≪第九章―役立たず、雑用する―≫(前編)
「はぁ。で、なんで俺はこんなことしてるんだろうな」
ここは今回『王都防衛戦』と呼ばれることとなった、書いて時の通り迫りくる魔物から王都を守る戦いの最終防衛ラインのそのまた後方である。
そこで俺はひたすら魔力を今作戦に参加している全ての魔法使い、それ以外の一般兵士達に送り続けていた。
「仕方ないでしょ。あんたは今回の作戦の要なんだし。ていうかそもそもあんたの持ってる魔法からして前線にでてバリバリ戦うような能力じゃないでしょ。ちょっとは頭使いなさいよ」
と、俺とは違う目的で同じ場所に居合わせたアリサが言った。
言いたいことは分かるし、俺よりも賢いソフィアさんやエルダさんがこうだと判断したならきっとそれが正しい。
実際味方の士気はさっきのソフィアさんの号令で大きく上がった。
「でもさ!ソフィアさんから『スバル、お主は今回の作戦の要じゃ。期待しておるぞ』なんて言われたら、ちょっとくらい!」
「何?あんたを王都から追い出した奴らのこと見返してやろうとかそんなこと考えてたりした?」
「そ、それは……」
図星だ。
正直、不謹慎なのはわかっているが王都が狙われている、それももしかするとアダムが出てくるかもしれない。そう考えると俺を『役立たず』呼ばわりしたあいつらに吠え面をかかせてやれるかもしれない。そうだと思って内心では喜んでさえいた。
「あれだけ無駄に張り切ってたのはやっぱりそう言うことだったのね。だったらはっきり言っとくわ。止めときなさい、それあんたのキャラじゃないから」
「どういう事だよ、キャラじゃないって」
「そのまんまの意味よ。あんたみたいなお節介焼きが『見返す』なんて似合わないって言ってんの」
そこまで言われるとつい言い返したくもなった。だけど今は余りそうもしていられない。今の俺には千人以上の人の命が掛かっている。
この作戦の被害を最小限にできるのは俺の魔法。
「まだわかんない?そう言うとこでしょ。あんた優しすぎんのよ」
俺の内心を見透かしたように彼女はそうぶっきらぼうに言った。でも、それを言うなら彼女も多分似たようなものだと俺は思う。
だから、今度は言い返そうとは思わなかった。
「おじいちゃんおばあちゃんを見れば喜んで助けるし、女の涙に弱すぎるし、面倒ごとだって何だかんだ断らない。そんな奴が、いくらあんたをバカにしてた奴らとは言え困ってる人に対して見返すなんてキャラじゃないとしか言いようがないでしょ。別にあんたの考えにとやかく言うつもりはないけどさ、王宮にいた時のあんただってどうせいやいや言いながらちゃんと真面目に雑用やってたんでしょ?」
「や、やっぱりお前俺のことこっそりつけて――!」
「んなわけないでしょ。寝言は寝て言いなさい」
わからない。でも間違いなく見返してやりたい気持ちもある。
むしろ、今すぐにでも「今お前らを助けてやってるのはこの俺だ」と言って回ってやりたいと考えてすらいるつもりだ。
でも、アリサの言うことにも悔しいが納得させられる。
「だからさ、バカな事考えんの止めときなさいよ。それに実際あんた前に出たとして本当にそのアダム、だっけ?とかいうオークが出てきたらどうすんの?話聞いてる限りじゃ勝ち目ないじゃない」
「それは!やってみなきゃ、そんなこと……!」
そんなことない。とは言い切れなかった。
あの時の爆発が仮に決まっていたとしてアダムはどうなっただろう。倒せていた?恐らくそうはならなったはず。
「それだけじゃないわ。あんたが前に出て救われる人より、あんたの魔法でここから救える人の方がずっと多い。そこだけはあたしが認めたげる。なんたってあたしがあんたに救われてんだから」
と、そっぽを向きながら言う彼女は確かに『優しすぎ』ると言えるだろう。正しくお互いどっちもどっち。
「まぁこんなことあたしに言われたくもないか」
「なんでだよ。そんな訳ないだろ」
自嘲気味に彼女がそう言った。
しかしこれと言って理由が分からない。
『キャラじゃない』なんて一蹴されたのは確かに悔しい。そんなことは無い、という思いがないではないが恐らく事実だ。
なのになんで――。
「あたしの今回の役割知ってるでしょ?」
「俺を守る事、だろ?」
ソフィアさんがそう言っていたし、その場に俺も居合わせている。
今回の作戦の要である俺を守る、立派な役割だし十分納得もできる。
「そんなの建前よ。師匠は過保護だからあたしに危険なことさせたくないのよ。ここなら師匠にエルダさん、なんならもしもの時はあんたがいる。多分今回誰よりも安全な場所に置かれたのはあたし」
アリサは、ただただ寂しそうな目でそう言った。
もっと頼って欲しい、もっと信じて欲しい、なんて言いたげな目。
「何だかんだ言って、師匠はあたしのことをこういう時に限って危険から遠ざけようとする。あたしにはそれが悔しくてたまらない」
アリサの気持ちも分からないではない。
でも、俺にはソフィアさんの気持ちの方が何となくわかるような気がするのだ。
彼女は優しさからくる危うさがある。
初めて会った時もそう。俺なんかほって逃げればいいのに一緒に逃げようとした。アダムとの一件なんてもう少しで死ぬところだった。
ソフィアさんが過保護なのは間違いないが、アリサの危うさも、また同じように疑いようがない事実。
「お前の言うことも分かるけど、ソフィアさんもソフィアさんで色々考えてんだ。どっちがどうとかは言えねぇよ」
「それは嘘でもあたしのこと庇うとこじゃないの?」
「悪かったな、そんな気の使い方ができてりゃ『役立たず』だなんてきっと言われてなかったよ」
「ま、それもそうね。役立たずに期待したあたしがバカだったわ」
「一々一言多いんだよ」
まぁ、さっきよりかはアリサがマシな顔になったんだから良しとしようか。
「外の様子は分かんねえけど信じようぜ。二人を、王都の奴らを」
俺は俺にできることをするだけだ。
――スバル達が戦線に加わる一時間ほど前。
彼らの姿はまだテナーにあった。
「エルダよ、状況はどうなっておるのじゃ」
「そうだね、まだ五分五分ってところかな」
「ほう。王都の連中も中々やるではないか」
ソフィアは素直にそう思った。
まぁ、紛いなりにもこの国の中枢だ。魔物が押し寄せたというだけですぐに機能不全になられるようでは困ると言うのが妥当なところだろうか。
「まぁ大規模な転移魔法を使って王都付近まで跳んできている分、まだ頭数がそろう前に叩けてはいるみたいだし私たちの仲間も既に戦闘に参加している。だけど、宮廷魔導師や騎馬隊だけではやはり戦線の維持だけで手一杯。特に今回一番厄介なのは――」
「オーク、じゃな」
エルダが言い終える前にソフィアがそう言った。
ソフィアは耳が早い。近頃辺境の村や町をオークの大群が襲っているという話は既に聞き及んでいる。
それにそもそも魔物と言うのは無意に徒党を組むことはない。特に多種族間で並び立つことなどまずあり得ない。
それが大群だと言うのだから間違いなくアダムが係わっている。
「ふふっ、流石ソフィーだ。噂に聞いているよ、君がアダムを追い返したって」
「いや、それはただの噂なのじゃ。やったのはそこにおるスバルと言う男でな」
「なっ!?それは本当かい!?」
エルダの視線が突如スバルに注がれた。
ここでも、やはりスバルはガチガチに緊張していた。奇異のまなざしとは言え、美しい女性にまじまじと見られていることに変わりはない。
「ふーん……。へぇ……。アダムを追っ払ったにしてはすごそうには見えないけど。まぁソフィーが言うんだから間違いないんだろうね」
「あ、はい。い、一応は」
「それはそれとして。君ソフィアと一緒にここまで来たよね?」
「へ?」
エルダの雰囲気が一瞬で変わったのを彼は何となく察した。と言うより目に魔力を集められるようになった結果察せるようになったと言った方が正しいだろうか。
「君、ソフィーに何か変なことしてないよね?」
何を言われるのかと身構えていたスバルは耳を疑った。しかしエルダは至って真剣な目をしている。
「……はい?」
「いや、隠さなくていい。ソフィーは見ての通り綺麗だ。顔は良いし、髪だってこんなにサラサラでスタイルは抜群。君のような盛りの付いた犬が変な気持ちになったって仕方がないだろう」
「え?えっと?それってどう言う」
スバルはこの時点でエルダの雰囲気が何をもって変わったのかを理解していた。と、同時にソフィアを横目で見たがソフィアはソフィアで頭を抱えながらため息をついている。
「さぁ、スバル君、正直に言うんだ。今なら半殺しで済ませてやる」
「あ、えっと、自分そう言うことは全く――」
「嘘はつかなくて良いんだ。さぁ、さぁ!」
エルダは聞く耳を持っていなかった。と言うより彼女は頭からソフィアを襲わないでいられる男などいないと考えていたからそもそも話し合いにすらなっていない。
「君の迸る熱いパトスでソフィーに一体どんな羨まけしかんことをしたのか今すぐここで洗いざら――いだぇっ!?」
「止めんか、このバカタレ」
ヒートアップしたエルダにソフィアが思い切り拳骨をかました。
エルダは、これでいてことソフィアに関してはかなり残念な人物なのであった。
「痛い!何をするんだソフィー!私はただ君に付いた悪い虫をさっさとこの世から抹殺しようと!」
「抹殺するのは構わんがまずは王都を守ってからじゃ」
「そ、そうですよ!そう言うことはまず王都に来ている魔物やアダムを何とかしてからだって――え?あれ?」
スバルは、何かとんでもないことを言われた気がしていたが、同時にもうどうしようもないことになっている空気も感じていた。
「残念だったわね、スバル。あんた抹殺確定だって」
「え?あれあの人本気なの?」
「さぁ?ただ師匠には不思議なくらい男の影がないのは事実よ。あんなに綺麗なのに誰かに言い寄られてるとことか見たことないもの」
アリサのセリフに、彼は背中から変な汗がダラダラ流れるのを感じた。
「ふぅ、確かにソフィーの言う通りだった。済まない二人とも、取り乱したね」
なんてエルダは涼しい顔で言ったが、もう今更取り繕うのは難しいだろう。
「あぁ、この人残念な美人だ」とスバルもアリサもこの時だけは全く同じことを思っていたのであった。
「で、エルダよ。勝算はあるのか」
「てっきり私はソフィーがアダムを倒したものだとばかりと考えていたからそのつもりだったんだけど……」
「何、案ずるでない。作戦ならある。実際これでスバルは中々できる男じゃ。スバル、お主は今回の作戦の要じゃ。期待しておるぞ」
「は、はい!任せといてください!俺絶対やって見せます!」
「なんであんたそんなにやる気出してんのよ」
「べ、別にいいだろ?」
いきなり話を振られたスバルは一瞬戸惑ったがすぐに持ち直した。むしろ王都にいる奴らを見返すチャンスだとすら考えている始末。
「ふーん。こいつがねー」
そんなスバルをエルダは半信半疑といった様子。
「でもまぁソフィーがそう言うなら信じるよ。じゃあ行こうか。王都で私たちを待っている人がいるからね。今頃首を長―――くしてるよ」
と言うと事も無げにエルダは転移魔法の発動準備に入った。
それとほぼ同時にソフィアがスバルに耳打ちをする。
「――えっ、それって」
「頼むぞ。さっきも言ったが今回はお主が要じゃ」
そうソフィアが言い終わるとほぼ同時。王都、それも王宮の中への転移が完了した。
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