「宮廷魔導師として王に使えていた俺が、役立たずの烙印を押されて故郷に帰ったら俺の固有魔法が永続範囲魔法だったせいで村が死ぬほど栄えた」

五月晴ミドリ

役立たず、村へ帰る

≪第一章―役立たず、無職になる―≫

 俺はスバル・スコットランド。王都——「アザルース」から遠くはなれた辺境の村——「ニアナ村」で生まれた、今年で27歳になる宮廷魔道師。


「あぁ、あいつが例の『役立たず』の田舎者か」


 俺が村から出て、宮廷魔導師になる為に王都まで遠路はるばるやってきてはや10年。去年の試験にようやく合格して今はこうして安定した職にありついている。

 勉強はできる方ではなかったが、必死になればできないことはない。そう思って頑張り続けた。


「やぁ、えーと、なんだったかな、そう!役立たずくん!今日も廊下の掃除大変ご苦労さま。君にはそれくらいしかできないんだから頑張ってくれたまえ!」

「ちょっとー、やめたげなよー。あの人だって役立たずなりに頑張ってるんだしさー」


 しかし、宮廷魔道師とは言っても俺は下っ端。年齢のせいで回りの奴らは俺より年下ばかり。させられる仕事は毎日雑用と雑魚モンスターの退治の繰り返し。

 そんな俺は宮廷内で「役立たず」と罵られている。


「っざけんなよ、俺だってちゃんとチャンスさえもらえれば……俺だって……」


 たった一度、最初の一回。その一回目でヘマをした。俺はそれだけでゴミのように扱われている。

 何がどう悪かったのか。確かに振り返ることはある。でもどう考えたってこうなるしかなかった――そう思う。


「あの時はたまたま……!」


 ギリッ、と奥歯を噛んだ。

 でも仮に、俺に役立たずのレッテルが貼られたことに理由があるとすれば、それはあの女の——アルテマ・ミズーリのせいだといえるだろう。あいつさえいなければ、そう思わないでいた日はない。


「——ねぇ、あんたまだいたのぉ?雑魚で役立たずの癖に、ほんっと目障りなんだけどぉ。てかさっさと村にでも帰ったらぁ?」

「や、あ、ななな何てこと言うんですかー!やだなー!アルテマさんてっばー!」


 噂をすれば影。この女こそがアルテマ・ミズーリ。俺より12歳も年下のくせに、俺のことをまるでゴミを見るような目で見てくる女だ。

 この女はいつもこう。

 王都でも有数の貴族の出身らしく、ほぼ顔パスで宮廷魔導師の職にありついている。だと言うのに奴には実力があった。

 家は魔導師として名門中の名門、かつあの女自体はそこでなお百年に一度の逸材らしく聞くところによれば「ソフィア・モルガンの再来」なんて呼び名もあるらしい。

 そのせいか宮廷内でもやりたい放題。他の奴らもこいつにだけは逆らえないようで、皆こいつのご機嫌とりに必死だ。

 加えてこいつの見た目の特徴はと言えば、悔しいがどれだけ二物を与えたいのか可愛い以外の言葉が見つからない。

 それこそこの世界に神様なんてモノがいるなら、きっとそいつが見た目の可愛さの限界に挑戦したんだ、そして彼女はその結果だ。と言われてもまだ納得できてしまう程である。まぁそれが輪をかけて腹が立つ要素でもあるのだが。

 紫色の長い髪、ツンとしたまつ毛、身長なんて俺の半分くらいしかないのに体つきだけは育つとこが育っている――とまぁ挙げ始めるとキリがない。

特に女性らしいパーツという面で考えると、頭に行く栄養全部そこに吸われているのではないかと思わされる程である。

 そんな「実力・地位・見た目」の三拍子そろった奴に目をつけられた俺の立場はと言うと、もはや改善する方法すら見いだせない状態。

 何を間違えたのだろうか。何が間違っていたのだろうか。

 なんて考えてはみるが答えは一つだ。

 最初の任務――オークの盗伐、あの時にアルテマに助けられてさえいなければきっとこうはなっていなかった。


「ちょっと、やめてよぉ。あんたみたいな役立たずに名前呼ばれるとぉ、あたしの名前に傷がつくんだけどぉ!」

「そ、そうですね、あはは」


 下唇が千切れそうなほど強く噛んだ。悔しくて仕方がない。

 更に悪いのは俺が言い返せないでいることだ。そのせいでこいつの態度の悪さがどんどん助長されて行っている。

 俺より魔法が使えるだけの癖に、俺よりいい家に生まれただけの癖に、俺より見栄えが良いだけのくせに――いや、止めよう。悲しくなってくる。


「えっ、何あんた?唇から血なんて出してさ。一丁前に悔しがってんの?あたし相手に?マジで言ってんの?」

「あっ、あはははー!そ、そんなわけないじゃないですか!あはははははー……」

「ふーん、まぁいいけどぉ?」


 そう言ってのけるアルテマの表情に名をつけるなら「ねぇ、どんな気持ち?」とでも名付けるべき。

 悔しいやら、情けないやらで頭がおかしくなりそうだ。


「てかもうさ、王様もあんたみたいな役立たず要らないって言ってたしあたしからムラニカエリマースって言っといてあげよっかぁ?」

「い、いやー、あはは、い、いやだなー」


 なんて恐ろしいことを言い出すんだこいつは。何が一番怖いってこいつならそれをやるし、できてもしまう事。

 俺が宮廷魔導師になるまでどれだけかかったと思っているんだ。それを、こいつは……!

 許せない。でも、俺じゃこいつは止められない。


「なーんてねぇ!冗談だってじょーだん」

「そ、そそそそうですよねー」


 『じょーだん』?違う、そんなはずがない。こいつがわざわざそんな冗談を言うために俺の所まで来るはずがない。

 つまりそれは――。


「うん、だってもう言ってきたし」

「ですよねー!あはははは……って、え?」


 こういうことに決まってるんだ。

 『だってもう言ってきた』?あぁ、間違いなくそれは事実だろう。

 ありえない。そう否定したい気持ちは山々だが、きっとそんなことに意味はない。この女の質の悪い冗談、それに一年間付き合わされてきた。

 王様がそれを認めるかどうかはさておき、こいつはやる。俺の嫌がる事なら何だって、躊躇いなく。


「あんたの荷物だけは王様の優しさで村に送ってあげてるから。さっさとあんたもここから出てってよね、目障りだから」


 あぁ、なるほど。そうなったか。

 目の前が真っ暗になる。とは良く言ったものだがこれがまさしくそれだろう。

 ダメだ、立っていられない。膝から崩れ落ちる、とは正にこのこと。


「じゃあねぇ、役立たず」


  そう言ってアルテマは踵を返した。もう用はない、とでも言ったように。


「えっ、はっ?じょ、じょじょ冗談ですよね!?い、いやー、あはは、アルテマさんは冗談が好きなんだからー。いやー、騙されちゃったなー」


 自分で言っていて随分ばかばかしく感じる。あの女がそんな「かわいい冗談」を言ってくれるはずがない。

 そんなことは百も承知だ。だが言わずにはいられない。


「はぁ?冗談な訳ないでしょ?」


 アルテマは俺に、死んだものを見るような目を向けた。こんな、こんなバカな話があってたまるか。

 どうして俺が。そんな言葉が頭を埋め尽くしていく。


「てかさ、あんたホントキモイからあたしの名前呼ばないでくれる?その相手のご機嫌とりの笑い方もホントキモいし。マジで死んだら?」


 どうしてこうなった。改めて強く思う。俺は一体何を間違えたのだろうか。何が間違っていたのだろうか。

 俺は何年も何年も努力し続けたんだ。宮廷魔導師になるために。

 やっとここまで来た!それなのに……。なんで親の七光りでたまたま宮廷魔導師になったようなこんなガキに俺が村まで帰らされなきゃならない。クソぉ、クソぉ。


「あ!そぉいえばぁ、王様からあんたへのありがたぁい伝言」


 こいつがこんな風に、心底楽しそうに表情を歪めた時は決まって相手をどん底に叩き落とすことができる時。

 それこそ冗談きついぜ。もう立ってすらいられないというのに。


「『二度と顔を見せるな、この役立たず』、だってぇ。良かったねぇ!役立たず!アハハハハハハッ!」


 ——こうして俺は、長年の夢だった宮廷魔導師を退職させられ、生まれ故郷の村へと帰ることになった。

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