>>7 kindergarten volunteer




「……学校、行ってくるね」


 いつもなら、『行ってらっしゃい』と声が返ってくるのだが、今日は返ってこない。


 静かな空間。

 家の中にいるのは、あたし1人だけ。


 ……当然だ。

 だっておばーちゃんは今、病院にいるのだから。



 あの日……、おばーちゃんは急に倒れた。


 いつもの様に、リビングで食事をした時。おばーちゃんは急にむせ出して、椅子から転がり落ちたんだ。


 酷く苦しがっていた。

 あたしは直ぐに救急車を呼んで、おばーちゃんを病院へ運んだんだ。



 今までも、何度かこういう事はあった。

 もう歳だから。仕方ない。

 ……そう思おうとしても、あたしはやっぱり怖かったんだ。


 両親を早くに亡くしたあたしにとって、おばーちゃんは本当におかーさんの様な存在だったから。


 失いたくない。

 ずっとずっと長生きしてほしい。


 そう思うのは、我儘なんだろうか。



「……行ってくるね」


 あたしはもう一度呟いて、そっと玄関を開けた。





♢




「であるからして、答えは……」



 あたし──……如月菜々は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


 おばーちゃんの事もそうだが……、この間の事があってから、あたしは学校へ行くのが億劫になっていた。



 ──『菜々ちゃんってさ、せっかく可愛い顔してるのになんか頭おかしいよね』『私らって菜々ちゃんとは友達でも何でもないのに話しかけたりしてきてね』


 『二度と私らに話しかけないでよね。キモい』


 あの時のクラスメイトの言葉がフラッシュバックする。



 どうしてだろう。

 あたしの何が悪かったのかな。

 何であんなこと言われたんだろう。


 昨日ゆかり先輩と行った遊園地はとても楽しかったが、最近は悲しい事ばかりだ。


 毎日、公園や家で歌の練習はしているが、悲しい事の連続でそれさえもあまり集中が出来ない。


 ……おばーちゃん、早く良くなるといいな。



「はあ……」


 あたしは深くため息を着く。

 


 いつもなら真面目に受けている授業も、今日は全く集中出来ない。


 当たり前だ。

 誰だっていっぺんにこんなことが起きれば、学校どころじゃないだろう。

 ……今日ぐらいいいよね。


 あたしは、窓の景色をずっと眺めていた。




♢




「──……らぎさん、如月さんっ! 」


 ……誰かがあたしを呼んでいる気がする。

 誰だろう……。


「……んん……? 」

「如月さんっ!! 」


「──……はっ!! 」


 あたしはびっくりして起き上がる。


 目の前には、クラスメイトの香菜子(かなこ)ちゃんがいた。


「やっと起きたぁ〜! 」

「…………」

 

 ……どうやらあたしは、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


 まだ若干頭がボーッとしているが……。 


 いつの間に授業が終わったのだろうか……。



「ねえ如月さんっ! 」


 香菜子ちゃんは、またあたしの名前を呼んだ。

 何の用だろう。あまり話した事がないので、ちょっとだけ人見知りしてしまう。


「如月さんって、歌手になるのが夢って前に言ってたよねっ? 」

「え? まあ……、夢だけど」


 なんで知ってるんだろう?

 前に話したことあったっけ……。


 記憶を辿ってみる。

 ……ああそうだ。思い出した。


 高校生になった入学式の次の日、自己紹介があったんだ。そこであたし、将来の夢について話したんだっけ。


 でもそんな前のこと、よく覚えてるな。あたし達そんなに喋った事ないのに。


「実はね、私のお母さん、幼稚園の先生をやってるんだけど、今ボランティアを募集してるの! 良かったら、如月さんやってみないかなぁ〜って思って! 」

「……??? 」


 要約すると、幼稚園の先生を体験出来る……って事かな? 


「……ごめん香菜子ちゃん、話が全然見えないや。それと、あたしが歌手になりたいのとどういう繋がりがあるの? 」


 あたしの将来の夢が保育士とかならまだ分かるが、歌手とこの話に全く関係性を感じない……。


 香菜子ちゃんは何が言いたいのだろう……。


「そこの幼稚園の子供達ね! 歌が大好きなんだってっ! 如月さんの歌聴けば喜ぶと思うんだよねぇ〜」

「……? 」


 ……いまいちピンと来ないが。


 まあでも、確かに幼稚園の先生は歌う事も多いだろう。そして、先生と一緒に子供達も楽しく歌う。そんな光景が目に浮かんだ。


 ……正直、楽しそうではある。

 今まで誰かの前で歌を歌った事はあまり無かったし……。沢山の人を幸せにしたい。これはもちろん小さな子供達も含まれていた。


 それに、これはチャンスだ。

 幼稚園という、それなりに大きな場所で歌を歌えば、もし高評価だった場合周りに拡がっていくこともあるかもしれない。



 だが……。


 ふと浮かんだ、おばーちゃんの顔。


 ボランティアには興味がある。

 だが、今はおばーちゃんの側にいたい。

 心配だから……。


「ありがとう香菜子ちゃん。……でも、今回は辞めておくよ」

「えぇー!? どうして? 如月さん、絶対食いつくと思ったのに」


 香菜子ちゃんは目を丸くした。


「今ちょっと、家庭の事情で忙しくて。参加したくても出来ないんだよね」

「家庭の事情……? 」


 香菜子ちゃんは、キョトンとした顔を浮かべている。


 流石にこれ以上は聞かないでほしいかな……。


 無視しているつもりは無いけど、察してオーラを出してみた。


 香菜子ちゃんはどうやらそのオーラを受け取ってくれたみたいで、『分かった! 』と頷いた。


「でも、いつでも募集してるからさっ! 参加したくなったら、いつでも言ってくれていいからねっ! 」


 香菜子ちゃんはそう言って、自分の席に戻っていく。


「…………」


 驚いたな。

 てっきり諦めると思ってたんだけど……。


 香菜子ちゃんとは本当に、ちゃんと会話したのは今日が初めてだった。それなのに、どうしてここまであたしに拘るんだろう……?



 ……考えても仕方ないな。

 あたしはボランティアに参加しないんだから。



 ──……今日は学校が終わったら、おばーちゃんに会いに病院へ行こう。


 あたしは次の授業の支度を始めた。

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