≪第三章―役立たず、魔物と出会う―≫(前編)
ここは馬車の中、隣にはさっきのおばあちゃん。
「いやー、まさかおばあちゃんの目的地がテナー村だったなんて。奇遇ですね、何だか珍しいって言うか」
「テナー村」、そこはニアナ村同様に王都から見れば辺境もド辺境の村。
「でも何で最初は『隣町に』なんて嘘を?」
「こんな老いぼれが、それこそあんな遠くの村に行くとなったらそれだけで変な輩に付け込まれるかもしれないからね。一応の為さ。それに見ての通り、薬を積んでいるのは事実だしね」
正直ニアナ生まれの俺が他所様の村をとやかく言うなんておこがましいにも程があるけどテナーだけは話が別だ。
あそこはうちの村から少し行ったところにある村だが、確か家が一つあるだけで最早村として機能していないはず。
「あたしからすればあんたの方がよほど珍しいよ。王都からの街道にニアナになんかへ用がある奴なんて。しかも歩きで」
言い返す言葉も見つからない。
俺だってここを歩いている誰かが『ニアナ村に行こうと思っています』。なんて言ったらまず考え直すように促すだろう。
「い、色々あるんですよ、色々と」
そう言うとおばあちゃんは目を細めて――。
「あんた仕事無くしでもしたのかい?」
なんて言いだした。
「あ、あははははー」
もちろん苦笑いしかできなかった。
宮廷魔導師(ほとんど雑用係)をクビになってアテがないから村へ帰る。なんて恥ずかしすぎてとてもじゃないが言えそうもない。
「まぁ助けられた手前詳しくは聞かないけどね」
ニヤニヤしながらおばあちゃんがそんなことを言った。このおばあちゃんは何と言うかイイ性格だよ、本当に。
「からかって悪かったよ。そんな顔をしないでおくれ。あんたみたいな年の人と話すのは随分久しぶりなんだ」
おばあちゃんにこう言うことを言わせるのは卑怯だと言うものだろう。流石に文句も言えなくなる。
「も、もしかしておばあちゃんはあそこに住んでいるんですか?」
そんな訳で、話題を変えようとそんな風に切り出した。
すると、おばあちゃんは目を細めて「どう思う?」なんて言ってきた。ご丁寧に口の端を釣り上げながら。
言っちゃ悪いが俺も健全な男性だ。こんなおばあちゃんがどこに住んでいようが心の底からどうでもいいんだけど――。
「あ、今あんた露骨にどうでもいいって顔をしなかったかい?」
このおばあちゃん鋭すぎである。
いくら女性には第六感があると言ったってやりすぎだ。
「や、やだなー。そ、そんなこと――」
「――ここから次の村まで歩いていくとどれくらいかねぇ」
「あー!俺おばあちゃんがどこに住んでるか興味あるなー!俺実はすっごい気になってたんですよ!やっぱり向かってるしテナーですか!?いやぁ、テナーは良い村ですよね!ほんと!」
人間とは随分弱いものである。
俺だって最初は確かに徒歩で次の村を目指すつもりだった。が、しかしいざこうなるともう徒歩の旅なんて考えられそうもない。
それに何より、このおばあちゃんに相乗りしている限りは移動費が掛からない。誰かが言った。『金は命より重い』と。
「まぁでも、住んでるのはアザルース何だけどね」
「あぁ、そうなんすねぇ」
ん?いやでもちょっと待て。アザルースに住んでいてテナーに用事?
「おばあちゃん、あんな田舎にどんな用事で?それこそ俺じゃあるまいし」
絶対にない、なんて言い切るつもりはない。
だけど伊達に10年間も暮らしていたわけじゃない。少なくともあそこに住んでいてあんな離れた村に用なんて――。
「そうだね、ここまでしておいて貰って隠し事ってのも――」
「いや、別にいいよおばあちゃん。それにうちのおばあちゃんが言ってたんです。レディの秘密を不用意に漁るなって」
そう言って俺は笑った。満面の笑み……ではないけれど、なるべく務めて明るく。
これほどお金持ちのおばあちゃんだ。きっと王都では知る人ぞ知る著名なお方に違いない。
でも、そんなおばあちゃんがテナーなんかに用があるというなら、きっと旦那さんに違いない。旦那さんが病か何かで倒れてその為にこのおばあちゃんは遠路はるばるテナーに帰るのだ。
「あー。なんだ、スバル、あんた何か勘違いしてない?」
それを当の本人から言わせる?なんてデリカシーのない人間だ、恥を知れ俗物。
「こりゃ駄目ね、完全に自分の世界に入っちゃってる」
帰りたくない、なんて思っていたけどもうそんなことも言っていられない。目的ができてしまった。
「うんうん。わかるよ、おばあちゃん。絶対に俺がおばあちゃんをテナーまで送り届けて見せるから」
何だか、こういう気分になるのは随分久しぶりな気がする。
「おーい、聞こえてるー?おーい」
それこそ10年前に村を出た時以来かもしれない。あの頃の俺は何でもできると本気で思っていた。
例えどんな障害があったって、持ち前の前向きさとどこから湧いてくるのかわからない謎の自信が俺に力をくれた。
あぁ、今の俺なら――。
「――さっきから自分の世界に浸りすぎー!ちょっとはこっちの話も聞いてくれたって罰は当たらないだろ!?このバカヤロー!」
「はっ!?えっ!?と言うか今なんて――」
「――お前さんは何も聞いていない!わかったね?」
「いはいでふ!いはい!わはった!わはっひわひたはら!」
思いっきり頬をつねられた。
こう言う意味もなく暴力的なところは万国共通なのだろう。小さい頃はよく母さんにも親父にもぶたれていたものだ。
まぁそんな二人に、どんな顔で「クビになった」なんて言えばいいのかは相変わらずわからないままだが。
「あんたいつもそうやって自分の世界に入り込むような奴なのかい?」
少し残念なモノを見る目で俺のことを見るおばあちゃん。
「いや、そんなことは……ないですけど、多分」
こんな失礼なことを聞かれておいて、ない、とは言えないのが我ながら残念だと言われる要因なのだろうと思う。
「そういえばおばあちゃん。おばあちゃんの名前を――」
教えてもらっても良いですか?
そう聞こうとした瞬間、外で大きな音が鳴った。何かが爆発したような、そんな音。
「スバル!外!」
おばあちゃんが外の異変に気が付いた。
「――え?」
林が燃えている。
馬車から身を乗り出して周りを見渡す。
さっきまでの穏やかな街道はそこにはなかった。炎の海とはきっとこういうことを言うのだろう。
「ど、どうして!?さっきまで、あんなに!」
事態が呑み込めない。何があった?でもこんな燃え方……。
「スバル、あ、あれ……!」
おばあちゃんが指を差した。震える声で、震える指で。
「な、なんだ、あれ……」
そこにいたのはでかい、なんて言葉が霞むほどに巨大な赤褐色の竜。あまりにもでかすぎてまるで山が一つ動いているかのように見える。
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