同級生のあいつは不良? それでも魔法陣作成手伝います。だって顔も声も好みなんだもん

銀青猫

第1話 放課後のあいつ

 放課後、わたし、リュシー・コルネイユはいつものように図書室に向かっていた。


 廊下はあいかわらず閑散としているわね。図書室は学園の隅だから、用事がある人以外は、ほとんど通らないものね。

 部活の生徒の声がときどき外から聞こえてくるのも、いつものこと。



 差し込む日差しに、廊下の埃がきらきらと舞っている。

 あら、誰かいるわ。窓にもたれている。


 同じクラスのあいつ、ユーグ・マイヤールね。

 イケメンだけどちょっと怖いって言われている男子。


 声がいいのよ。ちょっと高めのバリトンで少し掠れてる。わたし好みドンピシャ。授業であたって答えているときなんか、ときめいちゃう。

 顔も好みのタイプなのよね。基本整っているんだけど、ちょっと野生味があるの。だから崩した制服もよく似合っている。


 いつも投げやりでつまんなそうな表情をしているから怖そうに見えるけれど、なんとなくぶっきらぼうなだけっていう気もしてる。

 なんとなくよ、なんとなく。普段は無理だけど、ユーグが授業で立って返答しているときは、こっそり見つめているもの。ずっと見ていたら怖い人ではないってわかるわ。

 そんなふうに感じる人がわたし以外にもいるみたいで、実は人気があるのよね。表に出てこないだけで。


 廊下の先にいるユーグは、一枚の絵のようだった。窓からの光と廊下の暗さのその間にいる長身の男子。

 ツンツンと立てた色の薄い髪は、もたれた窓からの日差しにさらに色が薄く感じられる。足元にカバン。襟元をかなり緩め、片手は制服のポケットに突っ込んでいる。



 あと数歩ですれ違うというとき、下を向いていたユーグがちらりとわたしを見て、また下を向いた。

「おい、今、暇か?」


 ちょっと掠れた低めの、男子の声。

 反則。急に声をかけるなんて。



「なんか用?」

 ドキドキを顔にも声にも出さないように気をつけて、わたしは返事をした。

 同じクラスだし、なんなら最高学年の今までずっと一緒だし。でも、二人の繋がりなんて、それだけなのよね。

 三年間、話したのはたぶん数回くらい。

 距離感、大事。



 ユーグは、視線をあげて、わたしの肩あたりを見てる。

「なぁ、これからつきあってくれないか?」

 ポケットから出した手が、頭を掻いた。かっこいい顔はまた横を向いてしまった。


 あ、残念。珍しくこんなに近いのに、横顔。

 いや、今はそれじゃない。ショックすぎてうっかりすっ飛ぶところだったわ。


 つきあってくれないかですって? つきあう?

 えーとー、わたしとおつきあいしたいと言っているのだろうか。

 こっそり眺めているのが見つかった? 声と顔推しがバレた? ユーグもわたしが気になる?

 胸の鼓動がさらに高まった。


 休みが多くて、放課後も付き合いが悪いから仲のいい友達もいなくて、不良らしいって噂されている、ユーグ。町の素行が悪い者たちとつきあっているという噂まである。

 そんなことはどうだっていいんだよね、わたし。噂は噂なんだし、学園で悪いことをしたわけじゃないし。

 でも、いままで一方的に鑑賞していたのがつきあうとなると、心の準備が……。


「ちょっと教えて欲しいんだ、勉強」

 あ、違った。早とちり。


 そうだよね、ほとんど話したことないしね。

 どうすんのよ、この胸の高鳴り。一瞬で戻ったけどさ。


 勉強かぁ。ユーグのイメージと真逆だけど。

 追試とかレポートとかなのかな。そういえば、一昨日の魔法学のテストのときにいなかったな。



「図書室だったらいいよ。これから行くところだったし」


 わたしはユーグと一緒に、図書室へと向かった。


「ところで、なんでこんなとこにいたの?」

「おまえのこと、待ってた」


 おう、ご指名でしたか。よく、わたしの放課後の行動知っていたよね。

 なんで? という疑問はなんとなく恥ずかしくて口にできなかった。



 * * *



 図書室で過ごすのは、わたしの趣味だ。

 本を読んでいる時間は至福だった。雑読のわたしは、なんでも読むのよね。


「本ばっかり読んでないで、少しはお友達と遊んだら?」

 母や兄にはそう言われる。自慢じゃないけど、友達いません。


 学園に入学したときから休み時間は本を読んでいたら、いつのまにか女子のグループに入り損ねていました。別にいいけど。



 あ、幼馴染の子は一人いたね。

 彼女のアドバイスでわたしは女子やれてます、たぶん。


 服やアクセサリーの流行りは全部彼女情報なの。一緒に買い物につきあってくれる。

 こんなことをすると女子から嫌われるからしない方がいいということも、彼女が教えてくれた。おかげで、クラスで浮いてはいるが嫌われてはいない状態。


 クラスの人にノートを貸してくれとときどき言われるから、嫌われてはいないと信じたい。うん、きっと大丈夫。



 クラスの子とあまり話をしないから、放課後は毎日図書室で本を読んでいるんだよね。

 幼馴染は隣のクラスなので、彼女はそのクラスの友達と一緒だし。

 卒業までに図書室の本を一冊でも多く読むのが、わたしの目標。




 横を歩くユーグを、わたしは横目で眺めた。わたしより背が高いから、視線を合わせようと思うと見上げる。

 彼は、歩きながらも落ち着かない。カバンを持っていない方の手をポケットに入れたり出したり、そわそわとしているのは、なんでだろう。


 ユーグもクラスでちょっと浮いている存在。いつも一人だ。

 動きも話し方も、少しだけどぶっきらぼう。それが周りと距離をとっているようにも感じるのよね。


 攻撃魔法が抜群にうまくて、魔法の授業では目立ってる。

 座学はどうなんだろう。上位の発表で名前を見たことはないけれど、追試の掲示にも見かけないわね。


 人のこと言えないよね。わたしだって、クラスではほぼ一人だ。



 なんでわたしに声をかけたんだろう。ご指名なんて。


 まぁ、わたし、座学の方はどの教科もそこそこの成績だけど。うん、謙遜しない。どの教科でもトップ五人の中に入ってる。

 魔法の実技はそんなに上手じゃないんだけれどね。成績で言ったら平均くらい。でも、魔法論では、いつもトップよ。


 頭でっかちなのよね、わたし。

 うん、わかってる。

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