>>8 Grandma's Dream




♢



 おばーちゃんが入院している病院は、学校からそれ程遠くはない。徒歩、約20分程だ。


 距離的にも丁度いいし、それに、ここの先生は凄く評判が良い。だから、安心しておばーちゃんを見てもらうが出来た。




「おばーちゃん、お土産持ってきたよ」


 あたしはおばーちゃんがいる病室へ入ると、すぐ横に机があったので、その上にどっさり果物が詰まった風呂敷を置いた。

 

「わあ。いっぱいあるねえ」


 おばーちゃんは目をパチクリさせている。


「おばーちゃん果物大好きでしょ? だからいっぱい買ってきちゃったっ! 」


 ミカン、ブドウ、梨、リンゴ、メロン……などなど、思いつく限りの果物は一通り持ってきたつもりだ。


 当然重たかったので、持ち運びは大変だったが。


 『よいしょ……』と、あたしはすぐそこにあった椅子に腰掛ける。


「美味しそうだけど、こんなに食べきれるかねえ」

「大丈夫だよ」


 あたしは、おばーちゃんと同じ病室で入院していた方々に目を向けた。


 そして皆さんにも聞こえるようにちょっと大きな声で呼びかける。……もちろん、病院の中なのでそこまで大きな声ではないが。


「良かったら皆さんも食べてください。沢山あるので」

「……え? いいのかい?? 」

「もちろんですよっ」


 というか、元々そのつもりだった。

 皆でワイワイ食べた方が、おばーちゃんもきっと寂しくないし、楽しいだろう。


「ありがとねえ。優しいんだねえ」

「いえいえ、そんな」


 ……どちらかと言うと、あたしは優しさなんてむしろ欠片も無いと思う……。


「優しい子だよ。家でも、いつも私を気にかけてくれて、料理も凄く上手なんだよ」


 おばーちゃんはニッコリ笑った。


「そうかなあ……」


 あたしは思わず視線を逸らす。


 嬉しいけど……、そこまで褒められると照れちゃうな。


 何となくこそばゆくなってきて、あたしは思わず頬をポリポリと掻いた。



「それに歌も上手なんだよ」


 おばーちゃんの突然の言葉に、あたしはビクッとする。


「歌? あんた、歌が歌えるのかい? 」

「ま、まあ……」


 いや、めちゃくちゃ上手かって言われるとそうではないけど……。


「聴いてみたいなあ」

「少し歌っておくれよ」


 おばーちゃん達は、リズムをとるように手を叩き出した。


 きゅ、急だなあ……。

 ちょっと恥ずかしいけど……、でも、歌手になりたいならこういう時に歌えなきゃ駄目だよね。


 スッ……と私は大きく息を吸った。


「……〜〜♪」


 普段あたしは、全て自分で作詞作曲したオリジナルの歌を歌っている。


 でも、こういう場所でオリジナルの歌を歌うと、しらけることもあるかもしれない。『この曲誰の曲? 知ってる? 』って。


 だからあたしは、誰でも知っているような名曲を歌った。


 しかし、こういった曲はあまり練習していなかったので、上手く声が出なかった……。


 あたしは、聴いている人皆を幸せにしてあげられるような歌手を目指している。それはもちろん、小さな子供も、ご高齢の方も含まれている。


 ……もっと練習しなくちゃ。

 今のままじゃダメだ……。




 歌を歌い終えると、あたしは力を抜くように、ふうっと息を吐いた。



「──おおっ!! 」



 その瞬間、大きな拍手が聞こえてきた。


「あんた、歌上手いねえ」

「聴いていて凄く心地よかったよ」


 おばーちゃん達はそう言って、幸せそうに笑っている。

 

 予想外だった。

 まさか、こんなにも喜んでくれるなんて。


 自分だとまだまだだと思っていたが……、それでも嬉しかった。こんなにも素敵な笑顔で、あたしの歌を『心地いい』と言ってくれたことも、この温かい拍手の音も。


「ありがとうございます……っ!! 」


 あたしは精一杯の感謝を込めて、頭を下げた。



「菜々ちゃん」


 おばーちゃんの声がして、あたしは頭を上げる。


「菜々ちゃんの歌、久々に聴いたけど、この間よりずっとずっと上手くなってるよ。……一生懸命練習してきたんだねえ」


 おばーちゃんはそう言って、あたしの頭を優しく撫でてくれた。


 ……嬉しかった。

 おばーちゃんにそう言ってもらえた事が、凄く。それにおばーちゃんの手のひらは、凄く温かかった。いつぶりだろう。こんな風に頭を撫でてもらえたのは。

  

 しかし、おばーちゃんの瞳はどこかしんみりとしていて、寂しそうだった。


「……おばーちゃんね、もうそんなに長くないの。菜々ちゃんが夢を叶えるまで生きていたいけど、多分出来ない」

「……っ!? そんなこと言わないでっ!! 」


 あたしはおばーちゃんに思わず抱きつく。


「何で突然そんなこと言うの!? 」


 意味が分からない。

 さっきまで、歌が上手だって褒めてくれてたのに……。


「聞いて、菜々ちゃん」

「嫌だ、聞きたくない!! 」


 涙がポロポロと溢れてくる。


 こんな話を聞く為に、あたしはおばーちゃんのお見舞いに来たわけじゃない……!!


「菜々ちゃんにはね、夢に向かってそのまま頑張ってほしいの。菜々ちゃんの歌は、沢山の人を笑顔にする力がある。おばーちゃんも、菜々ちゃんの歌を聴くと幸せな気持ちになれるんだよ。元気が貰えるの」

「……っ、」


 ひっく、ひっく。

 涙も鼻水も止まらなくて、あたしの顔はきっと今酷くぐちゃぐちゃだろう。


「菜々ちゃんがね、こうしてお見舞いに来てくれることは、凄く嬉しいの。でもね、菜々ちゃんはおばーちゃんの事より、夢に向かって頑張って突き進んでいって良いんだよ。……ごめんね。色々我慢もさせたでしょう? 今まで沢山苦労かけたねえ……」


 おばーちゃんはそう言って、またあたしの頭を優しく撫でた。


 ……おばーちゃんが、何を言いたいのか分からなかった。


 苦労なんて全然かけられた覚えはない。

 むしろ、あたしはおばーちゃんに凄く感謝していた。両親を早くに失ったあたしにとって、おばーちゃんは本当に、大切な大切な存在で。


 だから、夢も大事だけれど、おばーちゃんの方がずっと大事なんだ。今あたしが優先するべきなのは、夢じゃない。おばーちゃんのそばに居ること。夢はまた、おばーちゃんが元気になってから本格的に追いかければいい。それに、空き時間にだって歌の練習はいくらでも出来る。

 ……当たり前でしょう? どうして『おばーちゃんなんかより』、なんて悲しいことを言うの?


 泣きじゃくっていて、何を言ったのか自分でもよく分からない。ただ、少しでも長くおばーちゃんのそばに居たかった。



「嬉しいよ。菜々ちゃんがこんなに立派に成長してくれて……。おばーちゃんは菜々ちゃんが大好きだよ。だから、おばーちゃんはね、菜々ちゃんに夢を叶えてほしいの。おばーちゃんはね、菜々ちゃんの歌が好きなんだよ。その素敵な歌をね、もっと沢山の人にも聴いて欲しい。それがおばーちゃんの夢なんだよ。菜々ちゃんはね、おばーちゃんの自慢なんだよ」

「おばーちゃん……」

「分かってくれるかい? 」

「…………」


 あたしは、ブンブンと顔を横に振った。


 ……分からない。

 分かるはずない。


 おばーちゃんが何を言いたいのか、全然分からない。むしろ、どうしてあたしの気持ちがおばーちゃんに伝わらないんだろう。


 こんな、当たり前の感情が……。



「……困った子だねえ……」


 おばーちゃんは、苦笑いを浮かべていた。

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