≪第七章―役立たず、感謝される―≫(前編)

「っ……いってぇ……」


 ここは町はずれの丘にある草原。町の人から「この辺が一望できる静かな場所」という内容でこの場所を教えて貰った。

 理由は二つ。

一つは、ボロボロになった町でそれでもなお、前向きに生きていたことに感謝できる皆が眩しくて場違いに思えた事。

もう一つは――。


「アリサの奴……。いくら師匠の事が好きだからって、ここまで顔が腫れるまでボコボコにしなくたって罰は当たらないだろ」


 顔が腫れてまともに人前に出られないからである。

 あれが助けて貰った奴への態度かよ、全く。

それは一時間前のこと――。


「――あぁ、俺、寝ちゃってたんですね」

「うむ。それはもうぐっすりとな。よく眠れたかの?」

「はい、おかげさまで」


 辺りを見る限り、ここは恐らく病院だろう。隣には、ソフィアさんが本を読みながら座っていた。

窓から外を見やると、もう空には星が光っている。

 夜の静けさはいい。さっきまでの戦いが本当は夢だったのでは、とさえ俺に思わせてくれるから。


「ほんと、嘘みたいですよね。俺みたいな役立たずが、さっきまであんな化け物と戦ってたなんて」


 自分でも正直未だに現実味がないと思っている。

きっと、このこうしている間ですら何度もフラッシュバックする痛み――腕を断ち切られた感覚が脳裏に焼き付いていなければ悪い夢だと断じていたに違いない。

 しかし、そんな俺にソフィアさんは信じられないことを言った。


「ふふっ。お主何を寝ぼけたことを言っておるのじゃ。お主はこの三日間ずっとそこで寝ておったのじゃぞ」

「へ?」


 一瞬思考が止まった。三日とは三日である。それはつまり72時間。

 ちょっと待ってくれ。三日だって?俺そんなに……。


「もっと言えば、その三日間お主は本当に死んだように眠っていての。寝息が聞こえておったからよいものの、それがなければ実際死んでいても分からなったくらいじゃ」

「どうして、俺、そんな」

「まぁこれは推測じゃが、お主が初めて自分の魔力を空になるまで使い果たしたから。ではないかの」


 なるほど。それならあるかもしれない。


「普通、魔力を使い切ったくらいで三日も寝込む、なんてことにはならんのじゃがの。まぁお主の場合は量が量じゃ、仕方あるまい」

「でも、あれくらいなら無茶しても大丈夫ってことですよね」


 そうだ。仮に俺が傷ついたとしても、それで誰かが笑っていられるのなら――、なんてそこまで格好つけたことは言えないかもしれない。だけどまぁ手が届く場所くらいなら俺が矢面に立てばいい。

 なんて考えながら軽口を言った俺に、ソフィアさんは少し呆れたようにこう言った。


「大丈夫なわけなかろう。今回はその程度で済んだが次はどうなるかわからぬ。気を付けるように」

「アハハハ……」


 分かってはいたが、ばっちり釘を刺された。

 だけど、実際またアダムが現れるならその時は俺がやるしかない。

 ソフィアさんでは勝てないんだ。俺がやらなきゃ――。


「――師匠―、スバルは目覚めましたかー?」

「うむ、この通りじゃ。良かったの、こやつが目覚めて」


 そんな時、病室にアリサが現れた。


「あっ、アリサ。おは――」


 そう言いかけた時、俺の世界は突如反転した。

 恐ろしく速いアリサのラリアット、見逃しちゃったね。


「ぐへっ!?」

「あんた誰の許可を得て師匠に膝枕なんてされてんのよ、この役立たず!死ね!地獄で呪い殺されろ!」


 そこから首をキメられた。

息ができない。何度腕を叩いても手を緩めてくれない。まずい、殺される。頼む、助けてくれ。

 死ぬ、意識が飛ぶ。そう思った瞬間、突然首絞めから解放された。


「甘いわよ、役立たず。その程度で落ちられると思ってんの?」

「ハァ、ハァ。アリサ!いきなり何を!」


 意識が飛ぶ寸前で解放された。ダメだ、呼吸が、荒い。整えなきゃ、息を。思考がぐちゃぐちゃになっている。考えがまとまらない。

 と言うか何でこいつ俺に、って答えはもう言ってたな。『誰の許可を得て師匠に膝枕なんてされてんの』。もちろんその師匠本人である。


「えぇ確かに言ったわ、師匠を助けてって。でもねぇ、そんなことされて良いなんてあたし一言も言ってないでしょーが!」

「なんで俺がそんな許可をお前に取らなきゃいけないんだよ!」


 これはそう、売り言葉に買い言葉。

 言ってからやってしまったと気づいた。

 アリサは泣いてた。何で泣いてる女の子にそんな言い方しかできないんだよお前。


「うっさい!この役立たず!」


 こうして俺は、アリサからボコボコに顔を殴られたのであった――。

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