≪第九章―役立たず、雑用する―≫(後編)
「―――しっかしまぁ平和なもんだよな」
前線から遠く離れたテントの中、俺は何となくそんなことを言った。
「何言ってんのよ。今あんたの元同僚たちが必死になって戦ってんのよ?」
「そりゃ、そうなんだけどさ」
何といっても、この戦線を維持しているのは自慢じゃないが多分俺の魔法。
ソフィアさんの鼓舞を受け、とんでもない効果を発揮してはいるが俺の力であることに変わりはない。
だから戦いが行われている実感もあるし、もちろん俺なんかに命が掛かっているという実感もありはするのだがどこか現実味がない。
「良いじゃない、別に。今一番働いてんのは間違いなくあんたよ。前出ていたずらに魔法振り回すだけが戦いじゃないわ」
「そりゃそうなんだけどさ……」
魔力は減っていっている。これは間違いない。
それに加えて、意図的に魔力を渡そうとして初めて気が付いたが、この魔法にはもう一つできることがあったらしい。それは「この魔法に影響を受けている相手の位置や数、なんなら状況や感覚だって手に取るようにわかる」というものである。
実際すべて把握なんてできようもないし、したくもない。分かるだけでその情報を処理できることもありはしない。だがそれが今の俺の感覚に拍車をかけていた。
「なんていうか、多分俺の魔法のせいだけど変なんだ」
「変?あんたが変なのなんていつも通りでしょ」
「いや、そうだけどそうじゃなくてさ――」
アリサにそのことをなるべく分かりやすく伝えたのだが、聞いている間中ひたすら興味なさそうだったのが地味に堪えた。
「あんたの魔法もほんととんでもないわね。それができるならあんたいよいよ前に立つべきじゃないじゃない」
「いやだから――」
「分かってるわよ。その風景が浮かんできてなおさら現実味がない、とか言いたいんでしょ。どうせ」
ばっちりと言い当てられる。適格すぎてもはや何も言い返すこともない。
ただただ今の状況との乖離があまりにも大きすぎた。
意識を集中すればするだけはっきりと浮かんでくる。薬莢の香り、血の臭い、死の感覚、魔物の姿、そして喧騒。
ただでさえなれない状況。にもかかわらずそれを今一番支えているのが俺だと言う。そんなこと受け入れろと言う方に無理がある。
「ホント意味のないことをうじうじと……。何度も言わせんじゃないわよ。別にいいでしょ、あんたに実感があろうとなかろうと誰も気にしてないんだから。特に今はあんたじゃなくて師匠がやってることになってんだし」
「またお前俺が気にしてることをずけずけと……。集中きれて魔力の分配間違えたらどうすんだよ」
アリサは本当にこう、もっと柔らかい言葉で伝えるってことをしてくれてもいいんじゃないかと思う。
これでもさっき王様にあって若干トラウマが蘇ったりしているわけで。
アリサやソフィアさんが庇ってくれなきゃ多分今頃悠長にこんなことできる精神状態ではなかったはず。
まぁあの時は実際死ぬほど嬉しかったんだけど。
「実際できてんだしそれでいいでしょ。それに――」
それに、と言ったっきり黙り込んでしまうアリサ。
妙に顔を紅くして、何だかこう普段のはつらつとした美しさとは全く違う、あどけなさが残る美しさを持っていた。
あぁ、ダメだ。アリサにはこういう本人の危うさからくる抗い難い魔性とも言うべき魅力がある。目が離せない。
「あたし好きなの。あんたが誰かの為に頑張ってる横顔。悔しいけどね」
「――あ!ごめん、ちょっと待ってくれ!あれは、ブラックドッグ!?ったく!伝説の魔女様のお墨付きだからって調子に乗ってんじゃねぇよ!」
前線に立つ兵士の一団が、獣型の魔物によって一気に崩されていくのが分かった。大方オーク以外の魔物は大していつもと変わらないからと侮ったのだろう。
これならどんな魔物にも必要以上にビビりまくっている俺の方が遥かにマシ。
「ったく、周りの奴らは何をやってんだ!くそっ!」
被害が広がる前に魔力の配分を変える。もっと前線で支持さえ出せれば、きっとこんなことには。
そう思っていると、アリサが今にも泣きだしそうな顔で俺を見ているのに気が付いた。
「あっ、ごめんアリサ。ちょっといきなり叫んじゃって……」
「…………っ!」
そう聞くと、アリサの顔がみるみるうちに紅く染まっていった。
あぁ、これ聞いちゃまずかった奴だ。
マズイ、どうにかしてこの場を収めないと千人もの兵士の命が――、なんて考えていたがそうはならなかった。
「――ってこのバカ!何でもないわよ!いいからさっさと続けなさい!この役立たず!何なのよ。あーもう、ほんっと信じらんない」
「ご、ごめんアリサ!悪かった!後で幾らでも殴られてやるから今だけは――ってあれ殴らないのか?」
「やんないわよ。あんたあたしのことなんだと思ってんの?そこまであたしだってバカじゃないわ」
と言って、アリサはまたそっぽを向いてしまう。
何と言うか肩透かしを食らった気分。
らしくない。そんな気がする。
「でもこれが――」
その時のアリサは笑っていた。
なのに、俺には今まで見たどの瞬間の彼女より儚くて、弱々しく見えた。
「――え、それって」
彼女の一言が俺に届いたと同時に、その影はそこに現れた。
そいつは見覚えのある仮面をつけている。
この仮面、忘れられるはずもない。
「お取込み中悪いねー、スバル君。それ、やめてくれないとさ――」
「うぅっ!ぐぅっ!」
「やめろ、アリサを離せ!」
現れたと同時、奴はアリサを裸絞にした。
クソッ……。俺がろくに魔法を使えないせいだ。そのせいでまたアリサを危険に晒しちまった。何をやってんだ、俺は。
これじゃアリサを守るなんて、とてもッ……!
「――この子、殺しちゃうよ♪」
どこまでも楽しそうに、まるで無邪気な少年のように、奴はそう言った。
仮面の下は見えないが、そいつは笑っているようにみえた、不気味なほどに眩しく。
どうすればいい、考えろ。何とかして見せろ、この役立たず。
人質を取られた俺は、酷く無力だった。
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