≪第十章―役立たず、託される―≫(中編)

「何?役立たずと離すことなんてないんだけど」

「確かにお前の言う通りだよ」

「えっ?」

「お前の言う通りだって言ったんだ。そこで捕まってるのがお前の師匠だったら、ソフィアさんだったら多分こうはなってなかっただろうな」


 彼女はいつもそうだ。ソフィアさんの優しさにどこか素直になれないでいる。

 そのせいでいつも「期待されていない」なんて思ってしまっている。


「むしろそれこそ魔法使ってパーってどこかに逃げられてただろうし間違いなくその方がよかったよ」

「な、あんた、何を……!」

「あ、そうそう。それとさっきのセリフ。『師匠だったら、きっとあんたは最後まで聞いてくれてたのよね』だったよな?当たり前だろ?誰と比べてんだっての。お前自分のこと何だと思ってんの?調子乗りすぎ」

「あら~、スバル君って結構言うんだね~。敵の僕に言えた口じゃないけどこう言うときって普通もうちょっと優しい言葉とか掛けるんじゃないかって思ったよ。君も結構良い性格してるじゃん」


 勝手に言ってろ仮面女。

 こちとら心にもないこと言いまくって逆に涙でそうなんだよ。

 でもこれで良いだろ、アリサ。プライドの高いお前なら。俺なんかがソフィアさんに期待されてるのが悔しくてたまらないお前なら。きっと——。


「あ、あああ、あんた、あんた言うに事欠いて……!あんたってば……!」


 そうだ、お前ならきっとそうなってくれるって信じてた。

 あー、でもまぁ代わりに間違いなく死んだわ俺。


「この役立たずの最低男ーーーっ!」


 途端、アリサから爆発的な魔力が溢れだした。

 これが全部俺への怒りで出来ているのだから、もう折檻とかそう言うのでは済まないだろう。


「えっ!?ちょっと、何!?えぇっ!?」


 たまらず仮面女がアリサから飛び退いた。

 『魔力の大きさは魔力量に感情が比例して大きくなる』。人一倍感情の起伏が激しいアリサだ。その上昇幅は計り知れない。そこにひたすらバレないように魔力を送り続けていた。母数も魔力の大きさも想像を絶する。


「あんた、あんたねぇ……!人が、人がどんだけ……!それをあんた何が『お前自分のこと何だと思ってんの?』よ!調子乗ってんじゃないわよ!あー、もう良いわ、言い訳とか要らないから。あんたはあたしが殺すわ」

「ア、アリサ!と、とりあえずそこの仮面の女をどうにかしないか!?な!?」


 でなければわざわざ煽った意味がなくなる。

 俺だけでは死ねない。


「えっ、ちょっ、ちょっと待ってよ!こんなの僕に処理させるの!?分かってる!?僕これでもちゃんと女の子だよ!?ねぇ!それに煽ったのは君でしょ!?僕痛いのも怖いのもやだよ!?」


 もしもまだ少しでもアリサに理性が残っているならまずはそこにいる仮面の女をどうにかしてくれるはず。てかもうそうじゃないと確実に俺だけが死ぬ。

 仮面の女には悪いが元はと言えばこいつが悪い。こいつのせいで俺はアリサに殺されるんだ。死なばもろともという奴。

 恐らくこの女も仮面取ったらきっと可愛い子なのだろう。だから仮面してくれていてよかった。憐れに思う気持ちが最低限で済む。


「そうね。えぇ、スバル。あんたの意見を認めるわ。まずはこいつを消しましょう。えぇ、そうしましょう」


 見ようとしてなんていないのに、見えてはならないものが見える。これはそう、名前をつけるなら「殺意」。

 あまりにも雰囲気ありすぎてアリサが輝いて見えた。


「じょ、冗談じゃない!僕はこんなところでやられるのはごめんだよ!さっさと転移で——ってあれ!?転移できない!?」

「当たり前でしょ?転移なんてさせるもんですか。あたしを何だと思ってんの?伝説の魔女ソフィア・モルガンからその才能を認められた超一流の彫金師よ。魔法発動の術式なんて魔力さえあればいくらでも書き換えられんのよ。あたしから逃げたきゃ書き換えられないくらい複雑で高度な魔法でも使って見せなさい」


 あー、そう言うことも出来るのね。

 つまりここまでアリサを怒らせた時点でよほどアリサと魔力の大きさに差がない限り逃げきるのも不可能、と。覚えておこう。

 役に立つかは知らないが。


「恨むなら自分の不運と女に擦り付けようとしたあそこのバカを恨むのね」


 宙に無数の術式が浮かび上がる。

 その全てが見事としか言い様のない計算され尽くした緻密な術式。エネルギー効率、魔力伝導率、魔力許容限界、どれを取っても素人目ですら別格だとわかる。


「行くわよ。歯ァ食い縛りなさいっ!」

「い、いや!痛いのやぁ!いやだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「地獄で呪われろぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 火、水、雷、風、土の同時複合魔法。

 その威力は、あの日イフリートを焼ききった魔法と比べても何ら遜色ない爪痕を大地に残したのであった。


「はぁ、はぁ、全く。嫌になるわね」


 と、のたまうたった今大地を地形を変えてしまわれたアリサ・リオール殿。

 ここまでのことにはならないだろうけど、アリサを怒らせるとこうなっても仕方がないと言うことだ。覚えておこう。


「あ、あの……。い、嫌になる、とは?」

「上よ」


 アリサがそう言って顎をしゃくった。


「な、なんで!?」

「あたしが魔法撃つのに必死になってる間に転移したんでしょ。まぁそれにしたって驚きだけど」


 そこには全身傷だらけの仮面の女がいた。


「嫌になるのはこっちだよ。僕今回戦う気なんてなかったのに。と言うか君もちょっとくらい手加減してくれても良くない?女の子同士でしょ?」


 傷だらけのくせに口だけは随分と達者である。

 肩で息をしてはいるものの余裕の態度は全く崩れていない。


「あら、ごめんなさい。あんたがあんまり自信に溢れてるもんだからつい、ね。力が入っちゃったのかもしれないわ」


 こっわ、なにこの状況。

 二人とも何でこうハイレベルに余裕崩さず煽り合戦できるの?


「今日はスバル君に用があったんだけどそれは失敗だねぇ、参っちゃたなぁ。まぁでも面白いものも見れたしこれはこれで結果オーライかな」

「強がってんじゃないわよ。手ごたえはあったわ。流石に無事じゃないでしょ」


 アリサが仮面の女に敵意をむき出しにしているのがはっきりとわかる。

 対して当の本人はまるで意にも介していない。


「そうだな、まぁ今日の所は僕の負けでいいや。実際こうなっちゃうともうすぐに巻き返すのは難しそうだし」


 そう言って転移魔法と思われる術式を描いていく。


「待ちなさい!逃げられると思ってんの!?」


 即座にそれを書き換えようとアリサが魔力を放つ。

 しかし、それはかなわない。


「それは流石にちょっと僕を侮りすぎ。えーと、君は……」

「アリサ、アリサ・リオールよ。覚えときなさい」

「アリサか、良い名前だねぇ。なら僕も名乗っておこうかな。僕はレヴィアタン、長いからレヴィでいいよ。よろしくね、アリサ」

「えぇよろしく、レヴィ」

「気づいていると思うけど、さっきのは君が一時的に僕の魔力を上回ったからできたことだよ。正直そんなことになるとは考えてもなかったんだけどね。でも僕多分アダムと同じくらいは魔力があるから舐められるのも困るしさ。一応言っとくね」


 え?今あいつなんて言ったんだ?

 『アダムと同じくらいは魔力がある』だって?冗談もいい加減にしてくれ。こいつらを創ったらしい先代魔王ってのはホントに何を考えてんだよ。

 あんな化け物を二体も生み出すなんてどうかしている。

 アダム一体ですらどうしようもないって言うのに。


「つまりさっきのあたしならアダムともやれたって訳ね」

「そうだなぁ、魔力比べだけなら大丈夫だと思うけど。まぁでもアダムは僕と違って賢いしそもそもオークだから好戦的だしで同じことにはならなかったとは思うかな」


 仮面の女――レヴィはそう言って俺たちを見下ろしている。

 あれだけボロボロになっても、やはりそのどこかに余裕のある態度は彼女がアダムと同等の強さを持っている証明だろう。


「ここまで頑張ってくれたアリサに免じて一つ忠告をしてあげよう。君の師匠、ソフィアさんね。アダムに殺しておくよう頼んだから早く助けに行かないとマズイと思うな。彼はあれで言われたことには忠実なタイプだからさ」

「え――それって、って待ちなさい!レヴィ!」


 そう言い残し、「じゃあねぇ」とだけ言ってから彼女は消え

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る