愛いな〜って思って赤ちゃんを見つめていると、確実に3秒以内に泣かれるのだ。あっかんべえ等をしている訳では無い。もちろん触れている訳でもない。なのに確実に泣かれてしまうのだ! ……しかも悲しいことに、百発百中である。
私の顔が怖いのだろうか? それとも、私の背後には何か良からぬものでも取り憑いているのだろうか……。分からないが、もし、そんな私が幼稚園に現れたら、子供達はどうなってしまうだろう。
「…………」
……きっと、サファリパークの様になるに違いない。
あちこちで子供が泣き出し、終いには私は幼稚園を追い出されてしまうだろう。
やっぱり、申し訳ないけど断ろう……そう思って携帯に手を伸ばそうとした。
……でも。
「……喜んでたしな……」
菜々ちゃんの笑顔を思い出す。
私が誘いをOKした途端、それはもう、幸せそうに微笑んでいた。
「あ〜〜〜っ!! どうする私っ!! 」
私は一晩中悩みまくった……──。
♢
……そして、ついに来てしまった!!
海明幼稚園に!!
「うわ〜! 懐かしいなあ。あたし、ここの幼稚園に通ってたんですよっ! 遊具も当時のままだ! ふふっ」
菜々ちゃんは楽しそうにはしゃいでいる。
緊張していないのだろうか……。
私はさっきから震えが止まらないというのに!!
そもそも私は幼稚園の先生になりたい訳では無い。こういうボランティアって、普通そういう職業に就きたい人がやるものでは無いのか? もしくは、そういう職業に興味がある人とか。
菜々ちゃんも歌手志望なんだし、このボランティアとは何も関わりが無いのでは……?
「ゆかり先輩。幼稚園の先生ってね、歌うんですよっ」
「…………」
……いや、それは知ってるけれども。
菜々ちゃんの歌うと、幼稚園の先生の歌うはやっぱり違う気が……。
なんて、今更か。
菜々ちゃんがやりたいなら、それで良いのだろう。私はとりあえず……、小説のネタになるかもしれないしね。何事も経験だ。
覚悟を決める。
「それじゃ、職員室に行きましょうか」
菜々ちゃんは、『こっちです』と案内してくれた。
幼稚園の頃の事なんて、私は全然覚えていない。ましてや職員室の場所なんて、絶対に分かる自信が無い……。菜々ちゃんはよく覚えているな。記憶力が良いのだろうか。
昇降口に入る。
私はこの幼稚園に通っていなかったが、何となく懐かしい匂いがした。学校と比べると、小さくて狭い。
幼稚園ってこんなに狭かったっけ……。
私は辺りを見渡す。
恐らく、私が大きくなったのだろう。小さい子供達から見たら、この幼稚園は凄く広く見えるのかもしれない。
「ここですね」
菜々ちゃんは、ドアを開けた。
「失礼します」
私たちは職員室の中に入る。
「ボランティアの件で来ました。如月菜々と」
「日向ゆかりです」
幼稚園の先生達がこっちをじっと見てきた。……まあ、当然見るだろう。『どんな子達なんだろう』って気になるだろうし、私でもそうすると思う。でも、なんか視線がちょっと……、怖いと言うか。私はその視線をそらすように、遠くの壁を見た。
「あらあら〜っ! 貴女達が例の子ね! 香織(かおり)ちゃんから聞いてるわよ! あ、ちなみに香織ちゃんってのは、香菜子ちゃんのママの事ねっ」
……香菜子ちゃん??
香菜子ちゃん……って誰だろ。
私は、今までのクラスメイトでそんな名前の子が居たかどうか、記憶を辿ってみる。
「香菜子ちゃんは、あたしのクラスメイトです。このボランティアを教えてくれた人ですよ」
菜々ちゃんは小声で私に教えてくれた。
なるほど。
通りで、初めて聞いた名前だと思った。
「ちなみに私は紫崎(むらさき)十萌(ともえ)っていうのよ。こんな感じだけど、一応園長やってるからよろしくね」
園長先生っ!
……全然見えない……。
金髪で、露出度が結構高めの服を着ている。
外国人だろうか……と思ってしまうほどには、スタイルがいい。
特に胸。
……大きい。
「で、肝心のボランティアの内容なんだけどね。貴女達には香織ちゃんのクラスの子の世話をしてほしいのよ〜」
世話……。
まあ若干想像はしていたけど……。
「でも……、あたしたち子守りなんてしたことないですよ? 」
「大丈夫大丈夫っ! そういうのは案外何とかなっちゃうから! 」
「…………」
この園長先生……、大丈夫なのかな。
いつかこの幼稚園が潰れる未来が見える……。
「……嫌ねぇ、冗談よ、ジョ・ウ・ダ・ン。お願いしたいのは、海人(かいと)くんっていう男の子の事なの」
……海人くん?
「その子はね、今クラスで一人ぼっちなのよ。物静かでね、暗い男の子なの。先生達もね、何度か話しかけているんだけど、一言も喋らないのよ……」
『ほんと、困ったわあ……』と、園長先生はため息をつく。
「その海人くんね、お父さんもお母さんも音楽関係の仕事をしているらしいのよ。だから歌が大好きみたいでね。家だといつも歌っているらしいんだけど……、ここだとどうにも自分を出せないみたいねえ。シャイボーイなのかしら」
……私も小さい時は、物静かな子供だった。1人でずっと物語を書いているような、そんな子供。
でもそれは、自分が好きな事をしていたかったからであって、海人くんのそれではない。
海人くんはきっと、寂しいのだろう。幼稚園に来ることで、お父さんとお母さんと離れ離れになる。そして、大好きな歌を歌えなくなるということが。
私は、菜々ちゃんの顔を見る。
菜々ちゃんも、私と同じ事を考えていたようでで、真剣な顔をして頷いた。
「あたしたちは、その海人くんが皆と打ち解けられるようにサポートする為に呼ばれた……という事ですね」
「ピンポンピンポーン! 大正解〜! 」
園長先生はパチパチと拍手をする。
「歳が近い方が海人くんも接しやすいと思うのよ。それに、香織ちゃんから聞いてるわ。貴女達歌が上手いんでしょう? だから海人くんとも仲良くなれるんじゃないかって思ってね」
私は歌えないけどね……。
軽く苦笑いを浮かべる。
今日の主役は、紛れもない、菜々ちゃんだ。
私は菜々ちゃんを、影からサポートしよう。
「分かりました。任せてください! 出来る限り、頑張りますっ」
菜々ちゃんは胸を張ってそう言った。
菜々ちゃんの夢は、歌で沢山の人を笑顔に、幸せにすることだ。海人くんを幸せにする事が出来たなら、それは菜々ちゃんにとっても凄く幸せなことだろう。それに、菜々ちゃんのおばあちゃんも絶対に喜ぶはずだ。
……頑張って!
菜々ちゃんなら出来るよ。
私は心の中で、菜々ちゃんにエールを送る。
「それじゃ、行こっか」
園長先生の後に続いて、私達は職員室を出た。
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