≪第七章―役立たず、感謝される―≫(後編)

「――どう?もう大丈夫かしら?」

「はい、ありがとうございました」


 どれくらいこうしていただろう。

 ひとしきり泣いて、泣きつかれて、随分と落ち着いた。


「俺、行かなきゃ行けないところがあるんです。伝えなきゃならないことが」


 言葉にできるかはわからない。でも今じゃなきゃきっと色んなものが邪魔して伝えられない。

 だから行かなきゃ。


「なんだか孫ができたみたいで嬉しかったわ。またこの町に遊びに来てね。スバルさん。あの歌もまた聞きたいもの」

「はい、もちろんです。じゃあ行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 こうして俺は走りだした。俺が救った町へ、喧騒の中へ。




「ほんと何よあいつ。ちょっときつく当たったくらいでいじけてどっか行っちゃってさ。バッカみたい」


 ちょっと、そう、ほんのちょっとよ?ほんのちょっとだけさっきのはやりすぎたかも?なんて思ってせっかく祭りもやってることだし「一緒にどう?」って誘ってやろうと思ったのにあの後あの役立たずってばすぐにどこかへ消えちゃったらしい。


「これだからあいつは……」


 ほんと何なのよ。ちょっと頼りになるかも?なんて見直したらすぐ師匠にあんな――!あぁー!思い出したらまた腹立ってきた。

 あたしがどれだけ心配したと思ってんのよ。

あんた結局三日も目を覚まさないし、なのにあんたに師匠を助けてって頼んだのはあたしだし……。


「ふざけんじゃないわよ。何であたしが――」


 そんな時、あたしを呼ぶ声が聞こえた。


「アリサ!アリサーーー!」


 スバルだった。


「ちょっと、やめてよ!恥ずかしい!何をいきなり町中で大声出してんの!?バカじゃないの!?」

「あぁ、バカだよ俺!バカだった!その通りだ!」

「はぁ!?キモッ!なによあんた気持ち悪い!」


 こいつなんなのよいきなり。町中で大声出したかと思ったら次は『バカだよ俺』?何が言いたいのよ。意味わかんない。


「いいよ別に気持ち悪くて」


 どれだけ強く当たってもずっと笑顔を崩さないスバル。なんなのよ、調子狂うじゃない。それになんか今のこいついつもと表情が――。


「俺、お前に言いたいことがあるんだ」

「言いたいこと?何よそれ」


 こいついきなり来て何を――。


「ありがとう、アリサ!」

「――はぁ?」

「心配してくれてありがとう」

「ちょ、ちょっと待ってよ!一体何が!」

「寝てる間も看病してくれてたんだろ?知らなかった、ソフィアさんが教えてくれたんだ、ありがとう」


 こいつ何なの?いきなり、町中だってのにでかい声出したと思ったらこんどは『ありがとう』!?気持ち悪っ!


「それだけじゃない。生きていてくれてありがとう。守ろうとしてくれてありがとう。えっと、他にもいろいろあって……!」

「待って!待ってよ!何なの!?どういうこと!?説明してよ!」


 何なの、それ。そんなの。

ていうか何?今更そんなこと。それに師匠から聞いたって何よ。


「俺、バカだから、最初に伝えなきゃならなかったことがわかってなかった」

「はぁ?気持ち悪っ。そんなこと言って何になんのよ」


 そう言うことじゃないでしょ。やめてよ。

 何でそうあんたは――。あんたがそれじゃあたしは。


「気持ち悪くて構わない。何度だって言ってやる。ありがとう、生きていてくれて」

「何であんたはそんなこっぱずかしいことを平気な顔で!」


 何でそう真っ直ぐな目でそんなこと言ってくんのよ。やめてよ。違うでしょ。お礼を言いたいのはあたしの方。なのに、なんであんたは。


「んでもって、心配させてごめん。次はもっと上手くやって見せるからさ。だから、もしよかったら――」

「何なのよ!さっきからずっと!やめてって言ってんでしょ!」


 自分でもびっくりするくらいの大きな声が出た。


「違うでしょ!?お礼を言うのも謝るのも全部あたしの方!あんた一体何なの!?地獄で呪われたいの!?」


 そうよ。それをしなきゃならないのは全部あたしの方。

 あんたに泣いてすがったのもあたし。

 あんたに師匠のこと助けに行かせたのもあたし。

 あんたが三日間目を覚まさなかったときなんてあたしもうどうにかなりそうだった。だってそうでしょ?それもあたしのせいじゃない。

 なのになんで。なんで。


「なんであんたが先にそれを言うのよ。やめてよ。そんなのあたしがみじめになるだけじゃない……!」


 思わず涙が出た。あー、ホントありえない。

ここで泣くとか何?マジで引くわ。

 こんなの構ってくれって言ってるようなもんじゃない。


「ア、アリサ……なんで」


 あんたもそんな顔しないでよ。それじゃあ、あたしがホントに構ってほしくて泣いてるみたいじゃない。

 やめてよ。やめてってば。

 お願いだからそんな風に――。


「勝手にそんなことすんなぁ、役立たずぅ、ホント何なのよ……」


 優しく抱きしめたりしないでよ。


「ごめん。後でいくらでも好きなだけ殴ってくれていいから。見てられない」

「うぅ、うぅっぐ、ひっぐ……。ふざけんなぁ、あんたなんかしんじゃえ……」

「アリサが泣き止んだら考えるよ」

「……ホントキモイ」


 この後、絶対気が済むまでこいつのことをぶん殴ってやる。

 役立たずのくせに調子乗ってんじゃないわよ。

 それにこれじゃ同情じゃない。そんなのってないわ。

 ほんとありえない。

 でもいいわ。今だけ許しといてあげる。でも今だけよ。絶対後から今度は顔が分からなくなるまでボコボコにぶん殴ってやるから。覚悟しときなさい。

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