≪第九章―役立たず、雑用する―≫(中編)

「済まない、待たせたね。アザルース殿」


 王宮の一室、部屋の真ん中に構えた人物にエルダがそう声を掛けた。

 彼はアザルース八世。この国の王。


「おぉ!お待ちしておりましたぞ!エルダ殿!それでその隣におられるのがかの有名な伝説の魔女殿!」

「あぁ、彼女がソフィア・モルガンだ」


 エルダがそう紹介すると、王やその周りに集っていた貴族たちから「おぉ!彼女が!」「これで王都も安泰だ!」と安堵の声が次々に上がった。

 しかし、王はその後ろに見覚えのある影を見つける。


「しかしエルダ殿。あなたを疑うわけではありませんがどうしてあなたの後ろにその男がいるのですかな?スバル・スコットランド。そやつにはもう二度と顔を見せるなと言っておいたはずなのですが」

「あ、あはははー。ど、どうも」


 ひたすら気まずそうにしているスバルであった。

 何だかんだ、彼が王都を出てからまだ一月。一年間染みついた「役立たず」根性が抜けきっているわけでは決してない。


「アザルース殿、この男をご存じなのですか?」

「えぇ、忘れられるものなら忘れたい男ですがな。よくもおめおめと顔を出せたものよ。この役立たずが」

「……っ!」


 スバルの肩が震えていた。

 悔しくてたまらなかったが今の彼に言い返す力はない。それに言い返したとしても何も始まらない。


「申し訳ないのですがエルダ殿、そやつを今すぐここから――」

「あんたさっきから聞いてれば!」

「やめるのじゃアリサ」


 王様に食ってかかろうとしたアリサをソフィアが制する。


「陛下、私の弟子の不始末。私の名に免じて許してやっては頂けませんでしょうか。もちろん魔物から王都は守って見せましょう」

「まぁ伝説の魔女殿がそう仰るなら……」


 王がそう矛を収めようとした時、ソフィアは「ただ」と言ってこう続けた。


「ここにいるスバル・スコットランドもまた私の弟子にあたる者。どうか今のセリフ、撤回して頂きたいのですが」

「えっ!?ソ、ソフィアさん!?」

「しっ、ここはワシに合わせるのじゃ」


 そのセリフにスバルは勿論驚いた。しかしそれ以上に驚いていたのは王都の上層部や王本人。


「……大変失礼ですがソフィア・モルガン殿。あなた程の方を疑うわけではございませんがその者は役立たずのオーク一匹倒せぬ男でございます。そのような者を弟子とはあなたの目や腕、そしてもちろん名を傷つけることになりますぞ」

「ではそのお言葉、そっくりそのままお返し致しましょう。この男の才を見抜けなかったこと、今回のことで必ずや後悔することになるかと」

「なっ!ソフィー!君があの男の為に汚れ役を買ってやる事なんて!」

「奴には弟子を二度助けて貰った恩がある。この程度は安いモノじゃ」


 王の物言いに感じるモノがあったのはなにもアリサだけではない。ソフィアもまた同じように感じるところがあったのである。


「ふん、ではせいぜい見せてもらうとしましょうか。その役立たずに何かできるとは思えませんがな!」


 王がそう言うと部屋中の貴族達は「違いない!」と声を上げ、続いて大声で笑うものすら現れた。


「ソフィー、君は……」

「済まぬ、エルダ。しかしワシにも通さねばならぬ義理があるのじゃ」

「まぁ期待しないで待っておきましょう。我らはあの魔物どもさえどうにかなればそれで構いませんからな!」


 その一声に続いて貴族たちも一斉に「ハハハハハ」と声を抑えずに笑い始める。

 当のスバルはと言うとただただあっけに取られていた。それと同時に、どうして俺なんかのためにとも感じていた。

 別に俺がただ我慢すれば良い。それだけのはずだ、と。


「スバル。お主がどのようなに扱われていたかはあえて聞かぬ。じゃがお主の力に気づけなかったのは奴らの方じゃ。胸を張れ」

「ソフィアさん……」


 スバルは果たしてその期待に応えられるだろうか、とそればかりを考えていた。

 それに王都の者たちは勿論、エルダもまたソフィアがそこまでして守るほどの者かといぶかしんでもいる。


「はぁ。ソフィー、君には本当に驚かされる。これで王都に直接被害が出たら私たちの立場も危ういぞ?」

「構わぬ。守り切ればよいのじゃろ?」

「全く、君と言うやつは」


 ただそれ以上にエルダはソフィアを信じていた。

スバルのことなど信じられはしないが、ソフィアが信じると言うならエルダもまたそれを信じる彼女を信じる覚悟がある。


「では皆の下へ行こうか。ここにこれ以上いても仕方がない」


 そうして再び転移。今度はどこかのテント――王都を守っている兵士たちの最終防衛ライン兼簡易の治療室の中へと跳んだ。

 戦場特有の雰囲気がそこら中に立ち込めていた。

 しかしエルダやソフィアは慣れたもので、呆然とするスバルとアリサをよそにそそくさと行動に移していく。


「済まない、指揮官はいるか」

「――ん?お、おぉ!エルダ殿!陛下から話は聞いております!ではこれで我らも攻勢に出られるというわけですな!」

「あぁ、だがその前にこちらの状況を改めて聞かせて欲しい」

「かしこまりました。では――」


 こうして、今転移魔法で送られてきている魔物の種類、位置、前線の様子、負傷者の数、残っている戦力、様々な情報が共有された。


「なるほど。ではまだ状況はそこまで大きく動いてはいない、と」

「はい。ただお恥ずかしい限りですが、エルダ殿達から派遣して頂いている魔法使いたちのおかげでなんとか持ち堪えている状況でして。特に組織的な動きを徹底しているオーク共に対しては宮廷魔導師一個小隊を当てさせられており、魔法を使わない兵士達では足止めすらできておらず……」


 組織的な動きを取るオーク。スバルは何とか一人でそれらを撃退したが、その実それはかなりの偉業なのであった。

特にスバルと違い「オークごとき」と舐めてかかっていた王都の兵士たちにとって、それは正しく寝耳に水。戦闘開始直後は、それだけで大きく戦線を後退させられるほどの打撃を受けていたのである。


「なれば残った未だ出撃しておらぬ兵力をここへ集めよ」


 話を聞いていたソフィアが指揮官の男にそう言った。


「し、失礼ですが貴方様は?」

「ワシはソフィア・モルガン。名前くらいは知っておろう?」

「な、なんと!?」


 そこにいた兵士たちは途端に色めき立った。王からはエルダと言う腕利きの魔法使いがさらに仲間を連れてやってくる。と言うことしか聞いていなかったのである。

 しかしその仲間がかの伝説の魔女となれば驚きもする。


「いやはや、まさかが我らに味方してくれるとは……。これは此度の戦は勝ったも同然ですな!」


 国の窮地に、救援へおとずれたのがおとぎ話の中の人物であればこうもなろう。

 とにかく兵士たちは大いに喜んだ。


「や、やっぱすげぇな。お前の師匠」

「当たり前でしょ?何寝ぼけたこと言ってんの?地獄で呪うわよ」


 スバルはと言うと、ただただあっけに取られていた。

別に侮っていたわけではない。ただ伝説の魔女の伝説たる姿を目の当たりにするとまた違った感慨深さを感じていたのである。


「世辞は良い。早く兵力を集めよ。まずは兵たちの士気を上げたい」

「かしこまりました。ソフィア・モルガン様から直接の鼓舞ともなれば皆嫌でも全力を振るいましょうぞ!」


 そうして残存兵力や、負傷しはしたがまだ動ける者等々がテントの前に集められた。

 そこら中で「伝説の魔女」、「あのソフィア・モルガン」という単語が飛び交い、戦闘中とは思えない盛り上がりを見せている。

 そんな中、ただ一人だけ半目で事の成り行きを見守っている者がいた。


「あんたなんて顔してんの」

「いや、さっき俺ソフィアさんに言われたんだ。『ワシが合図を送ったと同時にお主の魔法を使ってくれ』って。俺はてっきり戦いの中の切り札的なことかと思ってたんだけど多分これは……」

「魔力のタンクでしょうね」


 スバルである。

 それはもうアリサが一目見てわかるくらいに何もかもを諦めていそうな顔をしていた。


「だよなぁ」

「まぁ良いじゃない。あんたの魔法ではあるんだし」

「そりゃそうだけど」


 そんな二人を他所に兵士たちは続々と集まり、今ではかなりの数になっていた。


「ソフィア・モルガン様、兵士たちの準備整いました」

「ありがとう」


 そう言って、ソフィアは集まった兵士たちの前に躍り出た。

 伝説の魔女の登場に兵士たちが一斉にざわつき始める。


「皆のもの、良く聞いて欲しい。まずは私の力を疑うものやそもそも本当にかのソフィア・モルガンなのかと疑うものがいるだろう故に――!」


 そう言ってソフィアが手を上げた。つまりそう言うことである。


「多分今よ、スバル」

「分かってるよ!」


 スバルは可能な限り、集まった兵士達を覆い隠す程度の円を頭で描き魔力を高めていく。かつて彼を役立たずと罵った顔がいくつもあった。それでも彼は魔力を止めなかった、今できることをやろうと決めていたから。


「これで私の力の証明としたい」


 大地が光り輝き、兵士たちの体にかつて感じた事のない程の魔力が流れ込んでいく。ソフィアの目的はここにあった。


「う、うぅぅぅ……!うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 地鳴りのような歓声が辺りを埋め尽くしていく。


「す、すげぇ!これが伝説の魔女の力か!」

「な、なんてこった!傷が見る見るうちに治っていきやがる!」

「ソフィア・モルガン万歳!ソフィア・モルガン万歳!」


 ついに万歳の声が兵士たちに上がるほどである。

 ソフィアの作戦は完全に決まったと言ってよかった。


「すごいじゃないかソフィー。いつの間にこれほどの魔力と魔法を?」

「後で話すがこれはワシの魔法ではないのじゃ」


 エルダはいぶかしんだが、鳴りやまない万歳の声にいったんそこで言葉を止めた。


「皆の者、聞くがよい!私はこれから貴殿らに今と同じように力を分け与え続ける!故に恐れるな!このことを前線の者にも伝えよ!勝利は我らにある!」


 ソフィアの一挙手一投足に兵士たちは酔いしれた。

 これが伝説の魔女の力だ、我らには伝説の魔女が付いている。その事実が実際に与えられた力以上に彼らを鼓舞していた。


「すごいじゃない、あんた」

「でもこれ俺がやって同じようになったと思うか」

「ならないわね」


 鳴りやまない万歳の声の中、二人だけがそれを一歩引いて眺めていたのであった。




「――いやはや流石ソフィア・モルガン様ですな!これで兵士たちも再び戦えますわい!」

「良い、これもワシの仕事じゃ。それに今のはワシの力ではない」

「はて、と、申しますと?」

「ワシの弟子であるスバル・スコットランドという男の魔法じゃ」

「なんと!お弟子様の!つまりソフィア・モルガン様は更に大きい魔法を隠しておられると!そういうわけですな!」


 こういう時、人はより良い方向にことを捉えがちであるが、現場の指揮官である彼にしても同じことであった。

 まさかその弟子と言うのが王宮では役立たずなどとバカにされていたものだとは夢にも思っていないし、その弟子の魔法が現状魔物――引いてはアダムに対抗できる唯一の力だなどとは到底考え付きもしないのである。


「ワシ達はこのままここで後方支援を行いつつ、必要があれば適宜前線に赴きたいと考えているのじゃが。良いだろうか?もちろんその間にも弟子の魔法は使わせ続ける」

「はい!ですがこの魔法の効果は――」

「あぁ、ワシの。伝説の魔女ソフィア・モルガンの魔法だと言って皆には聞かせてやってくれ」

「かしこまりました。いやはや、流石おとぎ話にも名を連ねられたお方は違いますな!これは百人力どころか千人、いや万人力でございましょう!」


 そう言って彼も自分の持ち場へと戻っていった。なんとも調子のいい指揮官である。

 しかし、ソフィアが与えた鼓舞は彼がこうなってしまうのも仕方がない程に兵士たちを奮い立たせた。それこそが正にソフィアの考えていた『作戦』でもある。


「聞かせて貰おうか。あれはどういうことなの?それにそれがスバル君の魔法だっていうじゃないか」

「そうじゃな――」


 そうして、ソフィアはスバルの魔法と魔力についてエルダに話した。


「本当にそんな魔法が?それにそんな魔力量……。とても信じられない」

「だが本当じゃ。だからこそ奴はアダムを一度追い返しておる」


 エルダは、ソフィアがこんな時にわざわざ嘘をつくようなタイプではないと知っていた。

 それにソフィアを疑うことができないのは勿論、今実際に見せつけられてしまった現実をどうしても疑うこともまたできなかったのである。


「つまり彼を守ることが……」

「あぁ、今回の作戦の肝になるの」


 この時点でスバルは自分が期待されていたのは前線で華々しく戦うことではないのだと気が付いた。

 言いたいことがなかったではないだろう。だがそんな彼の気持ちを知ってか知らずか、ソフィアがこんなことを言った。


「さっきあそこにいた者たちを見たか。あやつらはもちろん、この戦いに関わっている全ての者――ざっと千人超の生死を握っておるのはお主じゃ、スバル」


 それは十分すぎるセリフだった、スバルを後ろに引っ込めるという意味では。

 彼は流されやすいタイプだ。

 だからこんな言い方をされればついその気になってしまうのである。


「スバル、改めて頼みたい。今回の作戦の要はお主じゃ。引き受けてくれるかの?」


 ずるいな全くもう。なんてことをスバルは思った。

 だからソフィアにこう言い返す。


「でも、やばそうなら勝手に前に出ますよ?俺、ソフィアさんに死なれると困るんで」

「ふっ、生意気言いおって」


 ちなみに、この話を聞いている間ずっと笑顔を崩さなかった者が二人いた。アリサとエルダである。

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