海野洋介の場合1

 ……目が覚める。正確には無理矢理起こされる。大事な入学式の真っ最中、退屈なあまり眠ってしまった。たしか来賓祝辞の辺りで力尽きた。校長式辞はかろうじて起きていたことは覚えている。それにしても何だこの音は、うるさいにも程がある。まるで渦潮に呑まれたかのような。周りを見回すと音の正体に気づく。拍手だ。四方八方体育館の端から端まで先生を含めた誰もが大きく拍手をしている。つい流れに呑まれ自分も拍手をしてしまう。現在体育館でこの渦潮を構成していないものは誰一人として居ない。

 いや、一人だけいる。拍手の矛先、渦潮の目となっている壇上に立つあの男だ。


「-----生徒代表。神田宗二」


 また割れんばかりの拍手が起こる。三年生に至ってはふざけて指笛を吹いている人までいる。友達なのかな。共感生羞恥…は自然と発生しない。あの男からは指笛といった称賛など取るに足らないことを平気で成し遂げるような雰囲気が感じられる。


「…勝てない」


 ふいに呟いてしまった。特段あの男と何かで争っているわけではないが、同性としての対抗意識がそう思わせる。しかし、そんな対抗意識さえも薄れてしまう程の雰囲気があの男にはあった。誰にも聞かれていないか?大丈夫だ。全員あの男に夢中になっている。自分のことなど誰も気に掛けていない。安堵と残念な気持ちが入り混じる。そんなことを考えているといつの間にか入学式は終わっていた-----------。


「洋介君、宗二先輩を見て敵わないって思ったでしょ」


 聞かれてた…。体育館から教室に戻り休み時間に入るや否や前の席の市川都子に言われた。今朝のHRで全員顔合わせを兼ねて自己紹介をしたばかりだがこの子が一番鮮明に覚えている。ピンと伸びた背筋。屈託のない笑顔。自然と耳に残る声色。どこか守りたくなるような振る舞い。そして何より顔が可愛い。今まで会った中では段トツなのは勿論、テレビで見るモデルと比べても遜色ない顔立ちだ。都という名に恥じない魅力を彼女は持ち合わせる。尋常じゃないくらいモテるのだろう。


「聞こえてた?」


 変に強がらず質問をした。出席番号が一番と二番で体育館でも前後に座っていた。あの呟きを聞かれていても何ら不自然ではない。


「なにがあ?」


 こいつ…とぼけている。あごに手をやり、首を傾けて言う仕草はあざとく、悔しいが可愛い。続けて都子が言う。


「だって背中からすごい鋭い視線を感じたよ。しかも洋介君だけ拍手の音が細く弱いように感じた。どう?宗二先輩に敵わないって思ったでしょ?違う?」


 メンタリストか。仮に自分の呟きが聞かれていなかったとしても都子の推理が当たっているのが怖い。


「ああ、どう頑張っても勝てないって思ったよ」


 こんなこと女子に会うのは癪だが、都子には嘘をついても見透かされると思い素直に言い返す。すると都子が満面の笑みで話す。


「やっぱり!!!でもしょうがないよ。私あんな完璧な人初めて見た。もう生徒からも先生からも慕われてるって感じ!どうにかお近づきになれないかな〜!!部活とか何やってるんだろう。ねえ洋介?先輩が何の部活に入ってるか知ってる?」


 凄いな。都子は話してる最中に十通りくらい笑顔を使いこなしていた。驚きすぎていきなり呼び捨てにシフトされていたのも自然と受け入れてしまった。


「知らない。てか都子ちゃんが先輩のことを気に入ってるのはイケメンだからってのが大きいんじゃないの?」


 都子がさっきまでの笑顔が嘘かのように真剣な表情で口を動かす。


「違う。私は人を顔で判断するような人間じゃない」


 都子の声色が少し冷たくなる。墓穴を掘ってしまったか。申し訳なさそうに都子のことを見つめると、都子はまた満面の笑みに戻り話を続ける。


「でも顔も完璧だけどね〜。実際チョータイプだし!!!」


良かった。気を悪くした訳ではなさそうだ。安堵していると休み時間終了のチャイムが鳴り先生が教室に入ってくる。「そうかー。洋介も先輩の部活分からないかー」と言いながら都子は前を向き黒板に集中する。顔で人を判断しない、そう言った都子の声が耳から離れない。結構本質を見極める奴なんだな。こんなことを考えていたら高校生活一日目はいつのまにか終わっていた。

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