≪第二章―役立たず、人助けをする―≫

 こうして俺は晴れて無職になった。

 10年住んでいた王都ともおさらば。

 仕事で王都の門をくぐったことは何度もあったが、こうしてお暇を出されて門を出ることになるとは思ってもみなかった。

 去年、宮廷魔導師の試験に合格したって手紙を出した。

 俺の住んでいた村は本当に辺境の村だったから、王都勤務はもちろん宮廷魔導師になる奴なんて今までいなくて。皆本当に喜んでくれていた。

 毎月大丈夫だって言っているのに、村中の人が俺なんかに採れた野菜なんかを送ってくれる。手紙なんかも入っていて、俺がどれだけそれに助けられたか。


「皆になんて言えばいいんだよ……あぁ、帰りたくないなぁ」


 10年間わがままを許してくれた両親には?ずっと、いつでも帰って来るんだよ。って手紙をくれていた村のじいちゃんばあちゃん達には?

 幸いここから村までは、荷馬車を使ってもひと月はかかる。

 とは言っても、王都の荷馬車をひと月も使ったらそれだけで俺みたいな貧乏宮仕えの年収がなくなってしまう。

 次の村に着くまでは徒歩の旅だ。ゆっくり考えるとしよう。

 王都を出て街道をひたすら西に真っ直ぐ。林の間を進んでいく。


「あいにく時間だけ(・・)は幾らでもある」


 やりきれなさが込み上げてくる。

 時は金なり、とはよく言ったものだが、それは時を金にするだけのスキルがある奴の言えること。

 今の俺にあるのは、宮廷魔導師の試験の為に学んだ魔法の知識とスライムを倒した経験くらい。

 これも全部あの女が――、嫌、多分それだけじゃないんだろうな、きっと。

 俺があの日、モンスターの群れ相手にもっと上手くやっていれば……。

 追い出されるまで自分を省みるなんてことしなかったから。もっと早くこうなっていればもう少しは長く職にありつけていただろうか。

 「役立たず」。誰がいいだしたのかは知らないが、的を射ていたかもしれない。

まぁだからと言ってアルテマ・ミズーリを許せるようになったりはしないわけだが。

 意味もなく空を見上げる。

 俺の塞ぎ切った気持ちをあざ笑うように雲一つない晴れ空。


「ラーラララーララーラララーララーララー♪」


 そんな空を見ていると、何だか悩んでいるのがバカバカしくなって歌でも歌うことにした。俺の村に昔からある歌。なんとなくリズムが好きでたまに口ずさんでしまう。

 誇れることは少ない俺だが、歌うことは好きだ。何も考えないでいられる。

 ガタッ。と、林の奥で大きな音がした。


「何だよ人が気持ちよく歌ってたって言うのに……」


 そのまま立ち去ろうとしたが、一年間雑用を押し付けられた体は面倒ごとを押し付けられるのに慣れてしまっていたようだ。

 別に何ともなければ立ち去ろう、危なかったら逃げよう。そう心に決めて林の間を進んでいく。


「強盗とかだったら嫌だなぁ……」


 弱いモンスターに襲われている、とかなら多分俺にも何とかなるだろう。

音からして荷馬車か何かだろうから、上手くいけば次の村まで乗せていってもらえるかもしれない。

 そんなことを考えながら、歩いていると林を抜けて別の街道に出た。

 そこには、煙を上げた如何にも壊れていそうな荷馬車があった。

 かなり大きい音だったから馬も逃げてしまっている。これは完全にアテが外れた。


「あのー、すいませんおばあちゃん。何かあったんですか?」


 荷馬車の持ち主と思われる、おばあちゃんに声をかける。

 俺こういう人に弱いんだよなぁ、辺鄙な村だったから周りにいるのはいつもおじいちゃんばっかりだったし。


「え?おばあちゃん?ん?あ、ああ!あたしのことかい?」


 辺りにはおばあちゃん以外誰もいないのにおかしな人だ。

 まぁうちの村のじいちゃんばあちゃん達だって同じようなものだったけど。呼んでも自分のことだと思わないしそもそも聞こえてない。


「えぇ、どうかしたんですか?大きな物音が聞こえたので見に来たんですが」


 十中八九この荷馬車に何かあったのであろうことは想像に難くない。


「あぁ、見ての通り荷馬車が壊れてしまってね……。隣町まで薬を届けに行く途中だったんだけど見ての通り体が弱いもので。どうしたものかと考えていたのさ」

「そういうことなら俺に任せてください。これでも俺王都で雑用ばっかりやってたのでそういうのは得意なんです」


 さて、ここは役立たずの雑用係の本領発揮である。


「そう?ならお願いしようかしら。お兄さんお名前は?」

「俺の名前はスバル・スコットランドって言います」

「スバルさん、素敵なお名前ね」

「ありがとうございます」


 これはこれくらいの年の人によくある「本題を後回しにして長い雑談を始める」パターンの奴だ。

 良くあるんだよなぁこういうの、まぁ別に嫌じゃないからいいけど――。


「じゃあ早速で悪いんだけどそこの蓋を開けてもらっていい?」

「え?あ、はい!」


 調子狂うなあもう。

 そこはどうしてここにいるの?とか最近の若い子にしては優しい子ねぇとか、私の薬はねとか関係ない話をダラダラダラダラと続けるところじゃないのか。いやむしろそうあるべきだ。


「で、あのー。ここの蓋は開けても大丈夫なんでしょうか……?ここの穴から煙が出ているんですが」


 異常があったのは明らかにあったのはここだろう。蓋の隙間から煙が上がり続けている、今もずっと。


「大丈夫大丈夫、若いうちは何でも経験しておくものよ」


 これは多分大丈夫ではない。恐らく死にはしないだろう。が、開けた瞬間爆発くらいは覚悟しておいた方が良さそうである。


「あのー、お、おばあちゃんは離れなくても大丈夫なんですか?」

「ん?あぁ、あたしかい?あたしは大丈夫だからさっさと始めとくれ」


 つまりあそこまで被害が及ぶことはない、と。

 まぁそれなら平気だろう、多分。


「じゃあ開けますよ!」


 来るなら来い。そう覚悟しながら思いっきり取っ手を引っ張った。そのおかげで後ろにすっころんだ。


「いつつつつ……」


  開けても何も起こらなかったし蓋は思っていたより簡単に取れた。


「おばあちゃん!こんなに簡単に取れるなら先に言っておいて下さいよ!おかげで」

「いやー、スバルさんの慌てている姿が随分おかしくてね。それに男のあんたからすれば簡単かもしれないけど見ての通りこんな老いぼれにはそれも難しくてねぇ」

「それはそうでしょうけど……」


 なんだかやりきれない気持ちになったが、何も無いに越したことはない。


「で、つぎはどうすれば?」

「いやあ、ここまでで十分だよ。ありがとね。ここからはあたし一人で何とかなるからさ」


 と、笑ってはいるが引く馬のいない馬車と届けなければならない薬。どう考えたって何とかなるはずがない。

 大丈夫だと言っているのだ、首を突っ込まなければいいのについつい要らないことしてしまう。村育ちの悪い癖である。


「でもおばあちゃん、一人じゃ何かと困ると思うしもう少しだけ手伝うよ」

「とは言ってもねぇ。ここから先は魔法を使えないことにはどうしようもないんだよ」

「魔法が?」

「あぁ。見てもらえりゃわかるがこの荷馬車には馬が繋がれていないだろう?これは魔力を燃料にして動く彫金師手製の馬車でね。さっきの爆発は恐らく魔力のオーバーフローだね。今までこんなことなかったんだけど……。長い事使ってるからこいつもそろそろ年かねぇ」


 なんて簡単に言っているが魔法で物を動かす術式が彫れる彫金師なんて超一流だ。そんなのが彫られた馬車を使えるなんてこのおばあちゃん相当なお金持ちである。


「……ちっ、あのバカ師匠。だから早く回路を書き換えろって言ったのに!何が『あと五十年は大丈夫』よ!五十年どころか五時間ももってないじゃない!」

「どうかしましたか?」


 何か小さな声でぶつぶつ言っているような気がしたが。


「ん?あぁ!いや!な、何でもないよ」

「?」


 まぁ何でもないというのならきっと大丈夫なんだろう。


「あの、もしよかったらそれも見ましょうか?同じような術式が彫られたランプの整備とかもさせられていたので」


 思えば随分と色んなことをさせられていたような気がする。


「そ、そうかい?ならお願いしようかしら?」


 こうして術式の整備が始まった。

 しかしこう見てみるとなんとも見事な術式である。

 王宮のシャンデリアでもこんな見事なものは見たことがない。何なら見事すぎて半分くらいどんな意図で組み込まれているのかわからない箇所もある。


「しかしこの術式は本当に見事ですね。俺みたいなちょっと齧ったことがあるくらいの素人でもわかります。これ、彫ってもらうの高かったでしょう?」

「わ、わかるのか!?――コホン!ではなくてわかりますか?」

「はい。魔力効率の部分なんて、大抵の場合結構適当に彫ってあることが多いんです。特に一般に出回るようなランプなんかは大量生産のためにその色が濃くて……ってすみません無駄な話をしてしまって」


 王都にいた時は俺の話なんて聞いてくれる人がいなかったからついつい話し込んでしまった。


「いや、全然……。わ、若い子の話は聞いていて楽しいからね。構わないよ」

「うんでも、確かにこれは過剰な魔力の流入で術式が焼けてしまってますね。でもこれなら一旦中の魔力を抜いて休ませてやればすぐに直りますよ。なんせモノがいいですから!」

「そ、そうかい?何から何までありがとね」


 まさかこんなところで雑用の経験が活きるとは思わなかったが、役に立ってくれたなら万々歳。


「―――よし、魔力抜きもおわったしあとは目的地までの魔力を補充するだけですね」

 

 しかし不思議なものだ。

 王宮の安っぽい術式が彫られた調度品が壊れるのは分かる、所詮は大量生産だ。しかしこんないい術式がそれもオーバーフローなんて珍しいこともあるものである。


「もうついでなので魔力の補充もやってしまいますね」

「い、いや流石にそこまでは――!」

「乗りかかった船ですから!こんなことお安い御用ですよ!」


 これだけの術式なら魔力効率も相当なものだろう。王都までなのか、それとも近くの町までなのかは知らないが大した量にはならないはずだ。


「な、ならそれは私も一緒にやるよ!若い人にばかりさせるのは気が引けるからね!」


 やけに食い下がって来るが、一緒にやってくれるというのならそれに越したことはない。



 ―――それから数時間後。


「いやー、まさかそんな遠くの村まで行くご予定だったとは。随分な長旅だったんですねー。あはははは……」


 結論から言えばとんでもない貧乏くじだった。

 荷物が大量に乗った馬車を動かすもんだから、どれだけ効率が良くてもそもそも必要な魔力量が多い。

 その上距離が相当遠いらしく生半可な量ではなかった。この魔力量はあのおばあさんにはきついだろう。


「あ、あんた……!大丈夫なのかい!?」


 ついさっき魔力切れになったおばあちゃんがそんなことを聞いてくる。息も絶え絶えという様相。


「はい、若いので!」


 俺がいてよかった。このおばあちゃんだけじゃいつまで経ってもおわらなかっただろうから。


「そ、その魔力量は若いとかそういう問題じゃ――!」

「――よしっ!終わった!」


 ばっちり言われていた魔力量、全体量の8割を達成。

 距離が距離だけに貯めるのも時間がかかってしまったがまぁ俺とおばあちゃんで賄える量なら知れたものである。

 ……と、そう思っていたのだがこれから少し後にそれは間違いだったと気づく。




 先に言っておく。

 これは「役立たず」の烙印を押された俺が、自分の魔法で未来を切り開く物語である。

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