第366話 たった一人の犠牲者
クレハの発言にショックを受け、目から光を失っていた王妃であったが、なんとか言葉を発するまでに回復していた。
「ク、クレハ、臭くて話題になっていたとは、どういうことかしら?」
「失礼なことを言っていることは重々、承知していますが、これは事実です。王妃様から放たれる匂い、正確には香水の匂いが臭いと話題になっていたんです。
まぁ、私はホルイン伯爵から話を聞き、匂いの原因が香水だと分かりましたが、他の貴族達はおそらく・・・。」
クレハが言葉に言い淀んでいること、口を閉ざしていることから彼女が言いたい事は明白だった。貴族たちの中には、当然、王妃が香水を使用していることを知らないものもいたため、彼女の体臭と勘違いしているものもいたのだ。
その事をクレハの話から推測した王妃はあまりの羞恥に頭を抱え、椅子に倒れ込んでしまう。
「ク、クレハ、嘘だと言ってちょうだい。流石に、臭いと言っても、ちょっと香りがきつい程度よね?香水が原因だと気が付いているわよね?」
王妃はすがるようにクレハに意見を求めるも真実とは残酷なものだ。
「残念ですが、極めて強烈な香りでした。正直、鼻をつまんで逃げ出したいくらいでしたが、晩餐会であるため、我慢していたんだと思います。」
「あ、あ~ぁ、はぁ・・・。」
想像以上に自分の匂いが酷いものであったと知り、ついには王妃は手で顔を覆ってしまう。もはや、王族として、一人の女性として今回受けた仕打ちはあまりにも酷いもので誰にも合わせる顔がないのだ。
「う、嘘だ!いい加減なことを言っているんじゃない!臭いだなんてお前の口からの出まかせだ。現に王妃様は臭いなんて自分で感じていなかっただろうが!
男爵、私の評判を下げたいからと、そこまでやるとは貴様は貴族の風上にも置けん。これだから成り上がりは嫌なんだ、やることが卑しくてたまらん。」
ホルイン伯爵はクレハの言い分を全く認めていないが、彼の言い分である王妃が匂いを感じていなかったとは理由にならないのだ。
「それは理由になりません、人間とは慣れに強い生物ですので毎日、香水を付けていればその匂いを感じなくなるんです。
だからこそ、あそこまで強烈な匂いも少しだけ匂いの強い香水としか感じ取れなかったんです。それくらい、香水を扱うのであれば常識ですよ。
自分が扱っている製品にくらい責任を持ってください、ちゃんと、王妃様に使用していただく前に自分の作った製品が適当なものであったのか、試験は行ったんですか?」
「それくらい行っているわ!私が匂いを嗅いでも問題なかったんだから、別に使って何が悪い!」
「だから、人間は慣れるんですって。あなたの匂いも鈍感になっていたんですよ。だからこそ、普段からそう言ったものに触れていない人に最終確認をしてもらわないといけないんです。
万人が良い匂いと思わないものでないと香水にしても周囲の人を不快にさせるだけなんですよ。」
彼は自分の嗅覚が鈍くなっていたことを知らなかったんだろう。そして、製品を完成させる際の最終確認も怠っており、被害者がただ一人、出てしまったのだ。しかしながら、そのただ一人がホルイン伯爵にとっては取り返しもつかない一人となってしまったのだ。
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