≪第七章『序』―仮面の女、暗躍する―≫
「全くもう。アダムって賢いのかバカなのかよくわかんないよねー。まだ魔王様は目覚めてないのに君だけ目覚めちゃうなんてさー。それどころか勇者と魔王を間違えちゃうんだもんなー」
「ヤツハナンダ」
「あぁ、彼かい?彼はスバル・スコットランド。ただの男の子だよ」
彼女はあの後即座にこの場所に戻ってきた。
アダムが眠っていた場所、
「アレハユウシャデハナイノカ」
「君もう忘れちゃったの?勇者の特徴なんて今日日この世界の子どもなら誰でも言えるよ?決して傷つかない黄金の鎧に、人くらいの大きさの大剣。なんたってあの戦いは絵本になっているからね」
三百年前の戦いのことは、彼女の言う通り今では世界中の子どもたちに親しまれる絵本となっている。
そこにはもちろんアダムの姿もあったが彼女らしいものは描かれていない。
「ナラアレハナンダ。ヤツノマリョクハジョウキヲイッシテイル」
アダムはあくまでそこにこだわった。少なくとも、アダムが感じたスバルの魔力は勇者である以外の説明がつかなかったから。
しかし彼女が言うことにはそれは違うというし、実際彼の記憶する勇者もその例に漏れていない。
「彼は本当に何者でもないよ。ただただひたすらに大きな魔力を持っているだけ。それに僕が君に嘘をついたことがあったかい?」
「……オボエテイナイ」
「やだなぁ。これでも僕は先代魔王に君の配下として創られたんだからさ。僕のことを信じてくれたっていいでしょ?」
彼女はそう言ってアダムに笑顔を見せる。今の彼女は仮面を外している。
その仮面は先代魔王が彼女に与えたものだった。アダムにイヴを与えたのと同じように。
「でも、確かに彼のおかげで勇者と魔王が生まれる準備を始められるのも事実だよ。そういう意味でなら彼は確かに僕らの勇者だね」
「ソレデハ……」
「うん。またシステムが動き始めた。でもまだ動き出しただけ。それを動かすために彼の魔力が必要だ」
彼らの言う、この世界のシステムとやらを動かすためにはいくつか条件がある。その一つが莫大な魔力。
その点スバルの魔力は格好の餌だと言って良い。なぜなら彼はその魔力をただ持っているだけだったから。
それを知っている彼女は少し間を開けて「だから」とそう言って――。
「彼を殺さないでね、アダム」
「オマエガソウノゾムナラ」
彼らの目的は魔王の復活、ただ一つ。
「あ、でもでも。なぜか彼に付きまとってる変な女二人は殺しても大丈夫。特にソフィアは邪魔だ。下手にスバル君に魔法なんて教えられたら、今はまだただのタンクでも厳しいからね」
「ソレハオマエノコジンテキナタノミカ?」
アダムにそう聞かれた彼女は一瞬だけ答えるのをためらった。
しかし、気にした様子もなく再び仮面をつけてこう言った。
「当り前だろ。あの女は確実に殺す。手段も方法も問うもんか。あの女さえいなければ僕らの魔王は死になんてしなかった」
「ドウイウコトダ。ソフィアゴトキガワレラノマオウヲコロスナド」
アダムの知る限り、伝説の魔女などと呼ばれてはいても魔王や自分自身と比べれば実力が違いすぎる。どうあったって何か起こるはずがない。
「まぁ、君はあの時もう既に眠りについていたから知らないだろうけどね。ともかくあの女は先代魔王の仇だ。殺してくれるに越したことはない」
仮面をつけた彼女の本心を知るのは彼女だけなのであった。
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