≪第十章―役立たず、託される―≫(後編)

「スバル!前の様子は!?」

「もう確認してる!」


 正直まともな状況ではない。

 誰もかれもが意識を失っている。

 動いているのは――!


「これは、エルダさんか!?」


 アダムが出てくる前と後とで風景があまりにも違いすぎる。まるで天災か何かでもあったかのよう。

 夥しい数の魔物の死体と、それに負けないだけの人の負傷者の山。

 その中で、アダムにソフィアさんとエルダさんとが見合っている。


「良い状況には見えないな。俺達も早く行かなきゃ!」


 そう言った時、アリサがまだ終わってないと言わんがごとく口を開いた。


「まぁそれもそうなんだけどさ。まだ終わってないでしょ?あたしさっきのこと忘れてないんだけど?」


 背中を汗が伝った。

 どうする、まずは謝るか?いやというかいくら何でもそもそも言いすぎだしそこから説明して――。


「――なんてね、良いわよ別に。どう考えたってさっきのあんた変だったし」


 全力で魔法を撃ったせいでどこか毒気が抜かれたのだろうか。それとも、もう一々追及するのがバカバカしくなったのだろうか。

どちらにせよ、レヴィのおかげでさっきに比べれば随分アリサの怒りは収まっているように見える。


「ただ一つ答えて欲しいの」


 その時のアリサの表情は、どこか憑き物が落ちたような表情にも見えた。

 思い出すのはあの日――俺とアリサが初めて出会った日のこと。

俺に命を預ける、そう言ったあの時の表情に被って見える。


「あんた師匠のことどう思ってんの?何で師匠にばっかり……」

「それって、一体……」

「だから!あんたいつも師匠にべったりじゃない!さっきだって師匠に死なれると困るなんて!なんで、なんで……!」


 さっきまであれだけ怒り狂っていたとは思えないほどに、今あのアリサは弱々しい。ふれれば簡単に壊れてしまいそう。


「あーっと、えーっと、それ、答えなきゃダメかな?」


 今のアリサを見ていると、尚の事答えるのが難しく感じてしまう。

 そもそも恥ずかしいったらありゃしない。


「ええ、でなきゃ地獄で呪い殺すわ」


 多分これは言わなきゃダメなんだろうなぁ。

 ったく、こういうこと言うのって男としては嫌なんだけど……仕方ないか。


「わかったよ。一回しか言わないからな。言ったからな」


 もうどうにでもなれ。


「お前の為だよ」

「は?」

「いや、だから……!お、お前の為だって言ってんだよ!あー、二階も言わされた!」


 今絶対顔真っ赤だ。恥ずかしくて顔から火が出そう。

 何が悲しくてこんなこと直接本人に言わなきゃダメなんだよ。

 何の嫌がらせだ、全く。


「いや、ちょっと待って、意味わかんないんだけど。なんで師匠にばっかり気を回してんのがあたしの為なの?いやホント意味わかんない」


 フリとかじゃなく本気で困惑しているアリサ。

 何が悲しくてこんなことを一々本人に説明しなきゃならないんだ。


「あーもう。だってそうだろ?俺には何となくしかわかんないけどさ、お前に取って大事な人なんだろ?ソフィアさんは」

「え?」

「初めてアダムと戦った時、お前ずっとソフィアさんの事気にしてた。さっきだってそうだ。お前ソフィアさんに頼ってもらえないのが悔しいって言ってたじゃないか」

「え?じゃああんたまさか――」

「だからそう言ってんだろ!?俺はお前がソフィアさんをどんなふうに思ってるのかなんて知らないし、お前だってそんな出会って一月の奴に分かってなんて欲しくもないと思う。でも大事に思ってるのだけは俺にだってわかる」


 悔しいけど、あの日から俺はアリサに笑ってだけいて欲しいと思わされてしまっている。それくらいあの笑顔は俺の記憶に鮮烈に焼き付いている。

 だからこそ、そんな笑顔を守る為なら多少無茶してやってもいいかななんて思ってしまう。


「お前は優しいから、きっとソフィアさんに何かあったら真っ先にお前はソフィアさんの為に突っ込んじまうし、ふさぎ込んじまう。俺はそんなお前がどうしても見たくないんだよ、笑ってて欲しいんだよ。あー、言っちまった。これもう明日っからどんな顔すりゃいいだよ。ったく」


 恥ずかしいとかそう言うレベルじゃない。穴があったら入りたいし、ここから今すぐ逃げ出したい。

 でも今逃げたらそれはそれで後からぶん殴られそうだし。こうしている間にもソフィアさん達が……。


「……っ!ばっ、あ、あんたバッカじゃないの!?な、何恥ずかしい事言ってんのよ!あり得ないでしょ!?あーーー恥ずかしい恥ずかしい!幾ら聞かれたからってあんた正直に答えすぎなのよ!」


 愛想でもつかれたのか、思いっきりそっぽを向かれながら罵倒された。今だって何度も何度も「恥ずかしい恥ずかしい」と何度も呟かれている。


「な、なんだよそれ!お前が言えって言ったから言ってやったのに!こ、こっちだって恥ずかいのを我慢して――!」

「もうそういうの良いから早く行きなさいよ!あーもう、ほんっとに恥ずかしい!」


 こいつ……っ!行こうとしたら引き留める癖に!


「分かったよ、行くよ、行けばいいんだろ!?あーもう、こんなことならさっさと向かってれば――」


 そう言って踵を返したその瞬間――。


「――この前のお返し。絶対、絶対に帰ってきなさい。もちろん師匠とエルダさんも一緒によ?何があっても死んだら許さない。もし死んだりなんかしたら一生地獄で呪うわ。だから帰ってきなさい」


 そう言って後ろから抱きしめられた。


「ア、アリサさんっ!?なっ、何をなさっているので!?」

「こ、この前のお返しだって言ってんでしょ!?耳になんか詰まってんじゃないの!?」


 相変わらず物言いには棘しかないが、ここまでされたら嫌でも死ねなくなった。

 にしたってお返しって……。ったく最高だ。


「……ありがとうアリサ。約束するよ、絶対にあいつぶっ飛ばして帰ってくる。絶対に二人も連れて帰ってくる」

「当たり前でしょ。あたしがここまでやってやってんのに、死んだりなんて許されるわけないじゃない。バカじゃないの?」


 今のこれ背中からで良かった。

もし前からこうされていたら今の顔見られちまうってことだろ。そんなのは悔しすぎる。


「うん、俺バカかもしんない。行ってくる」

「……行ってらっしゃい」


 今頭にあるのは『魔力の大きさは魔力量に感情が比例して強くなる』ってこと。

 なんだろう、負ける気がしない。

 アダムの強さは分かっている。それを踏まえても尚、不安一つ感じない。

俺は勇者じゃないし、多分なれもしない。

でも助けたい。

 ただ助けたい。

 一人の女の子の為に千人を見殺しにしようとした奴だ。勇者なんて柄じゃない。

 でも助ける。

 ただ助ける。

 アリサの笑っている顔がまた見たい。

 だから助ける。そう決めた。




「――ハアアァァァァァァッ!」


 アダムが極大の魔法を放つ。


「ソフィー合わせろ!」

「任せるぞエルダ!」


 それと同等の魔法が二人から放たれる。

 二つの魔法がぶつかるその瞬間、それら二つを飲み込む別の魔法によってそれは完全に不発に終わった。


「ごめんなさい。言いつけ破って前出てきちゃいました。で、悪いんですけど二人とも後は他の小さい魔物の相手をしつつケガ人を安全な場所に転移させてやってください。こいつは俺が倒します」

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