≪最終章―役立たず、決戦―≫(中編)
「——なっ、何やってんだよ!逃げろよ!」
「はぁ?あんたこそちょっとみない間になにあたしに命令なんてしてんの?てか王様から言われてたわよねぇ?二度と顔を見せるなって。あんたこれで晒し首確定ね!なんならあたしからまた言っといて——」
「んなことどうでもいいんだよ!さっさと逃げろ!」
アダムがアルテマに焦点を会わせた。
我ながら本当にどうしようもない性格だと思う。
見えていなければ、知らなければ、見殺しにしていた女だった、死なれて困ることなんて一つもない。死ぬなら俺の見えていないところで死んでくれ。
「ウッ……ゥァァァァッ……!」
「は、え、何、何なの?」
真っ赤な血渋きが舞った。
あぁ、そうだ、確かこんな感じだったよ。腕切られた時も確かこんな痛みだった。
でもまぁ斬られただけなら水魔法でなんとかなるしどうでもいいや。
それはそうとこいつには言っとかねぇとな。
「目の前で死なれたら目覚めが悪いんだよ!聞こえてねぇのか!さっさと逃げろっつてんだよ!この脳みそ空っぽ女!」
「ひぃっ……!?きっ、キモっ!キモっ!死ねっ!」
「勝手に言ってろ!死にたくなきゃさっさと消えろ!俺だってなぁ、お前のことなんかこれっぽっちも助けてやりたくなんてないんだよ!」
「キモいキモいキモいキモい!あ、ああああんた何様のつもりで、ああ、あ、あたしに!」
こいつの性根の悪さも見上げたもんだ。こんな状況でまだ見栄張っていられるなんて才能としか言いようがない。どんな育てられ方してやがる。
というかこいつ腰抜けてそもそも立てねえんじゃねぇか。良くもまぁこれで『ソフィア・モルガンの再来』なんて呼ばれていたものだ。冗談にしたって質が悪い。
魔法じゃなくて性格の悪さなら伝説級だろうがな。
「立てねえくらいビビってんならせめて黙ってろクソ女!」
「ひゃうっ……!」
あぁ、別に王様のことなんて今さら見返そうとかは思わねぇし他の宮仕えの奴らについてもどうだっていい。でもこいつだけはダメだ。
「言わねぇでいるつもりだったんだけどやっぱダメだわ。耳の穴かっぽじって良く聞きやがれクソ女」
悪いアリサ、キャラじゃないのはもう十分わかっている。でもこいつだけは……こいつにだけは言わないと俺の気が済まない。
「ザマァ見やがれ。テメぇは今からテメぇが追い出した『役立たず』に『オーク』から助けられて生き延びるんだ。あいにく俺はテメぇみたいなクズと違ってその事を言いふらしたりはしない。でも覚えとけ、テメぇがこっから先どこのどんなお偉いさんと結婚すんのかも知らねぇし、どこのどんな役職に就くかも知らねぇけど、それは全部俺のおかげだ!二度と俺に口答えすんな!」
「…………っ」
ここまで言ったら流石にもうこいつだって何も言い返しちゃこないだろう。ただ無言で黙って何度もコクコクと頷いている。
あー、てかやりすぎたかもなぁ。
なんかみたくなかった。へたりこんだアルテマ・ミズーリが恐怖のあまり水溜まりを作るところなんて。
「さて、悪いなアダム。余計な邪魔が入った」
「ソレハナンダ、スバル。フユカイダ」
「俺に聞くなよ。俺だってこんな奴となんて知り合いたくなかったんだからさ」
「スバルヨ、オマエハツヨイ。オレハツヨキモノヲタットビ、カシコキモノヲタットビ、オオシキモノヲタットビ、ウツクシキモノヲタットブ。ダガソレハヨワク、サカシク、メメシク、ソシテミジメダ。ソレヲマモルオマエモマタフユカイダ」
なんともまぁ随分と過大評価を受けたものである。少なくとも今の状況で強いのはあっちの方だ。
「俺も同意見だよ。でも仕方ないだろ。人間って言うのは知らないところで知らない奴が死ぬのは気にならなくても目の前で死なれると嫌とかそう言う生き物なんだよ。殺るならよそで殺ってくれ」
さて、これでより一層今日はここまでになんてことができなくなった。仕方ない、アリサに言っちまったたもんな、『ぶっ飛ばして帰ってくる』って。
「さぁ、アダム。決着をつけようか。お前と違って俺はもう限界が近い、悠長にやってられないんだよ」
なんかもうこの腕かどうかもわかんない奴邪魔だな。感覚もないのにそこにくっついていて……。
「
「キャアッ!」
腕の中で極小の爆発を起こす。辛うじてそこにあった炭のようになった腕らしきものは完全に灰になった。
傷口は完全に焼けて固まっている。
「これ実はどうにかなんねぇかもなぁ。まぁ良っか」
さて、次は、と。
「スバル、ナニヲシテイル」
「ちょっと待ってくれ、すぐに済むから。えーと確か腕ってなんかこう……」
水魔法で無理やり腕のように動く水の塊を創り出す。焼けてなくなった腕の先になら、恐らく腕みたいに使えるだろう。
「いや、でもせっかくだしこうするか」
どうせもう腕じゃないなら形なんてどうでもいいか。
「うん、これならお前ともやりあえるな。お前だけ剣持っててずるいと思ってたんだよ」
剣、というにはあまりにも不恰好。強いて言うならカマキリの爪と言った方が近い。そんな刃をそこに生み出した。その上で水の温度を下げて凍らせる。
まぁ水自体が魔力の塊だし氷でもある程度やれるだろう。まぁもちろんあの剣がイヴじゃなければの話だが。
「始めようぜ。これでやっと多少まともに見える」
「スバル、ヤハリオマエハスバラシイ。ソノツヨサハモハヤウツクシクモアル。キガカワッタ、オマエハオレガコロソウ。タリナイマリョクナドイクラデモホカノニンゲンカラチョウタツデキル」
「ありがたいね。これっぽっちも嬉しくない報告だよ、アダム」
肌がピリピリする。これがアダムの殺意か。
いや、もうほんとやめて欲しいよ。こちとら生きて帰る約束なんだからさ。
「ユクゾ」
「こっちのセリフだ!」
ギィィィン……!と音を立て、イヴと氷で作った爪とが激しくぶつかり合った。
刃がぶつかる度に火花が散る。
「どうした!?魔法を絶ちきる能力は使わないのか!?それがなきゃこの氷は斬れないぜ!」
「チョウシニノルナ!」
何度も何度も激しく斬り結ぶ。
一振り一振りに大地が裂け、激しい風が巻き起こる。
「なんだよアダム!さっきより随分へばってる様に見えるぜ!?なぁ!」
「グゥッ!」
イヴの力さえ無ければ互角以上にやりあえる。魔力量にモノを言わせた後先考えない戦い方なら負けはしない。
「だらぁッ!」
「ヌゥッ!」
渾身の一振り。イヴごとアダムを仰け反らせる。
「くらえぇッ!」
腹に全力の蹴りを入れる。
大きく吹き飛ぶがそれだけでは済まさない。
「水魔法様々だよ!ソフィアさん!」
さっきのでもう感覚はわかった。水を蛇のように伸ばし、身動きがとれないアダムを捕まえる。
「捉えた!」
しかしその刹那、アダムの姿が消えた。
でも——!
「転移魔法じゃ意味ねえよ!俺の魔法が届く距離に出てくる間は、もうお前のことを見失わない!」
「ッ!?」
真後ろに現れたアダムの一閃を受け止めた。
「こちとらわざわざ、お前にも魔力を送り続けてんだ。見失うわけねぇだろ!」
例え微量でも、『意図的に魔力を渡』し続けている限り俺の魔法はその対象を逃がさない。
どこを見ているのか、どこにいるのか、どう動いているのか。それがわかっていながら相手の動きが見える目を持っている。不意を突かれろと言う方に無理がある。
「スバル!こやつで最後じゃ!」
その時、ソフィアさんが最高の知らせを持って現れた。
やはり『伝説の魔女』と言うならこうでなくては。
少なくとも俺みたいな役立たずに怒鳴られて腰が引けて立てない、なんて言うのは流石に困る。
「って、なんじゃスバル!?その腕は!」
「え?あぁ、話すと長くなるんでまた後で。今はとにかくそこのバカ女を連れてってやって下さい。いると邪魔だし腹も立つんで」
「腹も立つ?こやつはお主の知り合いか?」
「そうですね、ある意味では俺とソフィアさん達が出会うきっかけを作ってくれた奴かもしれません」
それを聞いたソフィアさんは、目を細めながら吟味するようにアルテマを見た。大体のことを察してくれたのか「ほう、お主がなぁ」なんて言っている。
どうだ?アルテマ・ミズーリ。それが本物のソフィア・モルガンだぞ。お前なんかと違ってそもそもオーラが違うんだぞ。かっこいいんだぞ。しかも頼りになるし強いんだぞ。おまけに弟子想いの良い人なんだぞ。
「えっ、えぇ?な、なんでこの役立たずとあのソフィア・モルガン様が喋ってるの?え?どういうこと?あぁ、そっか、これ夢なんだわ、そうよ、そうに決まってるじゃない。でなきゃあんなクズにあたしが……」
もう目の焦点も定まらないまま、うわ言の様に俺を罵倒している。
なんてたくましい女なんだ、アルテマ・ミズーリ。もう怒り通り越して何なら尊敬し始めてるよ。
「なるほど、大体察しは付いた。任せておくのじゃ。こやつもさっさと連れて行こう」
「あ、で、一つお願いなんですけど――」
「――良かろう、任された」
そうして壊れたオルゴールの様にただひたすら「アハハハハハ」と笑い続けるアルテマを伴ってソフィアさんが転移の光に包まれた。
「良かったのか?アダム、追わなくて」
「アレハイツデモコロセル。イマハオマエダ、スバル」
さて、ここからはもう持久戦だ。
俺がばてるのが先かそれとも――。
「さぁ行くぞ!アダム!」
「ウォォォォォォ!」
そこからのことはもう良く覚えていない。
ただただ必死だった。
アダムの動きは分かっていてそれでも尚、圧倒的に速かった。
それに合わせられるだけの速さを体に、それを見切れるだけの感覚を目に。とにかく一進一退の攻防が続いた。
どれだけそうしていただろう、一分かもしれないし、実は十分以上かもしれない。でも終わりは唐突に訪れた。
「スバル!連れて参った!」
「最高です!ソフィアさん!」
俺がソフィアさんに頼んだこと、それは――。
「流石役立たずね、スバル!あんだけ啖呵切ってカッコよく出てった癖に、結局あたしに頼るなんてさ!」
「悪いな!お前がいないとダメみたいだ!」
アリサを連れてきてもらう事。
どれだけ隙を作っても、結局アダムにこれと言う攻撃は当たらない。
なんならその瞬間に転移魔法を使われればそれまでだ。
でもアリサがいればそうはならない。あいつなら信じられる。
「ナニカタクラミゴトカ?」
「あぁ、お前を倒すためのとっておきだよ!」
もう出し惜しみは要らない。余った魔力全部使ってあいつを捉える。
「行けっ!蛇ども!」
水の蛇を一気に放つ!
これは避けきれないはずだ。だから――。
「グゥッ!」
「今だ!アリサ!」
奴は必ず最後に転移魔法に頼る。狙いはその瞬間。
「ったく!人使いが荒いのよ!」
アリサの描く術式がアダムのそれを塗り替えていく。
彼女にはもう魔力を渡してある。まぁにしても渡した量より魔力が随分大きくなっているが。
「ナッ!?」
「チェックメイトだ!」
水の蛇がアダムを飲み込んだ。
ただそれだけでは済まさない。その水を凍らせる。もう逃がさない。
「――!」
「そうなっちまったらもう流石のお前でもどうにもならないだろ。今度こそ本当にこれで終わりだ」
なら答えは簡単だ。奴が耐えられない位にまで範囲を広げればいい。
小さいボールなんてみみっちいことは言わない。手のひらより一回り大きなモノ、そこに限界まで火を封じ込める。
「さぁアダム、これで終わりだ」
小さな光じゃない。
確実にこれで終わらせる。
今の奴はイブが手から離れている。防ぐすべはない。
「
白く光る塊が氷漬けになったアダムへと迫る。
激しく光った。
光は激しい熱の奔流となり、辺り一帯を飲み込んでいく。
「え、ちょっと待って!これっ!」
「スバル!下がるのじゃ!」
予想をはるかに超える爆発。
ソフィアさんが咄嗟に術式を展開する。
「スバル!魔力をよこすのじゃ!」
「お、俺これでももう限界なんですけどォ!」
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