≪第十章―役立たず、託される―≫(前編)

「――この子、殺しちゃうよ♪」

「スッ、スバルッ……!助けッ……!」

「って言ってるよ~スバル君。どうするぅ~?」

「てめぇッ!」


 これだから転移魔法って奴は!


「いやぁ~。予想外だったなぁ。いざ来てみると案外拮抗しててさ。アダムが指揮を執っていてそうはならないはずなのに実際こんなことになってるんだもん。ただ魔力が多いだけかと思って油断してたけど案外やるじゃん」


 やはり女は調子を崩さない。

 それは、まるでへばりつく敵意だけが向けられているような、そんな感覚。


「ほんとはさ、僕が来る頃にはもう戦いが終わっててさ、僕も目的だけ達成しておさらばって考えてたんだけど。そうはなってなくて、困っちゃうよね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!そもそもお前の言ってるのは俺の魔法のことだろ!?俺はそれをやめられないんだよ!やろうとして魔力を兵士達に渡してるわけじゃない!」

「はぁ?何それどういう意味?」


 初めて女の声色が変わった。

 いかにもこいつ何を言っているんだとでも言いたそうな声。


「お、俺よくわかんないけどずっとそういう魔法を使い続けてるらしいんだ!できるのは範囲や出力を変えることだけ!だからやめろって言われてもどうすれば良いかわからないんだ!」


 なんなら俺がこの魔法を止める方法を教えて欲しいくらい。やめろと言われてそうできるなら今日までこんな苦労をしていない。

 そんな時、前線に異変が起こった。


「なっ、これは……アダム!?」


 ついに奴が戦場に現れた。

 よりにもよってこんな時に——いや、多分こんな時だからだ。俺にこの魔法をやめさせた上で、アダム自ら戦闘に参加して一気に戦いを終わらせようとしている。


「ふーん、君そう言うこともできるんだ。だったら尚更それやめて貰わないと困るな」

「ガハッ!?スバ……ル……」

「や、やめろ!やめてくれ!」


 アリサを絞める力がさっきより強くなっている。

 もし俺がここで意図的に魔力を送るのをやめればどうなる?範囲を限定することをやめればどうなる?そんなのは火を見るより明らか。

 アリサは助かるかもしれない。だけど今戦っている兵士や魔導師達は確実に死ぬ。ソフィアさんでもどうにもならないような奴だ。もうどうにもならない。

 そんなことはわかっている。

 でも、俺は……!


「って、これは、ソフィアさんにエルダさん!?足止めならダメだ!そいつは!」

「ふーん、あの女も来たんだ。だったら余計に邪魔して欲しくないな。あの女には個人的な借りもあるしね」


 アリサが苦悶の表情でこちらを見ている。もうダメだ。これ以上耐えられない。


「わ、わかった!魔法自体を止めることはできないけど出力を変えることはできる!だからそれでアリサを離してやってくれ……!頼む!」


 俺はアリサを助けたい、例えそれが間違っているとわかっていても。

 俺にこの魔法を気づかせてくれたのはアリサだ。

 あの時、あの場所で出会ってなかったらきっと俺は本当の意味でただの『役立たず』のままだった。

 今頃村について何かをするでもなく、形だけ謝って村でのうのうと生きていく。そんな日々。

 それを変えてくれたのがアリサなんだ。

 すぐに手が出るし、すぐに怒るし、すぐに魔法撃つし、すぐに泣くし、わがままだし。話は聞かないし。

 でも笑ったらすごくかわいくて、危なかっしくて、目が離せなくて、俺なんかを信じてくれる。

 そんな子を見殺しになんて、俺にはできない。


「スバル君も大変だね~。過剰で不釣り合いな力を持っちゃうとさ。まぁでも良いよ。離したげる。でも順番が違うかな。先に君の魔法が解けたのを確認してからだ」


 目を閉じればありありと浮かんでくる。

 阿鼻叫喚、とはまさにこの事だ。こんなのは戦いじゃない。ただの蹂躙。

 それでも、なんとか立ち上がる者がいるのは自惚れなんかじゃなく俺の魔法の力なんだ。つまり俺がこれをやめたら間違いなく彼らは——。


「なにっ……考え、てんの!バカなこと、やめなさいよ……!」

「ア、アリサ!?」

「わかっ……てんでしょ!あん、たが……それをやめたら、戦場に出てる人達が……どうなるか——ひぐぅっ!?」

「ねぇ、君今の状況分かってる?君今さ、僕に殺されそうになってるんだよ?ちょっとは状況考えてたら?」

「やめろ、やめてくれ……!」


 もういい、今すぐ出力を下げて——!


「これ、が……!今ここにいるのが師匠だったら……あんたに迷惑、掛けずに……済んだのにね……」

「お前、またそんな——!」


 何でまたそんなことを。そう思った。

 また彼女は涙を流している。


「ねぇ~、もういい~?僕もう待ってるの飽きちゃったんだけど~?」

「ちょっと待ってくれ!少しで良い、アリサと話をさせてくれ」


 そうだ、もしも。もしも彼女がそれで涙を流しているんだとしたら、きっと。


「んー、まぁいいよ。向こうは向こうでアダムが出てきて実際どうにもならなくなってるみたいだし。でもちょっとだけね?」

「ありがとう」


 そう言って、女はアリサを絞める腕の力を少し弱めた。


「なぁ、アリサ」


 先に謝っとくよ。アリサ、ごめん。

 今度こそ殺されるかもしれないけど俺は……!




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