≪第七章―役立たず、感謝される―≫(中編)
「――全く。寝起きのあいさつにしてはやりすぎなんだよあいつ。いくら俺なんかがソフィアさんに……ひ、膝枕されたからって」
改めて口に出すと異常に恥ずかしい。
うわー、ありえねぇ。俺あの伝説の魔女に膝枕されてたんだぜ?すごい柔らかかったし、なんかめちゃくちゃいい匂いしたし。
本当に信じられない。生きていてよかった、頑張ってよかった。心の底からそう思った。
でも、それと同じだけのモヤモヤが胸にかかっている。
「ったく、あいつもあいつだろ。眠ってる間ずっと看ててくれたなんてさ。言ってくれなきゃわかんねぇよ」
あのあと、アリサは泣いたまま「地獄で呪うわよ!この役立たず!」なんて言いながら病室から出て行った。
その後だ、俺がソフィアさんからそのことを聞いたのは。
「何が『何もできないからせめて隣についていてあげたいんです』だよ。そんなことさせちまってたなんて、知っていれば俺だって、きっと。いや、知ってたって大したことは言えなかったな」
それができれば苦労していない。
意味もなく空を見上げて寝そべった。
町はあんなになっているのに。いや、だからこそだろうか、随分な喧騒に包まれている。
どうも町から危機が去ったお祝いとして急遽祭りをすることになったらしい。ちなみに主役はソフィアさんだそうだ。そのせいで、俺の目には前を見ても上を見ても星空が広がっている。
まぁどう考えたって正しい判断だと思う。
俺みたいなどこの馬の骨ともわからない奴を祭り上げるより、あの人の方がずっと適任に決まっている。こう言うのは事実よりシンボル性が大事だ。
「あら、スバルさん。本当にこんなところにいらしていたのね」
「あれ、さっきの……じゃなくて三日前、なんですよね。おばあちゃん」
「ずっと目を覚まさなくて、やっとあなたが目を覚ましたと聞いたからお見舞いに行ったのだけれど。その頃にはあなたがどこかへ行ってしまったと聞いたものだから。それに顔をそんなに腫れさせて。何かあったの?」
「いやぁ、その」
おばあちゃんの言葉に対して、恥ずかしいが苦笑いしかできなかった。
別に顔が腫れているのは何だって良い。ただ俺がバカだったってだけ。
でもこれはそうじゃない。
あんなことがあって、町もぐちゃぐちゃになって、実際大きなケガを負った人や亡くなった人だっていて。
だからこそ切り替えようとして、分かりやすいシンボルがいる間にこうして祭りをやっている。
頭ではわかっている。でもそれは何の被害も受けなった人達の言い分だ。傷ついた人、失った人達の心はどうなる。
こう言うことを割り切れないのは、きっと十七からの十年をほぼほぼ人と関わらずに生きていたツケなのだろうと思う。
でも、だからって、こんな……。
「お祭り、嫌いだった?」
「いえ、そんなことは、全然」
そんな俺の心を見透かしたのか、それとも表情がどこまでも分かりやすかったのか。恐らく後者だろう。おばあちゃんが俺にそう言った。
するとおばあちゃんはさらにこんなことを言った。
「あの光はね、あなたが守ったもののその結果なの」
「え?なんで、そんな」
「ふふっ。そんなことは言われなくても分かってる。なんて言いたそうな顔ね」
「…………!」
言い返すこともできず閉口する俺になおもおばあちゃんは続ける。
「そうね、昔話をしましょうか。私の亡くなった旦那さんね、狩人さんだったの。動物を殺してその肉や皮を売ってお金を稼いでいたの」
おばあちゃんが突然そんな話を始めた。
でもそんな話じゃ……。
「そうね、確かにあなたが守れなかった人と動物では違うかもしれないわね」
「っ!?」
「でも。あの人はそう考えていなかったわ。人も動物も同じ命だもの。そこに大きな差なんてない。とね」
「なら。ならそれは俺に仕方のないことは割り切れって話ですか?」
どうせ表情に出てしまうならもう言った方が早い。
「少し違うかしら。少なくともあの人は割り切ってなんていなかったわ。でもあの人にはそうすることでしか人を笑顔にできない、と言うことを受け入れるだけの強さがあったのだと思うの」
「受け入れる強さ?」
でもそれは結局割り切るってことと大きく変わらない。自分の弱さを受け入れるなんて綺麗ごと。
「諦める、と言うことと受け入れるということは似ているようで少し違うわ。諦めるというのはきっと目を逸らすこと。でも、受け入れるというのは目を逸らさずに立ち向かうことだと思うの」
「でもそれこそ詭弁じゃないですか!死んでいく命を仕方がないと思うことに変わりはない!そんな、そんなことができるなら俺は!」
「ならあなたはどうしてあなたが救った命からも目を背けているの?」
「……!」
言葉が出なかった。別にそんなつもりはない。
でもならなぜ俺はあの祭りの喧騒に耐えられなかったのだろうか、答えは簡単だ。そんなものに目を向ける余裕がなかったから。
「あの人はね、奪った命への感謝を忘れなかったわ。だからあの人が売る肉や皮を買っていくお客さんが必ず喜んでくれるようにできることをしていたし、不必要な数の生き物を殺したりもしなかった。あの人はあの人なりに生きることと向き合っていたわ」
「――でも結局あれやこれやと言ったって全部自分の為でしょう!?守れなかったことへの言い訳なんて!」
「でも私が生きているわ。アリサちゃん、だったかしら?あの子も生きているし、それこそあのお祭りの主役であるソフィアさんも生きている。できないこと、できなかったことを考えるなら、まずはできること、できたことを考えてあげたってきっと罰は当たらないと思うのだけれど。それではダメかしら?」
積み上げられた瓦礫を見て、もっと俺が強ければ。と、そう思った。
外に造られた簡易の診療所に運ばれる人を見て、もっと俺が速ければ。と、そう思った。
でも、笑っている子どもを見て、歌を歌う誰かを見て、何も感じなかった――。違う、感じてはいけないと思った。
「あなたはきっとすごい力をもっているのでしょう?えぇ、もちろんわたしなんかには想像もつかないわ。でもね、一つだけわかることがあるの」
あぁ、亀の甲より年の劫とはよく言ったものだ。簡単だったんだ。たったそれだけの事。
「あなたがいたからあの町は、私は、生きているの。だからね、スバルさん、一言だけ言わせてね。ありがとう」
どれだけ強い力を持ったって人の本質が変わらないと誰が言いきれるだろう。少なくとも、つい先日までの俺には到底及び知らないことだったと思う。
でも今ならわかる。
だって俺こんなにおばあちゃんに弱いんだもんな。
ただ一言、言われただけだ。ありがとう、と。
たったそれだけのことでこんなにも心が軽くなった。
「それにね、あなたはまだ若いわ。何もかもを背負って、何もかもを守ろうとなんてしていたらきっと心が壊れてしまって人ではいられなくなるわ。少なくともわたしはいやですよ。この町を救ってくれたあなたが人ではなくなってしまうなんて」
俺は多分簡単で単純な人間なんだと思う。
だって、言葉一つでここまで変わってしまうんだから。
さっきまでは耐えられなかった町からの笑い声。それが今ではなんだか誇らしいモノのようにすら感じてしまっている。
「――ってあらあら、嫌ですよ。スバルさん、英雄がそんなに顔をぐちゃぐちゃにしてはせっかくのお顔が台無しよ?」
「えっ?」
気が付いたら視界が霞んでいた。
「あれ?おかしいな?かなしくなんてないのに、あれ?なんで、あれ、ごめんなさい。多分すぐに――」
「スバルさんは年齢以上に子どもなのね」
「そんなこと――」
「いいのよ。泣いても」
そう言って俺はおばあちゃんに抱きしめられた。ああ、ほんと人って言うのはどこまでも変われないもんだな。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」
俺は泣いた。おばあちゃんの胸のなかで、年甲斐もなく、大声を上げながら。
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